「えー…」
 部屋に入るなり目に飛び込んできた光景を見た名前は、ああやっぱりこうなったか、と隠すことも無く溜息を吐いた。
 そもそも発端は、今当たり前のように名前のベッドで寝ている芥川にある。名前以上にきちんと授業を受けていない彼がただでさえ苦手な古典を理解できるはずも無く、このままじゃ中間危ないから教えて、と名前に泣きついたのだ。それなのにその張本人は名前のベッドで気持ちよさそうに寝息を立てていて、彼に着いて来た宍戸と向日でさえぎゃあぎゃあと何やら口げんかをしている。
 もう一度名前は深い溜息を吐くと、取り敢えずはと段々本格的な口論に発展しつつある二人の間に腰を下ろした。
「はいはい、人の家でけんかするのはやめてね」
「おお、名前お帰り!」
「ただいま。…亮ちゃん、ジロちゃん起こしてくれる?」
「お、おう」
 不機嫌そうににっこり笑う名前に軽くたじろぎつつ頷いた宍戸が力を籠めて芥川の背中をばしばしと叩く。それを横目で見ながら向日の質問に答えていると、思っていたよりも早く間延びした声が部屋に響いた。
「あ〜…名前、お帰り…」
「…ただいま…。ジロちゃん、古典やるんでしょ?」
「うん!」
 悪びれもせずにかっと笑った芥川が名前の隣に座り、これでようやく勉強会らしくなったなあ、そう思いながら名前が机に向かう幼なじみたちを見ると、三人が三人とも入学前とは微妙に顔つきが変わっていることにふと気がついた。ほぼ毎日遅くまで部活をやっているせいか、少し骨っぽくなったように見える。
 それは、嬉しいけれど、でも。
「…名前?どうしたの?」
「え?あ、ごめん、なんでもない」
「何だよ、まさか名前も眠いのか?」
「も、って…がっくん眠いの?」
「ちげーよ!俺が言ってんのはジローのこと!」
「俺別に眠くないC〜」
「ウソつけ!」
 せっかく珍しく静かに勉強していたのに、つまらないことを考えたせいで集中を途切れさせてしまった。はあ、と自分自身に三回目の溜息を吐くと、ぱちり、宍戸と目が合う。その目は何も言わずとも名前の体調を気遣うような色をしていたから、名前は大丈夫、と応えるようにへらりと笑った。
 どうしたのと素直に聞いて来た芥川、眠いのかとからかう向日、そして宍戸。大事な幼なじみたちに心配させてしまったことは申し訳なかったけれど、それでもさりげなく沈みかけた気持ちを察してすくい上げてくれたことが、名前はとても嬉しかった。
 ――だから、そう、さみしい、なんて気のせいだ。


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テーマ「人外ファンタジー」
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