お姫様のいない世界
愛してるわ、ユーリ!
「お、お待ちください!!」
ガインってなった騎士が叫ぶと、近くにいた別の騎士も私を追いかけて来た。
「待てと言われて待つやついませーん」
ドンに、中二病かと思うような文章を送りつけたにも拘らず、この適当さ。
いい意味で、長所と思ってる。自分では。
適当に走っているように見えて、散々シュミレートして頭に叩き込んだので、どこに行けばいいのかはわかっている。
地下牢に直接出向いた事はないけれど、この城の造りは把握しているし、ゲームとは多少違ったが、簡素化されたマップよりも、建造物として成り立つ現実のほうがわかりやすい。
まぁ、ぶっちゃけ、ユーリ、ユーリ、ユーリともう頭がそれしか考えていない。
ひた走って息が上がって来た頃、勢いよく出会い頭に、誰かとぶつかった。
「ヒブッッ」
立派な胸板に鼻をぶつけて、変な声がでちゃったよ。
騎士かな?
まいった、連れ戻されるかも。戦うか?
私は剣をしっかり握ると同時に、ソロソロとぶつかった人物を見た。
「色気のない声だな」
そう言った黒髪の青年。
すらりとして、フレンとは違うタイプのイケメンで。
黒髪で、ロングがサラサラで、彼は担ぐように剣を肩にのせた。
そう
「ユーリ!!」
ぱあっと世界が明るくなった。
思わず彼を見て名前を呼んでいた。
だってずっと会いたかったから。
ユーリは私が、自分の名前を読んだ事に、困惑した様子で眉をしかめる。
「あ、あ、ああの、フレンからよく話を聞いていて、フレンから!!」
私は勢いよくどもった挙句、フレンの名を二回呼んだ。
やめて、しっかりして、私。
すでに出会いは最悪。
色気のない声、と言われちゃってますから。
「フレン?あいつ、城で俺のそんな事話す奴いたんだな…」
なんかデジャヴなセリフ…これはうまい具合にいってる!ってかユーリと会えたら問題なし!後は何がなんでも、彼にひっついて行けばいいだけの事!
「お戻りください!!」
背後から騎士の声がする。
ガシャガシャと、鎧を鳴らしながら駆けて来て、絶妙な間合いでとまった。
振り返れば、彼ら、剣を抜いていらっしゃるではありませんか!
んまー。
私を誰だと思ってんの。
「とりあえず、助けてください、ユーリ」
私は立ち上がって剣を構えた。
「……いきなりそれかよ。ったく、面倒事には巻き込まれたくねえな…」
ユーリは下町の様子見に行きたかっただけ、だったなそーいや。
無理だろ!!笑。
だわ!
なーんて1人で心の中で会話した。自分と。
角でぶつかるとは、なんて古風な出会い方をするものなのか、と、ちょっと運命を感じつつ…実は結構痛かった。
ユーリが、剣を振って鞘を投げた。
おお、生で見られるとは。
「ったく、騎士団じゃ、女のエスコートの仕方も教えてくれないのか?」
かっこいー!すきすきユーリ!
投げキスなるものを、初めてしたいと思ったよ。
「なんだ貴様!」
騎士は、突然姫様の元に現れた男に、困惑していた。
私があなたでも、戸惑うと思うよ。
出会い頭の男に助けてもらえるなんて、思ってもみない。
ましてやこんな、チンピラみたいな胸のはだけた男が、城の中を闊歩しているとも思わないし。
ユーリは実際にこの目でみると、かなりはだけた胸から、いい筋肉がコンニチワ〜と手を振っていた。
予想通り髪は綺麗で、すらりとしていてなんとも言えない色気がある。
いやいや、ひょろいわけじゃないんだよ?
なーんて見とれていたら、あっという間に二人の騎士が床とヨロシクやっていた。
ごめんユーリ。
「……で、あんた何者?」
ユーリは投げた鞘を拾って言った。
あ、やっぱ拾うのか。
それ、投げないほうが効率良くない?
なーんていわないけど。
「皇帝候補の1人、エステリーゼ・シデス・ヒュラッセインです。ユーリ、一緒に行きましょう」
「はあ?なんで皇帝候補とやらが……つーか、それあんま言わない方がいいんじゃねーの。俺、悪い奴かもよ?」
「いいのいいの、ユーリは最初っからわかってるだろうし」
「……まあ、ただの貴族じゃないとは思ったな」
ユーリは少し感心したように頷いた。
けど、すぐにそれは難しい顔に変わる。
「こっちだ!急げ!!」
ばたばたと騒ぐ騎士たちの声とともに、足音がこちらへと向かっていたから。
しっかし、ユーリ。
やっぱかっこいいー!!
