暗緑の灯火
勇猛な街ノードポリカ
デズエール大陸に近付く頃には、すっかり夜だった。
ノードポリカが見え始め、エステルが闘技場について教えてくれて、カロルがギルド・戦士の殿堂について語り始める。
そんな最中に街からは花火があがり、一行は思わず夜空に咲く花に目を奪われた。
パッと辺りを明るくする光の花が咲いて、ドンドンと、お腹に響く鈍い音が落ちてくる。
さながら花びらが散って行くように光は消えて、また次の花が咲く。
夜空も海も彩る芸術に、息を呑むほか無かった。
無事に港へ入港し、彼らはデズエールの地を踏んだ。
海に突き出る形で街は古くからあり、大陸の奥に広がる砂漠を思わせないほど、この街は豊かだ。
カウフマンは積荷をおろしたら、船は好きに使って、とカロル達に言って、お互いに労いあった。
ギルドの協力、という形をとった今回の船旅。
途中に寄り道はあったものの、どうやらお互いうまく終えられたようだ。
「あ、こ、これは、カウフマンさん、い、いつも、お、お世話になって、い、います」
なぜかたどたどしく話しかけてきた、メガネに作業着姿の中年男性。
猫背気味で、手を前で握っているその男は、どこまでも自分に自信がなさそうに見える。
「またどこかの遺跡発掘?ボス自ら赴くなんて、いつもながら感心するわ」
カウフマンは彼ににっこり笑いかけた。
「い、遺跡発掘は、わ、私の生き甲斐、ですから」
「あれ、誰?」
リタは不審そうに目を細めた。
「遺構の門のボス、ラーギィよ」
「何か覚えあるわね……」
レイヴンが言った名前に、聞き覚えがあると彼女は首を捻った。
「そりゃ、帝国の魔導器発掘手伝ってる連中だからな」
ラナはモルディオが知ってるのはあたりまえだろ、と笑った。
彼女はそれに納得したのか、頷いた。
当然、アスピオにも遺構の門のギルド員は居たはずだ。
彼女の目に留まるかは別として。
ラーギィはカウフマンに頭を下げ去って行き、彼女も挨拶をした。
「なんだか、いい人そうですね…」
エステルはラーギィの後姿を見ながら言う。
「ねえ、前に兵装魔導器売ってるギルドの話したわよね?そこに魔導器流してんの、あいつらじゃないの?」
リタが言うのは海凶の爪の話。
だが、カウフマンがきっぱりと否定した。
「遺構の門は完全に白よ」
「なんで言い切れるわけ?」
「温厚、まじめ、コツコツと。それが売りのギルドだからなぁ」
レイヴンはそういいながらも、何か腹に思う事があるような様子だ。
リタは不満そうに眉を寄せた。
「じゃあ、もう行くわね。フィエルティア号、大事に使ってあげて、魔導器も交換しておくわ。凛々の明星、頑張ってね」
カウフマンはにっこり笑って去って行く。
これからまだ、一仕事、という背中だ。
リタはまだ何か考え事をしているようで、魔導士が横流しだの、盗賊団だの、ブツブツとつぶやいていた。
「んじゃ、うちは行くのじゃ」
パティは身軽な動作で進み出ると、にっこりと笑った。
「宝探しか」
ユーリの言葉に力強く頷く。
「船の操縦ありがとう」
カロルが言う。
「達者での、道中気をつけろ」
「おまえがな」
ユーリに笑いかけると、彼女は一目散に駆け出して、その背中はあっという間に何処かに行ってしまった。
「んじゃ、こっちはこっちの仕事、しますかね」
レイヴンは胸元の手紙を確かめ、闘技場を見上げた。
「手紙、届けるのよね?ベリウスに」
ジュディスの言葉に軽く頷いて見せるレイヴン。
「ボクたちも行ってみようよ」
「フェローの事、なんか知ってそうだしな」
闘技場に向かう彼らをよそに、ラナは歩き出さずにクライヴに向き直る。
「ベリウスってそんなすぐ会えるのか?」
「さぁ?いつもは人間のフリしてるよ……俺、ちょっと会ってくる。居るかわかんないけど」
「そっか、ついでに、砂漠の様子も見てきてくれないか?」
彼はラナの言葉に、あからさまに嫌な顔をする。
「頼むよ。フェローに挨拶しろとは言わないから、様子だけでもさ」
