「くそくそ!何だよこれ!」
「何だよ、って言われても…」
 廊下の奥、ざわざわとした空気の中でもはっきり聞きとれるほど大きな声を張り上げた向日に、名前は情けなく眉を下げた。
 あれから四人でのやや脱線しがちな勉強会を何度か繰り返し、中等部に入ってから初めてのテストもなんとか終えて、今日はいよいよ成績上位者が掲示板に貼り出される日だった。よほど自信があったらしい向日が教室でうとうとしていた名前の手を引っ張って見に行こうぜ、と誘ったのはついさっきのことだ。そうして二人並んで順位を見上げると、二十位までが発表されるそこに向日の名前は無く、代わりに十位よりもいくつか上に名前の名前があった。
 向日があーあ、とがっかりした顔を見せるものだから、名前はほんの少し居心地が悪いような気がしてしまって、落ち着かない。
「名前が頭いいのは知ってたけど…ここまでとは思ってなかった」
「うーん…でも私も地理とかは亮ちゃんに教えてもらったし…」
「お前ら何こんなとこで騒いでんだよ」
 激ダサだぜ、と呟く声に項垂れていた向日とそれにまごまごしていた名前がぱっと振り返る。噂をすれば、そこにいたのはちょうど名前が話題に出していた宍戸ともう一人、名前の知らない人だった。思わず眉をひそめた名前に構わず、向日があれ、と軽い調子で声を掛ける。
「侑士じゃん、お前もこれ見に来たのか?」
「いや、俺はたまたま宍戸と通りがかっただけや。ちゅうか岳人、自分の声廊下中に響いとったで…と、こちらさんは?」
「こいつは名字名前。ほら、よく俺とか亮とかジローが話してるだろ」
「ああ、幼なじみやったっけ。名字さん、俺は忍足。こいつらと同じテニス部やねん。よろしゅうな」
「はあ…」
 あんまりよろしくしたくないかもしれない。名前が頭の片隅でちらりとそう思ったのは、今まで周りにこういう飄々とした態度を取る人がいなかったからだろう。人見知りとかってあんまりしないはずなんだけどなあ。ぽつりと零した心の声が聞こえたかのように、宍戸がぽん、とひとつ名前の頭を撫でた。
「…亮ちゃん?」
「あー、今日の夜お前んち行ってもいいか?」
「え、いいけど、なんで?」
「なんで、って、お前がこの順位取ったって聞いたら多分おばさん晩ご飯はりきって作るだろ」
「…そうかもしんない」
「決まりだな。じゃあ俺が食いに行くってことと、順位も忘れずに連絡しとけよ」
「うん!」
 宍戸が微かに目を細めたのに、名前もずっと強張っていた顔をようやくへらりと崩して笑った。
 いつも宍戸はこうやって、親や他の大人たち、或いは友達にも気付かれないような名前の気持ちを、ちょっと不器用に、それでもなんてことない顔で楽にしてくれる。ヒーローってこういうことを言うのかな、なんてふと思った名前は、楽しげに口元をほころばせた。
 ややあって、そろそろ始業のチャイムが鳴るから教室に戻ろう、と宍戸と名前が当たり前に並んで歩き出す。別方向の向日と忍足にも名前が手を振ったのに、向日は笑顔で、忍足は少し驚いたように振り返した。段々と離れていく二人の背を見ながら、忍足がほっと息をひとつ吐きだして笑う。
「あの二人、ほんまに仲ええんやな」
「昔っからああだからなー。なんか見てるこっちが和むっつーか」
「…せやね」
 頭の後ろで手を組んだ向日と、こくりと頷いた忍足の髪をふわりとさらった風は、穏やかな若葉の匂いを連れていた。


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