「やっぱりね、家、出ることにしたんだ」


ぐるぐると喉を鳴らすシラタマを撫でながら、母親に酷く似た少女は呟いた。少女は中学三年生で、自分の生徒で、忍だった。


「………そうか」

「…寂しい?」

「…まあ、な」

「あはは、雲平せんせーは優しいね」


ねー、シラタマー。
従兄弟の壬晴にも似た瞳を揺らして少女は笑った。


「……お祖母さんは」

「ん、いいって」

「そうか」

「……あと、壬晴には秘密ね」

「……秘密もなにも、俺はまだ六条と話したことはないよ」

「でも話すでしょ、来年から壬晴は中学生だもん」

「あ、ああ……」


そうだな、とぎこちなく頷く。
この娘は知らない。俺がずっと前から六条と彼女を知っていたことを。
でも………知らないままでいいんだ。


「……本当に行くのか」

「うん、だって皆に迷惑かけたくないしねー」

「…俺は大丈夫だ」

「せんせーが大丈夫でもばあちゃんや壬晴が危ないでしょ」

「みょうじ…」

「………私が家族を守れる方法はこれしかないんだ」


みょうじは狙われていた。
彼女が持つ禁術《葉隠》は言の葉で人を操るという能力の割に術者が少ないので、その力を欲する者が大勢居た。そして最近になり、そういう輩が不穏な動きを見せ始めたのだ。
既に所在も感づかれている。いつ襲われてもおかしくない状況なのだ。


「………すまない」

「なにが?」

「…おまえを護れないこと、が」

「………」


俺がもっと強ければ、
この娘は 此処に居られるというのに。


「……せんせーは本当に優しいよ」


そう云ってみょうじは微笑む。その笑顔に一瞬、彼女の叔母が重なった。


「私は大丈夫。
だからせんせー、私が戻って来るまで……壬晴をお願いします」


「じゃ、帰ろうかシラタマ」と、少女は肩に白い猫を乗せて歩き出した。
(わかってる、)


「……みょうじ!」


俺は小さくなる彼女を呼ぶ。彼女は振り返る。夕日が跳ね返る。



HAPPY BIRTHDAY、



だから絶対、戻って来いよ。


そうして彼女は、萬天を去った。
煌めく夕日と共に。