暗緑の灯火
闘技場出場!
嫌がるラナを叩き起こし、一行は街へと出たのだが、血気盛んな男たちが集まるノードポリカ。
往来で喧嘩が始まっていた。
罵り合う男2人を止めようと割って入るのは、昨日出会ったラーギィだった。
「お、おふたりとも、や、やめてください。こんな街中では、み、皆さんにご迷惑が……」
やや腰が引けている彼に、男の1人が斬りかかる。
「外野はすっこんでろ!」
その剣先を受け止めたのはユーリ。
「物騒なもん振り回すな」
「なんだお前!」
もう1人の男が剣をユーリに向けたので、今度はジュディスが槍でなぎ払った。
男は2人ともたじろいで、こちらを睨んでくる。
「私が悪いのなら後で謝るわ。あなた達が悪いのだとは思うけれど」
バツが悪そうに男達はその場を去っていき、ラーギィはホッと胸を撫で下ろす。
「だいじょうぶです?」
いの一番に声をかけたのはエステル。
「あ、こ、これはご親切にどうも。あ、あなた方は、た、確か、カウフマンさんと一緒におられた………」
「ギルド、凛々の明星だよ!」
カロルがちゃっかり宣伝するので、ジュディスはくすりと笑った。
遺構の門ほどのギルド、ボスに名を知ってもらいたいのは当然だろう。
ラーギィは少し何かを考えて、すぐにユーリ達に向き直り口を開いた。
「あ、あの、皆さんを見込んで、お願いしたいことが、ありまして……」
「遺構の門のお願いなら放っておけないね」
カロルは嬉しそうに眉を下げた。
「ま、内容にもよるな」
ユーリがそう言ったが、ラーギィはここでは話せないから闘技場で待っている、と返事も聞かずに駆け出した。
「……人に聞かれたくない話か、なんかヤバそうね」
レイヴンは怪訝そうに眉を寄せた。
「というか、怪しくないか?よく知らないギルドに頼みごとだなんて、いくら知り合いのカウフマンと居たからって、不自然だ」
ラナはやめたほうがいい、と首を振った。
「まあ、知り合いの知り合いなんて、知らない人だわな」
「でも、遺構の門だし…怪しいギルドじゃないから…それに顔が通れば、ギルドの名もあがるよ」
「欲張ると他がおろそかになるわよ」
「俺たちの今の仕事は、フェロー捜索とエステルの護衛、だもんな」
ジュディスとユーリにそう言われ、カロルは、気をつける、と頷いた。
「でも、話を聞いてから、受けるかどうか決めても遅くないのでは?」
エステルが言う。
ほっとけない、という様子だが、あくまでギルドの事なので口出しするのを堪えているようだ。
「しょーもない話だったら断るわよ。あたしら、それどころじゃないんだから」
リタはいつものように、落ち着きなく足をパタパタさせながら言った。
闘技場に足を運んだユーリ達は、ラーギィに声をかけた。
受けるかどうかは話を聞いてからだ、と釘を刺して。
「じ、実は、戦士の殿堂を、の、乗っ取ろうとしている男を、倒して頂きたいのです」
「乗っ取り!?この街を…?」
カロルは驚きに目を見開いた。
街を束ねるほどのギルドの乗っ取りが事実ならば、先のダングレストでの騒動くらい大きな問題だ。
「でも、なんであんたがそれを止めたいのよ?別のギルドなんだし、ほっとけばいいじゃない」
リタの言葉にラーギィは首を振る。
「パ、戦士の殿堂には、と、闘技場遺跡の調査を、させてもらってまして、も、もし別の人間が上に立って、こ、この街との縁が切れたら、
始祖の隷長に申し訳ないです」
「始祖の隷長って?」
カロルが首を傾げたので、彼はすみません、と謝る。
「こ、この街を作った古い一族で、我がギルドとの渡りをつけてくれたと、き、聞いています」
それってクリティアのこと?と尋ねてきたカロルに、ジュディスは首を傾げた。
「そ、その男は、と、闘技場のチャンピオンなんです」