なんて呑気に彼に見とれていると、ぐいっと勢いよく手を引かれた。
「なにやってんだ!とっととずらかるぜ!」
ったく、騎士に見つかりたいのかよ、とぼやいた彼は、私の手を引いていた。
あ〜
死んでもいいわ。
まだまだこれからユーリと一緒に居られるのかと思うと、それだけで嬉しすぎて卒倒しそうだった。
これから待ち受ける受難なんて、塵ほどに些細だわ。
ユーリは手の届かない、触れられない存在で、本当にいろんな意味で別世界の人。
そんな彼が実際に目の前にいるのだから。
走っているせいで風下になって、彼のい〜香りがする。
そういえば、どこに行くんだろう。
手を引くユーリの背中を見て、やっと私は意識をこっちへ引き戻した。
今こそ城を出るときなのです。
「あの…どこへ行くの?」
「ん?一緒に来るんだろ?だったら城の外へ出る」
「私の目的を端的に説明すると、フレンに会いたいので花の街ハルルに行きたいんですけど」
「結界の外か?まぁ…俺もモルディオってやつ追いかけたいから、アスピオなら付き合うぜ」
「…どうせ通り道です。と言う事で、一緒に行きましょうユーリ」
「護衛はゴメンだぜ」
「戦えますよ、私」
「そりゃ勇敢なこって」
ユーリはひひっと笑った。
笑うとますまかっこよくて、握った手の、私の手汗が気になった。
手袋してるし、大丈夫、大丈夫。
「っと、ここだな」
ユーリは、翼の生えた謎の像の前で立ち止まった。
おう、これが女神像か。
押したら動かせる、とは思えないほど大きい。
石像って、そんな簡単に動くの?
床を全力で削ってしまうようで、反対側の床がこすれていた。
こんなの知らない人はいないでしょうよ、怪しすぎるって。
「…えっと、隠し通路?押してみようか…」
「なんだ知ってんのか?」
「や、知らないけど、床がギッタギタですから、ぽいなって」
「……地下牢にいたおっさんが、教えてくれたんだけどよ…胡散臭いやつだな、あのおっさん」
あっけらかんとユーリが言った時、私は思い出した。
ザギに会っていない。
や、めんどくさいから会わなくていいけど、会っておいたほうがいいような気もする。
今後の事を考えて。
と、思ったがまあいいや。
どうせまた会う事になるし。無視、無視。
「よっと……」
ユーリは女神像を押した。
びっくりするくらいあっさり動いて、思わず「まじか…」とつぶやいてしまった。
彼はちょっと変な顔でこっちを見て、苦笑いを浮かべた。
「えっと、本当にありましたね」
「今更取り繕うなって」
「あ!」
ユーリの手から血が出ていたので、思わず私は彼の手を握った。
「なんだよ?」
「う〜ん…う〜ん…」
痛いの痛いの飛んでいけー!!と、ん、で、いけー!
と念じてみる。
ぎゅっとユーリの手を握るけど、治癒術が出ない。
「なにやってんだよ」
彼は困った様子で、けれど私にされるがままだった。
「痛いの痛いの飛んでいけ〜」
今度は口に出してみる。
するとぶわっと光が走り、ユーリの手がきれいさっぱりつるんとしていた。
「ん?」
彼は逆に私の手を引いて、魔導器を見た。
お、これはシナリオ通り!
けどまあ、普通に言ってもいいけどね。
「この魔導器そんなにきれいですか?」
「…あ?…ああ」
戸惑う彼に意味深に笑ってみせる。
しまった、またこの世界の人をおちょくるクセがでた。
お城での生活で、散々アレクセイをおちょくりまくったせいだ、絶対。
「とりあえず、追っ手が来る前に行こうぜ」
ユーリはそう言って、地下道への梯子を降りた。
じめーっとして臭くて、おまけになんかいる。
そう、魔物。
「魔物…ですよね?あれ」
私が指差した方向には、丸っこいカエルのようなエイリアンが居た。
ぴょこぴょこと、かわいらしく跳ねながらこっちへ来る。
「結界の中だぜ…冗談きついな」
ユーリはもう一度剣を振り、鞘を投げて構え直した。
うん、きっとこれも自分で拾うのでしょうね。
「よっし、実戦ですね。初めてですが、よろしくユーリ」
「おまっ…戦えるって言ってなかったか…?」
「戦えますよ、たぶん」
「っと…来るぞ!」
ユーリはいち早く地を蹴って、カエルに斬りかかった。
まあ戦う姿もかっこいいんだよ。
私ってばやっぱ見とれちゃってて、カエルを殲滅したユーリは不満そうに顔をしかめていた。
「参加しろよ…パーティー組んでんだから」
「ごめんなさい、ぼーっとしてました」