広い肩。長い腕や足。つんつんの黒髪に、骨張った手。
 そういうものを見る度ほんの少し泣きたくなることを、あなたはきっと知らない。


「…雨だねぇ」
「ああ、そうだな」
 しかし降水確率は70%を越えていたからな、と得意げに眼鏡を押し上げる乾を見て、名前は小さく笑った。
 雨の日は空気がゆっくり流れているような気がして、嫌いではない。
 それはきっと、公園で遊ぶ子供の喧騒も、人々が忙しなく歩く音も全部雨が飲み込んでくれるからだろう、と彼のように理屈っぽく考えてみる。
 ぼうっと窓の外を眺める名前を見て、今度は乾が可笑しそうに唇をゆるめた。
「名前、また自分の世界に入っているのか?」
「…貞治だってデータ纏めてるときは自分の世界に入ってるじゃん」
 だから貞治には言われたくないと、名前は唇を尖らせる。けれど乾は名前の言葉に少し真面目な顔を作り、また中指で眼鏡を押し上げた。
 その仕種を目で追いながら、名前は今更のように此処が放課後の教室で、自分達以外の誰もいないことを思い出す。何度も過ごした二人きりに、今更鼓動が跳ねるのは、きっと静かすぎるせいだ。
「…ほら、まただ」
「…、今のは違うよ」
「ならばそういうことにしておこうか。…それで、だ」
「何?」
 名前が素直に首を傾げると、乾は何かを言い淀んでいるかのように黙り込んだ。
 しとしと、雨の音だけが空気を揺らす。
 何度か口を開いては閉じる様子を珍しいなあ、と思って見ていると、乾が漸く、けれどとても躊躇いがちに声を零した。
 その目線は、いつも人の目、たまに手に持ったノートのときもあるけれど、を見て話す彼にしてはやはり珍しく、名前の方ではなく窓の外へと向けられている。
「…名前が自分の世界に入り込んでいるとき、そこには名前一人しかいないだろう」
「え?」
「だが俺は違う、データを纏めている間でも、思考のどこかに必ず名前がいるんだ」
「……………」
「…どうやら、名前がいないと俺は落ち着かないらしい」
 困ったように笑い、ほんの少し耳を紅くしながら乾は席を立ち上がった。帰ろう、ということだろう。名前も慌ててそれに続き、自らも顔を紅くしながら、しばし考える。
 私も同じ気持ちだと、あなたがいないと落ち着かなくて仕方なくて、でも姿を見つけたときは愛おしくて泣きたくなるんだと言ったら、このひとはどんな反応をするんだろうか、と。
 そして、この気持ちを伝えるのは今じゃなければ駄目だ、とも思う。
 データを取らせてもらおうかな、と口の中で悪戯っぽく呟いた名前はそっと笑い、教室を出ようとする乾の袖に手を伸ばした。


 依存度は界値
(世界があなたで埋めつくされる)


 title by narcolepsy


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