「ぐるっと、大陸回ってくるだけなら…いいけど…」
クライヴは暑いのが得意では無い。
砂漠など、見るのも嫌だろう。
「それで頼むわ」
ラナは人がいないか見回して、両手をパシンと叩き合わせた。
いつものようにエアルが集まり、クライヴが平らげる。
「こういうの、餌付けされてるっていうのかな?」
彼はため息をついて間を置いてから、空に舞い上がった。
「悪い悪い!で、どうだった?」
ラナは闘技場へと続く扉の前で、ユーリ達が話しているのを見つけ声をかけた。
「どこ行ってたのさ。あれ?クライヴは?」
カロルは責めるように彼女を睨んだが、クライヴの姿が見当たらないので、首を傾げた。
「ああ、散歩だって」
「協調性のないガキね」
リタはあんたの教育が悪い、とラナを睨む。
「あいつはあんなでも立派な大人なんだよ」
彼女はやれやれ、と肩を竦めた。
「結局、次の新月までベリウスには会えないみたいなの」
ジュディスが言う。
「新月?あと何日だ?」
「ずいぶん先よ、俺様、宿に戻ってドンに経過報告の手紙書くわ」
レイヴンは気怠そうにひらりと手を上げて、宿へとつま先を向けた。
「じゃあ、今のうちに砂漠とフェローの情報集めといくか」
ユーリがそう言ったので、リタはエアルクレーネもね、と付け加えた。
「これだけ人の集まる街なら、期待できそうですね」
「私も、宿で待ってるわ」
ラナは、じゃ、と手を振ってレイヴンの後を追いかけた。
「いいのかしら?ラナに目的のないまま連れて歩いて…」
ジュディスはユーリに言う。
「……まぁ、何もねぇ訳じゃないだろうし、しばらくはあれでいいんじゃねえか?」
「あなたがいいなら、いいけれど、本当にそれでいいの?」
ジュディスの言葉に、彼は沈黙した。
レイヴンと共に宿に入ったラナ。
あいにく部屋は一つしか取れず、8人は6人部屋へと押し込まれなければならない。
クライヴはきっと今夜は戻らないだろうが。
「オヤジにも手紙書くんだろ?」
申し訳程度に置かれたテーブルで、ドン宛ての手紙をしたためるレイヴンは、ラナの言葉にふにゃっと眉を下げた。
「心配しなくても、大した事は書かないわよ」
「どうだか?……オヤジからの任務も、エステリーゼ様の監視か?」
「……そうだな、ま、そういう事になるかな」
レイヴンは内容を書き終えた便箋を、揃いの真っ白な封筒に入れた。
「よかったな、同じ任務で」
「ドンの場合はアレよ、厄介払い」
「なに嬉しがってんだよ」
怪訝そうに眉を寄せた彼女は、真ん中のベッドに腰をおろした。
「別に嬉しかないぜ〜?」
「……別にギルドの方はどうでもいい。レイヴンがそっちから変な事を任された事ないだろ…」
「どうでもいいって……というより、大将の事、殺しに行ったりしないわけ?」
レイヴンはアレクセイ宛ての手紙書きながら、手を止めた。
「…………」
何も言わないラナに、彼は大げさに肩を竦めて再び筆を進めた。
「凛々の明星、入ってみればいいんじゃないの?」
「騎士団から逃げてギルドに入れば、ヨーデル殿下への裏切り行為だ」
「なんでそこまであの殿下に固執すんのかねえ?」
「あのお方は…あのお方なら、腐敗した帝国を是正していけるだろう」
「そんな簡単な事か?」
「簡単じゃないさ。だからオヤジが補佐すれば……と思ったが最近はおかしい事ばかりだからな。聖核だって探させて、魔導器の開発に、ラゴウやバルボスへの情報提供…ダングレストでのヘラクレスの事も……いくらフェローが居たからっておかしな話だ。あんなもの……」
「まぁ、反勢力を潰すために用意したにしては、ちょいと大げさだわな」
「ダミュロンは、変だと思いながら与えられた任務をこなすのか?」
「……その名前は禁止…っていうか、俺様にそんな崇高な理念求められても、正直困るわ」
レイヴンはそう言うと、手紙出してくるわ、と立ち上がり部屋を出た。
「崇高も何も……いつまでもお前が腐ったままなのが嫌なんだよ……」