「はぁ?なに、それ?」
リタはあまり合理的とは思えない話に、眉を寄せる。
「や、奴は大会に参加し、正面から戦士の殿堂に挑んできたそうです。そ、そして大会で勝ち続け、ベリウスに急接近しているのです。と、とても危険なやつです。は、排除しなければ……」
「早い話が、俺たちに大会に出て、そいつに勝てって話なんだな」
ユーリがそう言うと、ラーギィは恐縮です、と頷いた。
「まて、いくらなんでもその話はおかしすぎる。凛々の明星の実力も知らないで、なぜそんな話をする?大体、そいつの情報をどこで仕入れた?わざわざそんな回りくどいことをして、そいつが乗っ取る気だとわかるのは何故だ?」
ラナが厳しく言い切ったので、ラーギィは慌てた様子でまくし立て始める。
「おお、男の背後には、海凶の爪がいるんです!海凶の爪は、ここを資金源にギ、ギルド制圧を……じょ、情報も確かです!」
「キュモール辺りが考えてそうなこった……」
ユーリが笑う。
「まさか……」
リタもラナと同じく怪訝な顔をする。
「ですが海凶の爪が関わっているなら、帝国とギルドの関係にも影響があるかのしれないですから、放っておくわけにはいきません!」
「あら、フェローはどうするの?」
ジュディスは咎めるような声色でエステルに言う。
「そ、それは……」
「あなた、ほんとうにしたい事ってなんなのかしら?」
俯くエステルは、何も言えずにいた。
昨日ドレイクに言われた言葉がよぎり、自分の行動に躊躇う。
「あ、あの、難しい、でしょうか?」
「難しくはないわ」
割り込みにくい雰囲気を払拭するように、ジュディスはラーギィに返事をする。
「やめとけ、面倒に巻き込まれるぞ」
ラナがそう言ったので、それはいつだって同じでしょ、と笑うジュディス。
その笑みに諦めたように肩を竦めた彼女は、もう何も言うまいと口を閉じた。
「ボスが出るまでもねえ、俺でいいだろ」
ユーリの言葉にカロルは安堵したようだ。
彼もそれなりに強いのだが、いかんせん臆病さが戦いの邪魔をする。
恐怖も必要だが、一瞬の判断の迷いが、自身の命を左右する事だって少なくはないのだから。
ユーリは受付を済ませ選手控室へと行き、残りの皆は観客席へとのぼった。
闘技場のリングをぐるりと取り囲むように作られた観客席は、よく見えるように3メートルほど高くなっている。
客席も階段のようになっているので、どこに座ってもよく見えるが、彼らは1番前を陣取り、二列に腰をかけた。
「お待たせいたしました!ただいまより闘技大会を開催します!」
リングアナウンスの男の声が響き渡る。
「変な事が起きないといいけどな……」
ラナは心配そうに目を細め、リングに立つユーリを見つめた。
仲間たちが声援を送る。
「……私も出たかったわ」
ジュディスは残念そうに言った。
「さあ!本日の一回戦!闘技場のニューフェイス、フレッシュギルド凛々の明星!ユ〜〜リ・ロ〜〜ウェル〜〜!」
会場は一気に盛り上がりを見せ、観客が湧いた。
「対しますは、元騎士にして政治活動家!投獄歴もあるぞっ!ニョキリ・エルンガ〜〜!!」
向かいに立つのは見るからに屈強そうな男。
「百戦錬磨と青二才!結果は一目瞭然!だがわからないのが闘技大会!注目の第一戦!!レディ〜〜!!ファイッ!!」
開始の合図に、真っ先に地を蹴ったのは元騎士の方だ。
「結果は見え見えだな、あの男、踏み込みが甘い」
はぁ、とため息をついたラナ。
予想通りユーリは圧勝し、二回戦、三回戦とあっというまに予選を勝ち抜いた。
「さぁ!次はいよいよチャンピオンだよ!」
カロルが鼻息荒く拳を握る。
「次こそメインイベント!!大会史上、無敗の現闘技場チャンピオン!!」
「ワォーン」
ラピードが声を上げる。
リングに現れたのは…
「え……!?」
