いつだったか、少なくとも名前との付き合いが家族ぐるみになった後に彼女と交わした言葉を、若は今でもつぶさに覚えている。
〈――実はね、私、夜って苦手なんだ〉
〈苦手?…暗いのが怖いのか?〉
 それ以外に思いつかない、といったふうに首を傾げた若に名前はほろりと笑う。〈そうじゃなくて…なんかさみしくて〉
〈寂しい?〉
〈うーん、自分でもあんまりよくわかんないんだけど…〉
 でも、ちょっと恥ずかしいから、他の人には内緒にしてね――
 夜の街を駆けながら若は考える。
 きっと、あのやりとりが自分にとっての始まりだった。いつも自分のことで手一杯で他人のことなんてどうでもよかったはずなのに、名前から秘密を打ち明けられたあのときは胸に小さな灯りがともったようなうれしさがあったのだから。もし相手が名前でなければ、たとえ同じことを言われたとしても興味無いと突っぱねていたに違いない。
 そして、言われるまで気がつかなかったけれど、名前は確かによっぽどのことがない限り一人で夜出歩くようなことをしなかった。友人と遊ぶときも適当に理由をつけて遅くなることを避けていたらしい。――だからこそ、今がどんなに有り得ない状況か、誰よりも若がよく分かっている。
 それでも、自分の悪い予想がただの杞憂であることを願って名前が行きそうなところを順繰りに回っていると、ふと何度鳴らしても出なかった携帯が振動していることに気付く。
 届いたものは、白くぼんやりとした小さな光りがいくつもいくつも木の周りを包んでいる一枚の画像だった。
 若はぎゅっと唇を噛みしめて走り出す。向かうのは――飽きるほど二人で通った、あの公園だ。


「若くん」
 息せききった若が見つけた名前は、一週間ほど前の夜と同じブランコに腰掛けていた。若はその姿を目に留めた瞬間まるであの日に巻き戻されたようだと思ったけれども、すっかり血の気をなくした名前の頬を見てすぐに頭と胸の底がかっと熱くなった。
「お前…こんな時間まで何やってんだ!風邪引いたり不審者に遭ったらどうすんだよ!」
「…若くん」
「だいたい寒さも夜も苦手なくせに…」
「…ごめんね、でも、こうでもしないとずっと話せないままな気がして」
「はあ?」
「だって若くん、避けてたでしょ?」
 そんなこと、とつんのめるように言いかけて、しかし口を閉ざした若を見た名前は瞼をそっと伏せる。「…もし私が同じ立場だったら、多分同じことすると思うから」
 そう言ったきり、話したいと言っていたはずの名前は唇を引き結んだまま、耳が痛くなるほど静かな夜の隙間をふさぐようにきいきいとブランコを漕いでいる。やがて沸騰したようにぐらぐらと揺らいでいた熱を元通りに冷ました若が話ってなんだ、とぶっきらぼうにつぶやくと、名前はうつむいていた顔をぱっと上げ、唇から白い息をこぼして笑った。
 ――若が見たことのない、苦いものを一生懸命喉の奥に押しころした笑顔だった。


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