ひゅおお、なんて言いながら窓から吹く風がどうにも冷たくて、ブレザーの前をぎゅっとかき寄せた。ついこの間まで叩きつけるように蝉が鳴いていたのに、今はもう鈴虫の物悲しさを誘うあの涼しげな声すら聞こえない。代わりに、もっと冷たい風は吹いているけれど。
 乱れた髪を掌でそっと撫で付けて、ふと視界に入った深縹色の石がついたストラップもひとつ撫でる。つるりとした感触は見た目と同じようにひんやり冷たい。それでもじっと触れていればほんの少し熱を持つところといい、色濃いのに柔らかいブルーといい、この石は今ここに向かって足音を響かせている彼とそっくりだ。
「悪い、待たせたか?」
「ううん、平気」
「そうか…しっかし眠いのう」
 くわ、と軽く掌で隠して欠伸をひとつ。ほんと、猫みたいだね。くすくすと笑った私に、仁王はお前さんもな、とゆうるり口の端を吊り上げる。さあ帰るぜよと穏やかに急かされて、手にもったままの携帯を慌ててブレザーのポケットに押し込んだ。
「…ねえ、突然部活休みなんて珍しいよね?」
「ま、コート整備じゃしの」
「ああ、なるほど」
 他愛のない会話をしながら、二人並んで歩く。廊下は隙間風が吹く教室よりずっと寒くて、だから手袋を付けていない手は指先からゆっくり凍ってしまう。――ああ、仲のいい私たちが付き合ってないことを不思議がる周りに、だって友達だもん、とてらい無く笑えたのはいつが最後だったのだろう。
 仁王の隣にある空いた左手だけが、こんなに冷たくて感覚を無くしてしまっているというのに。
「…名字、なんか今日元気無いの」
「…ええ?そう?」
「おにーさんが相談乗ってやるきに、話してみんしゃい」
「……私より誕生日遅いくせに」
「プリッ」
 きっと私に合わせてくれているのだろう、いつもより心持ち遅い歩調に胸はもう無理だと泣きながらぐうっと痛む。思わず俯いて、ブレザーからはみ出してゆらゆら揺れる深縹の輪郭が曖昧になるのを歯を食いしばって堪えているうち、とうとう歩くことも出来なくなってしまった。
「…名字?」
「に、お」
「ん?」
 何でもないように私を見る仁王の瞳の奥、ちらりと覗く優しい色に気付けないほど仁王のことを知らないわけじゃない。そしてその優しさが誰にでも向けられるものじゃないことだって分かってる。だから、私は、いつの間にか。
 手、出して。そう言った私に疑いもせず差し出された右手を取り、自分の頬に寄せる。ポケットに入れられていたせいで、普段は冷たいそれはほのかにあったかい。これだから、やっぱり仁王とあの石はよく似ている。
 もう一度、さっきより強く奥歯を噛んで、頬に置いていた手を下ろす。利き手じゃないのに豆が出来ている、努力を知っている硬い掌。そこに掠めるほどの弱さで唇を落とすと、仁王の手がびくりと跳ねた。
「…名字…」
「…仁王、ごめんね。もう友達じゃいられないみたい」
 するり、手を離して、顔を見られないようにその場を離れた。頭の中では、声も出ないほど驚いていた仁王の顔が浮かんでは消えている。
 段々と歩く速度を上げて、ばたばたと階段を駆け降りて、靴を履き替えて、走って、走って。
 いろいろな痛みに心臓が限界を訴えた頃、見なくても瞼に焼き付いている深縹がじわりとぼやける。今度は逆らわずに目を閉じると、確かにあの石に涙が落ちる音を聞いた。


 永遠が終わる一瞬


 title by 星が水没


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