エステルは驚きに目を見開く。
カロルも戸惑いを見せ、ラナとリタは眉を寄せた。
「甘いマスクに鋭い眼光!!フレ〜〜ン・シ〜〜〜フォ!」
ユーリの姿に、彼は一瞬たじろいだようだったが、すぐに真剣な表情に戻る。
剣を構えて盾を握る彼の姿に、ユーリは少しため息をついたように見えた。
「男達よ!!燃えたぎる熱き闘志を見せよ!注目のファイナル〜!ファイッ!!」
再び切られた戦いの火蓋に、ユーリはフレンに斬りかかった。
「おい、どうなってる」
ラナはレイヴンを小突く。
「いやいや、俺様に聞かれてもねえ…」
「騙されたのかしら?」
「言わんこっちゃない……」
ジュディスの言葉に、リタはため息をついた。
「一体、何がどうなって……」
エステルは心配そうに両手を握った。
2人の攻防戦は続いていたが、それは突然、何者かの声に遮られた。
「ユーリィ〜〜!……ローウェル!」
その人物はリングに降り立ち、タイミングすら無視して乱入を果たす。
ザギだ。
おまけに彼の左腕には、異様な魔導器が取り付けられ、怪しい光を放っている。
「おっと!これは大変!大ハプニング!舞台上の主役達もお株を奪われたかぁ〜??!」
リングアナウンスの男がはやしたて、客席は湧いているが、ラナ達は武器を構える。
「あの腕……何!?」
カロルは、マトモとは思えないザギの左腕に眉を寄せた。
「魔導器よ!あんな使い方するなんて!!」
「なんか気持ちが悪くて、動悸がするわ……」
レイヴンはうっ、と胸を抑える。
実際、あの魔導器は完全に腕と融合していて気味が悪いが、彼にとってはそれ以外の感情だろう。
「あの魔導器……!」
ジュディスはぐっと槍を握りしめ、リングへと飛び降りた。
「あ、ジュディス!」
エステルは慌てて後を追い、リタとカロル、ラピードも続いた。
「おおっと!!大会の様相はどこへやら!?さらに乱入者!……ってこれは私も逃げるべき?」
リングアナウンスがそう言うと、客席は逃げ出す人々で混乱に陥った。
「……おい」
ラナはレイヴンを睨む。
観客の悲鳴とリングで飛び交う金属音が、さながら阿鼻叫喚の渦を巻き起こす。
「待ってよ、こっちも知らなかった事だ……」
彼は困ったように眉を下げた。
「あのラーギィってやつ、ほんとに真面目なギルドか?」
「……ま、表向きは」
「だろうな。黒い話も知ってたんだろ?」
「ウワサ程度ならね…」
そう言って眉間を押さえる彼を、ラナは睨みつけた。
「フレンの件は?」
「それは、ほんとに知らないわよ。まさかギルドに絡んでるなんて」
レイヴンはザギに目線を戻す。
すると突然、彼の魔導器からは制御しきれなかったエアルが溢れ出す。
そのまま何発か放たれた光の球が客席やら壁に着弾すると、リング上に魔物がなだれ込んでくる。
「ちっ……やっぱ面倒に巻き込まれた」
ラナは客席に飛び降りた。
「あーやだやだ…」
レイヴンも後を追う。
ザギはそのまま逃亡し、ジュディスが追いかけようとしたが、魔物に阻まれそれは叶わなかった。
恐らく、ヘルメス式なのだろう。
今すぐ壊してしまいたいに違いない。
ラナは駆け回って魔物を倒していく。
ユーリ達も奮闘するが、一行に減らない目の前の敵に、次第に疲労が見えてくる。
闘技場内は砂埃が舞い上がり、客席で谷になっているリングは煙もはけないので視界も悪くなってきた。
「こりゃ、ちょいとしんどいねえ」
矢を何度も放ちながら、レイヴンがぼやいた。
「口じゃなく手動かして!」
リタが文句を言って、詠唱を始める。
が、途端に彼女の術式からは眩しいほど強烈な光が放たれ、魔術が暴発して爆発が起きた。
運良く近くの魔物に当たり蹴散らしたが、威力はいつもの比ではなく強力すぎる。
「これは……」
ラナは思わず手を止めてしまう。
