お正月といえば何だろう。初日の出、初詣、おみくじ、おせち、お雑煮、年賀状。数えきれない行事や食べ物のなかで私が一番楽しみなもの。それは。


「お年玉を下さい」


諭吉さんとの邂逅です。


「……また、おまえは唐突だな」


出会い頭の私の言葉に驚きながらも、星月先生は「あけましておめでとう」という新年の挨拶を口にした。


「あけましておめでとうございます。お正月の数ある行事のなかで、私はお年玉が一番楽しみなんです」

「言葉通り現金な奴だな」

「ありがとうございます」

「褒めてない」


ぺしりと頭を叩かれる。星月先生は新年になっても眠そうだ。


「おまえな、大人の経済力をあまり過信するんじゃない。お金なんてそんなに持ってないんだ」

「……そうですか」

「そんな明らかに落ち込むな。…仕方ないな、小遣いくらいならやっても良いぞ。新年だしな」

「やったー」

「みょうじのキャラがぶれてる…」


何かをぶつぶつと呟きながら、星月先生は可愛らしいぽち袋に入ったお年玉をくれた。嬉しい。


「ありがとうございます。可愛らしいぽち袋ですね。つまり最初から渡す気満々だったと」

「大人は汚い生き物なんだ」

「知ってます」

「だろうな」


くすくすと笑いながら、星月先生は私の頭をくしゃりと撫でた。不意に星月先生の背後からにょきりと青いもじゃもじゃが出現した。


「琥太にぃとなまえちゃん、なにしてるの?」

「ああ、郁か」

「あけましておめでとうございます」

「あけましておめでとう、なまえちゃん。それ、なあに?」

「お年玉です」

「えー、いいなあ。誰から貰ったの?」

「俺があげたんだ」

「琥太にぃが?」


驚いたように目を見開いて、水嶋先生は星月先生を見やった。


「琥太にぃ、僕には?」

「おまえはもう大学生だろう」

「それは理由にならないよ。大学生だってお年玉欲しいんだから」

「我儘言うな。俺にたかってどうする。直獅にでも貰ったらどうだ?」

「えぇ?陽日先生はあんまりアテにならなさそうだからいいや」

「くぉらああ!水嶋あああ!どういう意味だ!」

「あ、居たんですか陽日先生。あんまりにも小さいから見えなかった」

「小さいって言うなああああ!!」


ごめんなさい陽日先生、私も居たことに気付きませんでした。馬鹿にする水嶋先生にかかっていく陽日先生は何だかわんこみたいだ。


「じゃあ陽日先生はくれるんですか?お年玉」

「おうよ!もちろんだ!ちゃんと水嶋とみょうじのぶんを用意してあるぞ!」

「えっ、本当ですか?」

「さすが陽日先生。琥太にぃと違って懐が深いなあ」

「郁、一言余計だぞ」


陽日先生は何やらがさごそと手持ちの紙袋をあさって、2つのぽち袋を差し出した。私と水嶋先生はそれを受け取って中身をあける。そこから出てきたのは…。


「……しし座定食…?」

「キーマカレー…?」


数枚の食券だった。
妙な沈黙のなか、陽日先生は得意げに笑う。


「俺のオススメメニューが入った、ラッキー食券お年玉だ!どうだ?嬉しいだろう!」

「………」

「…………」


いや……あの………なんというか……非常に……。


「…微妙」

「私が敢えて言わなかったことを…」

「なんだとー?!」

「だって、お年玉と言えば現金ですよ?どこの世界に食券で誤魔化す意地汚い大人が居るんですか」

「意地汚い言うなあ!俺は俺なりに一生懸命考えたんだぞ!くそー、返せ!」

「嫌ですよ。これは僕が貰ったんだから」

「おまえのほうがよっぽど意地汚いぞ、郁」

「なんとでも。あ、ねえなまえちゃん。僕この担々麺苦手だから、そのあんかけ焼きそばと交換してよ」

「じゃあこの胡麻団子あげますから、そのチョコレートケーキを下さい」

「いいよ、はい」

「ありがとうございます」


小さな紙切れを交換していると、横から降ってくる笑い声。


「全く…こどもだな、おまえたちは」

「お正月はお年玉が欲しいから、こどもで良いんだよ。ね、なまえちゃん」

「…そうですね。お二人とも、お年玉ありがとうございます」

「ああ。大切に使えよ?」

「おう!今年もよろしくな!」

「なまえちゃん、晴れ着とか着ないの?」

「着たらお年玉くれますか」

「みてから考えるよ」

「じゃあいいです」

「ぶはっ、水嶋ふられてやんの!」

「ははっ、いいぞみょうじ。もっとやれ」

「もう、二人ともからかわないで下さいよ」


諭吉さんとの邂逅は叶わなかったけど、こんなお正月も悪くはない…かな。




(さみしくはないから)