それまで大人しくそよいでいた風が、突然ごうっと音を立てて駆け抜けてゆく。ページを捲る手を止めてそっと髪の毛を撫でつけていると、きっと風が置いて行ったのだろう、花と、それから微かな土のにおいが鼻をかすめた。
「随分強い風だな…どうかしたのか?」
 同じく本から顔を上げた蓮二も少しだけ驚いたようだったけれど、私がふとゆるめた口許を目ざとく見つけると小さく笑った。
「ん、もう春だなあって」
「…ああ、そうだな」
 蓮二は開けっ放しの窓から注がれる陽射しをまぶしそうに仰ぐと、急に読んでいた本をぱたんと閉じてしまった。ずっと入荷するのを待っていた、って言っていた本なのに――
「読まなくていいの?」
 驚いて目を丸くした私に、蓮二はいつものような涼しい顔で頷く。
「せっかく一緒にいるのに、お互い本を読んでいるばかりではつまらないだろう」
「うーん、そう言われると確かにちょっともったいないような…」
 とはいえ、二人でこうやって本を読んで過ごすというのも、時間がゆっくり流れているみたいで嫌いではないのだ。
 どうしたものかと首を捻っていると、蓮二がややうつむいていた顔をぱっと上げて、
「…ああ、そうだ」
「え?」
 突然立ち上がった蓮二は、どうしたの?と首を傾げた私の手を取って得意そうに唇をほころばせた。
「――ついて来てくれないか」


「うわ、すごいね…」
 私の手を引いたまま歩いていた蓮二が足を止めたのは、順序良く並んだ色とりどりの花がわっと咲いていて、ちょっとした植物園みたいににぎやかな庭を見渡せる縁側だった。
 さっき感じたものとよく似た花のにおいが、一瞬で体中をぐるりと巡る。ということは、どうやらあの風はここの春を知らせてくれたらしい。
「母が凝っていてな。どれも最近咲き始めたばかりだ」
「それにしても…」
 馬酔木、雪柳、菫、それから沈丁花なんかもある。よくこんなにたくさんの種類をいっぺんに咲かせることが出来るなあ、と目を白黒させている私に、すっかり蓮二は満足気だ。まるで宝物を自慢する子供みたいで、なんだかちょっとかわいらしい。
「…今余計なことを考えていただろう」
「えっ、なんで」
「顔を見れば分かる」
 にべも無く言い切った蓮二は、それでもすぐにまた笑って、とんとんと隣を指で叩いた。座れという合図だ。
 腰掛けた板張りの床は、太陽のおかげでほのかにあたたかい。
 そのまましばらく言葉なんて必要ないような穏やかな空気が流れていたけれど、ふいにきらきらとした陽射しが厚い雲に遮られたとき、私は自然に口を開いていた。
「…なんかさ」
 ずっと黙っていたせいか、声が少し掠れている。
「もうすぐ高校生になるし、これからいろんなこと変わっていくんだろうけど…」
 そうつぶやくと蓮二が一度離していた手を今度はしっかりと握ったから、私はちょっと笑って、
「…それでも、たまにはこうやって過ごしたりする日があるといいな」
「そうだな。…お互い努力することにしよう」
 目じりをやわらかく下げて蓮二が笑う。あんまりその表情が優しいから、繋いだ手と同じくらい、瞼の奥がじんわりと熱くなった。
 目を閉じても分かるほどそこら中に広がる、今までとは少し違う春の気配。でも、こうやってすくい上げてくれる手があるから、大丈夫、何も怖くない。
 肩と肩が触れるほど近くに座り直すと、雲の切れ目からまた太陽が顔を出し始めていた。



 


 title by まばたき
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