夕暮れが寂しいと感じるようになったのは、いつからだっただろう。
迫り来る闇が怖くなったのは、いつからだっただろう。
放課後、下校時間の過ぎた校舎。がらんどうの塊のなかでひとり歩く。靴音は不気味に反響し、薄暗い廊下に落ちた影はいまにも走りだしそうだ。
(ついてない)
明日の課題を机のなかに忘れるなんて。しかもそれに気付くのが夜になってからだなんて。本当についてない。寮から近いんだしと誰も誘わなかった私は馬鹿だ。割と怖い。ちょっと涙目になる。


「…はぁ」


こんなことなら翼とか梓に連絡すれば良かった。でも翼と居ると余計心臓に悪そうだし梓は怒りそうだ。けれどひとりよりはマシだろう。意地をはるんじゃなかった。
むかしなら大丈夫だったのに、なあ。
ひとりに慣れていた頃は暗闇なんてへっちゃらだった。夕暮れはむしろ大好きだった。なのにいまじゃこの有様だ。歳をとったからだろうか。とりあえず早いとこ帰ろうと歩みを早めたところで、名前を呼ばれた。


「…なまえ?」


びくっと肩が跳ね上がる。恐る恐る後ろを振り向いたら、懐中電灯を持って佇む一樹先輩が。


「なにしてんだ、おまえ。下校時間はとっくに過ぎてるんだぞ」

「か、一樹先輩こそ」

「俺は校内の見回りだ」

「…教室に、忘れ物をして…」

「……ひとりで取りに来たのか?」

「…はい」

「…はぁ…」


一樹先輩は呆れたように頭を抱えた。懐中電灯のひかりが踊る。


「おまえなぁ、女の子がこんな時間にひとりで出歩くなんて危ないだろうが。せめて誰か呼んでから来なさい」

「寮から近いし、すぐ済むかと思って」

「馬鹿、そういう問題じゃない」


ため息混じりに一樹先輩は私の手を握った。ぬるい温度が伝う。顔をあげたらデコピンをされた。


「いてっ」

「お父ちゃんを心配させた罰だ」

「…ごめんなさい」

「わかれば宜しい。ほら、手握れ。帰るぞ」

「え、でも見回り中なんじゃ」

「もう終わったよ。それよりいまはなまえの護衛が優先だ」

「大袈裟ですよ」

「おまえの認識が甘過ぎるんだ。よし、帰るぞ」

「…はい」


ぎゅ、と大きな掌を握り返して歩きだす。となりに一樹先輩が居る安心感。夕暮れも闇もこわくない。
寂しいのは、怖いのは、ひとりじゃない温もりを知っているから。傍に居て欲しいひとがいるから。
かなしいときもあるけど、きっとそれは幸せなことだと思う。


「…一樹先輩」

「なんだ?」

「ありがとうございます」

「…ああ。どういたしまして」


可愛いなまえのためなら、な。
そう言って、一樹先輩は嬉しそうに笑った。




(あなたのぬくもりが欲しいから)