彼女は閉められた扉を見つめ、言葉を投げた。
それは彼に届いたのかそうでないのか、定かではなかったが。
ラナは再び街へ出る。
闘技場の階段を降りたところで、見知った人物に出会い、思わずたじろいだ。
「げぇっ!ドレイク!」
ドレイク・ドロップワート。
騎士団の顧問官であり、エステル、ヨーデル、先の皇帝の剣術指南役でもある彼は、尽心報国の騎士。
騎士団に身をおく者で、彼を知らない者はいない。
「副団長、それは変装のつもりか?」
ドレイクは射抜くような視線を向ける。
「……別にそんなんじゃ……ないです…」
罰が悪そうにする彼女に、彼は更に眉を寄せる。
「副団長はヨーデル殿下に、忠義を尽くしているのだと思っていたが、騎士団長に剣を向けて始祖の隷長と共に立ち去った……」
「いやいや、忠義はかわってなどいない。殿下のお心遣いで起こした行動……きっとオヤジの企みを暴いて……いやなんでもないです」
彼女はさらに俯いた。
「なるほど、殿下が悪い、と言うのか。とんでもない副団長がいたものだ」
ドレイクはため息を吐いて、話にならない、と首を振った。
「そんな事は一言も…!」
「師匠!」
言い訳しかけたラナの言葉を遮り、反対側からエステルの声が響いた。
皆も一緒だ。
「姫様、お久しぶりです。息災でやっておいでですか」
ドレイクはエステルに向き直り、そう言った。
「ええ、師匠こそ、お元気で何よりです」
「あれからいろんなところを歩き回られたようですね」
ドレイクとはエステルは以前、魔核ドロボウ騒ぎの時にヘリオードで会っている。
「たくさんの事を見聞きして、とてもいい経験になりました」
「それは、本当にあなたが皇帝になるために、必要な経験でしたか」
ドレイクの厳しい視線は今度はエステルに向けられる。
「……どういう意味です?」
エステルは怪訝そうに首を傾げるので、ラナは、あちゃーと頭を抱えた。
「どこの誰とも知れない連中と歩き回り、節操なく行動する。それが次期皇帝候補が取るべき行動として、正しかったのか考えておいででしょうか」
ドレイクの言葉にボソっとユーリが文句を言う。
俺は俺だ、と。しかしそう言う事ではない。
「でも、見聞を広く持つことは必要だと師匠は……」
「見聞を広めるのは悪いことではありません。問題はあなた自身の行動です」
ドレイクの言葉に、エステルは困ったように眉を寄せた。
「聖断者たる皇帝にとって相応しい行動を取っておいでか、ということです。もう一度、自分自身の行動を見返してみなさい。そして、それが本当に正しかったのか、考えなさい」
彼はそう言うとラナに向き直る。
「副団長、いつまでもお飾りのままで甘えるな」
ドレイクはそのまま去って行った。
「何、あのじいさん」
リタは不満気に言う。
「前会った時は気付かなかったけど、いつもあんな感じなの?」
カロルの質問に、ええ、と頷くエステル。
「ドレイクは厳しいからな、相手するには慣れなきゃ無理だ。前に剣術がお粗末すぎて、殿下が怒られてた」
ラナは肩を竦めた。
「そんな事もありましたね……」
エステルは苦笑いをし、言葉を続ける。
「でも、私が旅をしているのは、師匠に認めてもらいたいからかもしれません」
「思いつきで言ったでしょ」
ジュディスがクスリと笑ったので、彼女はすみません、実は…と眉を下げた。
「ま、でも認めてもらいたい気持ちは事実だろ?」
ユーリの言葉に頷くエステル。
「じゃ、いつかぎゃふんと言わせたげなさい」
リタが頷きながらそう言ったので、エステルは必ず、と頷いた。
「で、お前はどこ行く途中だったんだ?」
宿に行ったはずの彼女が降りてきたので、ユーリが聞いた。
「や、飲みにでも、と思ったがなんかもういい……ドレイクのせいで、色々萎えた……」
ラナはがっくりと肩を落とす。
図星ばかりつかれて、ドッと疲れたのだ。
「なら、戻ろうぜ。俺らも宿に行くとこだ」