生意気で、口も態度も悪かった。でも彼には間違いなくそれを裏付けられるほどの実力があったから周りは彼を認め、惹かれていったのだと思う。
 かく言う私も、その一人だった。
「先輩?どうしたの、ぼけっとして」
「ん?ああ、ごめん」
 ひゅう、と吹いた風は春先にしてはまだ冷たい。ほんの半年と少し見ていない間に、この後輩は私の背を僅かに抜かしてしまっていたことに今更気付く。声も、記憶の中にあるそれより少し低い。
「ねぇ、名字先輩試合観てなかったでしょ」
「手塚くんとの?うん、観てないよ」
「わざわざ電話掛けて知らせたのに、何で?」
「うーん…なんでだろうね?」
 嘘。本当はちゃんと理由がある。なんとなくかなあ、と誤魔化した私に突き刺さる視線が真っ直ぐ過ぎて、痛い。
 つい最近、手塚くんにドイツに留学することを決めたと淡々と告げられたときはああやっぱりなあくらいしか思わなかった。三年間男子テニス部のマネージャーをしてきた私には、手塚くんがテニスを部活だけで終わらせる気が無いことが分かっていたから。
 ただ、驚いたのはその後だ。
 せっかくだから同じように日本を離れている越前くんにも知らせようと電話を掛けたら、彼は私達の卒業式の日程を聞いてきた。よく分からないまま質問に答えるだけ答えてその電話は終わってしまい、そして昨日。今度は彼から掛けてきた電話で告げられたのは明日部長と試合しにそっち行くから、ただそれだけ。そして本当にやって来たかと思えば、日本時間の明日にはもう帰ると言う。
 本当に最初から最後まで嵐みたいな子だったな、と思いつつ、そんな風に彼を突き動かすのは誰よりテニスに真剣な気持ちだということも知っていた。だからこそ理由は言いたくない。
 観てしまったら、いなくなってしまうことを思い知らされるだなんて、そんなの。
「…先輩、嘘付かないでよ」
「あ、これ前渡しそびれた餞別。ボールはいくつあっても困らないでしょ?」
「……はぁ…、もういいっスよ。サンキュ」
 やれやれ、とでも言いたげに越前くんはボールをラケットバッグにしまう。じゃあもう帰ろうかと今まで座っていた公園のベンチを立ち上がると、ねぇ、と強い調子の声。それが眼差しと同じように真っ直ぐに届いたせいか、心臓がびくりと跳ねた。
「…どうか、した?」
「…俺アメリカでやりたいことあるし、待っててなんて言えないけど…それでも」
「……………」
「…それが終わったら、先輩に会いに行くから」
「え…ちぜん、くん」
「…帰ろ」
 帽子の影から見せる笑みはいつも見ていた勝ち気で挑発的なそれではなく、きゅっと小さく口の端を吊り上げるだけの大人びたもの。もしいつかまた会えたそのときは、今みたいに知らない部分を見てはこんな風に少し悲しくて、でも嬉しい気持ちになるんだろうと、小さく笑った。


 
(寂しい、眩しい、でも、)


 title by 空想アリア


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