リタ自身もかなり困惑している。
エステルが紅の小箱を見つめ、これのせい?、と戸惑っていると、砂埃に紛れて現れたラーギィが、彼女から箱を奪い取った。
「聖核が狙い!?」
ラナはラーギィを追って駆け出した。
ジュディスとラピードも追いかける。
闘技場の階段を駆け下り、街を駆け抜ける。
「待ちやがれ!」
ラナの怒声にちらりと振り返ったラーギィは、さらにスピードを上げた。
「並の脚力ではないわね……」
ジュディスも一心不乱に地を蹴り続けた。
「街の外に逃げる気だ……!」
迷う事なく進んでいくラーギィに、ラナは思わず唇を噛んだ。
「アォン!!」
ラピードはちらりと2人に目配せをして、スピードをあげる。
ラナはそれを見て立ち止まると、膝に手をついて大きく息を吐いた。
ジュディスもそれに習い、立ち止まる。
乱れた息を整えるように胸に手を当て、ふーっと息を吐く。
「……ったく、なんであれを持ってる事がわかったんだよ…」
ラナは首筋を伝う汗を手の甲で拭い、背筋を伸ばした。
ドクドクと脈を打つ心臓も、次第におさまっていく。
「偶然ではないわね、あのヘルメス式も」
ジュディスはさっと前髪を整え、闘技場を見上げた。
「やっぱヘルメス式か……ジュディ、目の色を変わりすぎ、隠してるならもっと自重しろ…」
「…そうよね」
ジュディスは大きく息を吐いて、ユーリ達と落ち合いましょう、と再び闘技場へと歩き出した。
ユーリ達と合流し、もう一度街の出口に戻ってくると、向こうから歩いて来たのは、ラピードと、クライヴ。
「なんかあった?」
クライヴは首を傾げた。
「なんかあった?じゃないわよ!子供が夜中どこほっつき歩いてんのよ!」
リタがそう言って怒鳴るので、彼は子供じゃねーし、と口を尖らせた。
「ていうかさ、砂漠の北側…船が着けそうな砂浜の手前を、騎士団の船が塞いでるんだけど」
「見てきたのか?」
ユーリの言葉に、まあね、と返事を返す。
「夜のうちに?すごいね……」
カロルがあんぐりと口を開けた。
「砂漠で何をしているんでしょう?やっぱり、闘技場の事も関係ありますよね?」
「さあな、どっちにしろロクでもねぇ事だろ」
ユーリの言葉に皆が頷いた。
「今はラーギィを追いましょ」
ジュディスがそう言って、ラピードが咥えている布を皆に見せた。
「こいつがあれば、匂いで追えるな。ラピード、よくやった」
ユーリはパチンと指を弾いた。
「ワフッ」
「あの箱を取り返さなきゃ!」
カロルが意気込む。
「それもあるけどな…」
ユーリは眉を寄せて言った。
「ギルドは裏切りを許さない」
レイヴンもいつになく厳しい表情で頷く。
「うん…」
カロルもこくりと頷いた。
「西の山脈は旅支度なしには通り抜けられないと思うから、追い詰められそうよ」
「捕まえて締め上げようぜ」
ラナはジュディスが言った言葉に、ニヤリと口角を釣り上げた。
「闘技場の方は、大丈夫でしょうか?」
エステルは心配そうに振り返り、闘技場を見つめた。
「じゃ、エステル達はここで待ってる?」
カロルがそう言うと、エステルは驚いたようで、え?、と戸惑いの声を上げた。
これはギルドの問題で、あくまで着いてくる理由はない。
と、レイヴンも頷く。
しかしリタは、魔術を暴走させた箱も気になるし、ラーギィを許すつもりもないので行く、とはっきりと言い切る。
それでもオロオロと迷うエステルに、クライヴは案の定肩を竦めて呆れていた。
彼は自分で物事を決めない奴が大嫌いな上に、エステルの力の事もあり、彼女を毛嫌いしているのだ。
そうなれば余計に、そういった所も目に付くと言うもの。
自分で決めな、とユーリの言葉で、やっと頷いたエステル。
「行きます!」
クライヴはやっぱり何処か気に入らなくて、ため息を吐いた。