暗緑の灯火
探し求めていた結末
「精霊の力を収束するために、即席の宙の戒典を作るわ」
リタは宿のベッドに筐体パーツや術式紋章類を並べ、あぐらをかいた。
素人ではてんでわからないものばかりだ。
「宙の戒典かぁ……デューク今頃なにしてるんだろうね」
カロルは彼の携えた不思議な剣を思い浮かべた。
「さあな……急がねえと、そっちもやばそうだ。あいつ思い詰めた顔してたからな」
「………」
黙り込み何事か考え込む様子のパティ。
ラナは彼女の肩をとんとん、と叩いた。
「どうした?」
「なんでもないのじゃ、腹がへったのう」
「何か作ろうか?」
カロルがいった。
「いや、寝るのじゃ」
だが彼女はお礼を述べてから、ゴロンとベッドに寝転んだ。
「おやすみ、なのじゃ」
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世がふけ、皆が寝静まった頃、パティは身体を起こした。
皆がぐっすりと眠っているのを確認してから、そっと宿を出た。
ラナはため息ひとつ、剣を手に取る。
「ラナ!ユーリおきてください!」
「おきてるよ」
「起きてますよ」
「こんな夜中にどこ行くんだろな?」
ユーリはノール港の橋をかけて行くパティをみて言う。
真っ暗な中、彼女はどこかへ行く目的がはっきりあるようだ。
「何かずっと考え事してたからな……」
ラナはぎゅっと眉を寄せ、愛刀を撫でた。
「きっと、アイフリードの事でも考えてたのかしら」
背後から声をかけて来たのはジュディスだ。
「そういえば、最近はアイフリードの話ししなくなったわね」
と、今度はリタ。
「ちなみに、おっさんも起きてるわよ」
ひょこっとレイヴンが顔を出した。
「なになに?みんなどうしたの?」
カロルは眠そうに目をこすりながらも、ちゃんと武器を携えて出てきた。
「ちょっと様子見にいきますか」
ラナの言葉にみんなが頷いた。
パティを追いかけて波止場までくると、海に向けて彼女が麗しの星を掲げていた。
そして、光が放たれ、一瞬辺りが明るくなった。
光が収まる頃には、海に巨大な幽霊船が現れた。
「あれは……!」
ユーリはいくぞ!と駆け出していた。
「パティ!待ってください…!」
駆け出したエステルに、パティは驚いていた。
よほど思い悩んでいたのだろう。でなければ仲間が異変に気が付いていることくらい、わかるはずだ。
彼女はずっと長い間、何かを悩んでいた。
「……精霊がそろった。この先は命を賭けた大仕事…!だからその前に、自分の中の決着をつけようと思ったのじゃ」
「アイフリードのことか?」
ユーリの問いに頷くでもなく、これは自分の問題、と目を伏せるパティ。
「パティ。行くよ、私達も一緒に…アーセルム号へ」
ラナが言うと、皆も頷いた。
「ありがとうなのじゃ……でも、最後の決着は、うちがつけるのじゃ」
船に乗り込むと、パティはいの一番に声を上げた。
「サイファー!!うちじゃ!わかるか!?」
「サイファー?」
首を傾げるカロルにレイヴンがアイフリードの参謀の名前だ、と言った。
パティはもう一度サイファーの名を呼んだ。
すると現れたのは、以前ここで戦った、髑髏の騎士だった。
驚きに身構える皆を制したのはユーリ。
パティは一歩、歩み出た。
「サイファー、うちがわかるか?長いこと待たせてすまなかった。記憶をなくして時間がかかったが、ようやく辿り着いたのじゃ」
「アイ…フリード……」
髑髏の騎士から声がする。
パティはぎゅっと目に、足に、拳に、力をいれた。
こんなに長く、大切な仲間を苦しませてしまったから、けじめをつけなければ。
そして髑髏の騎士から男性の姿が現れ、重なる。
「アイフリードか。久しいな」
「アイフリードって……まさか……」
カロルが戸惑いに喉をつまらせると、パティは言う。
「アイフリードはうちの事なのじゃ!」
これに驚いたのは、みな同じ、ドンに生き写しとまで言わせたのは、本人だったから。
「アイフリード……?でもなぜそんな若い…まさか…」
ラナは親指で唇を押さえる。
アイフリードは子供ではない。
「アイフリード、ここを去れ。俺が自我を失い、お前に刃を向ける前に…」
サイファーは静かに目を伏せる。
そうはいかない、とパティは首を振った。
「うちはお前を開放しにきたのじゃ。ブラックホープ号の因縁から」
「俺はあの事件で多くの人を手にかけ、罪を犯した」
「ああしなければ、彼らは苦しみ続けた…!今のお前のように。あの事故で魔物化した人々を、サイファーが救ったのじゃ!」
「だが、彼らを手にかけた俺はいまものうのうと生きている。こんな姿で……」
「おまえはうちを助けてくれた。逃がしてくれた。だから、今度はうちがお前を助ける番なのじゃ、サイファー」
「救ってくれるのか……この苦しみから……」
「おまえにはずいぶん世話になった。荒くれ者の集まりだった海精の牙をよく見守ってくれた。そして…よくうちを支えてくれたのじゃ。でも、ここで終わりなのじゃ……」
パティは銃を構え、その銃口をサイファーにむけた。
ぶるぶると震える手。
彼女は撃てないでいた。
「辛い想いをさせて、すまぬな、アイフリード」
サイファーは優しく言った。かつての仲間に。
「つらいのはうちではない。サイファーはうちよりずっと辛い想いをしてきたのじゃ。うちは仲間じゃ。だからうちはおまえの辛さの分も背負う。おまえを苦しみから開放するために………おまえを殺す」
パティは引き金に手をかける。
「いい仲間に巡り合えたのだな。アイフリード、これを受け取れ……」
サイファーは手をかざし、そこには光る紋章のようなものが現れた。
「……バイバイ……サイファー」
涙声のパティと、銃声が響き渡った。
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ラナが泣き腫らしたパティに呼び出されたのは、まだ日も昇らないほどの早朝だった。
昨晩アーセルム号を呼び出した波止場。
人などいるはずもなく、パティはラナを待っていた。
うっすらと白む空にあくびをして、彼女はパティの隣に並んだ。
「ラナ、久しぶりなのじゃ」
パティは背中で手を組んだ。
「……ま、人魔戦争以来か、アイフリード?」
「…アイフリードは死んだ。うちはパティじゃ。だが、いまこの時だけ、アイフリードとして話をする事にするのじゃ」
「りょーかい」
ウンウンと頷いて、ラナはパティの言葉の続きを待った。
「ラナ、すまなかった。本当はもっと早く言うつもりだったのじゃ」
「アイフリード、別にいいんだよ。私の見立てじゃ、アムリタ、だろ?その体が若返ったの」
「うむ」
「人魔戦争とか、ブラックホープ号の事件とか、気にしてないからさ、パティはパティって事で」
「……うちはラナの忠告を無視してしもうた。人魔戦争の時、素直に従っていれば、うちらの船は……そうすればブラックホープ号の事も………」
「やめよう、この話は」
「ラナ……」
「アイフリードが生きてた。それだけで私は良かったと言える。パティ、これからも仲間だ」
「これからも……か。それはいつまでかの」
「痛いとこ突くなよ。あともうちょっと、打倒星喰みまで、よろしく。それに、私がいなくなっても、パティとはずっと仲間だ」
「うちはうんとは言わんぞ」
「わかってるよ、もう戻ろう」
みんなが心配する、とラナは笑った。
パティはそれが悲しくて、また涙がこぼれそうだった。