お姫様のいない世界
黄昏の君へおくる
「姫様!!」
ドンドンドンドンドン。
扉をぶち破るのかと思うほど、ものすごい勢いでノックされて、私は強制的に目を覚ました。
こんなめざまし時計だったら、ぶん投げて壊してやりたい。
目ヤニをこすり、ベッドから上半身を起こした私は、天蓋にくっついたカーテンを閉める。
流石に寝起きはみられたくないし、扉の向こうでわめく彼が、何故そうしているのかもしっているからね。はい。
「なんですか?」
私は用意していた通りの返事をした。
扉の向こうで、失礼します!と怒気を含んだ声がして、騎士団長が皇帝候補の寝起きに怒鳴り込んできた。
「……まだお休みでしたか、これは失礼を」
アレクセイってば、絶対に思ってもいないような事を言うもんだから、小姑かよって思っちゃうわけで。
こんな時間まで寝てる私も、悪いわけで。
私は大げさにため息をついてみたくなり、そのまま息を吐いた。
「一体なんですか?いくら先の皇帝直々に選任されたあなたでも、これは懲罰房行きです」
「姫様!!お言葉ですが、あなた様とてこのような出鱈目、許されません!」
カッカするアレクセイ。
理由はわかってるんだけどね、すっとぼけてみる。
そう、何故なら、私はこの物語を引っ掻き回すと決めたから。
「このような、とはどのような事です?私には皆目検討もつきません、ホホホ」
寝起きに、ここまでかます女はなかなかいません。
ホホホ。
「………」
カーテン越しに見えたアレクセイの肩が、わずかに震えていた。
たぶん怒ってんだろうな。
怒らせたんだけどさ。
本来のエステルだったら、彼はこんな態度は取らないわな。
逆も然り。
よくみると少し皺の刻まれた眉間、がっしりとした体つきに、凛と先を見据えた瞳。
画面の向こう側からはわからないような、ちゃんと生きている人間が見える。
「姫様、騎士団をつかって、ギルドに手紙を出したそうではないですか…」
「はい、出しました」
ニコッと笑ったのがわかる私の声色に、彼は心底嫌そうに顔を歪めたように見えた。
隠しきれない怒りが、なみなみと水を入れたコップから、表面張力を超えて溢れそうな感じ。
「勝手をされては困ります……ユニオンと帝国は今、機微な状態にあります」
そう、私はユニオンに宛てて手紙を書いた。
それを親衛隊の1人に渡し、ダングレストへ届けるよう命じた。
若く熱意のありそうな騎士に、アレクセイのためになる、と。
彼は嬉々としてそれを受け取り、ダングレストへと馬を駆け、一枚の紙を届けたのだ。
「黄昏の君、ドン・ホワイトホース。古びた剣の帝都から、エステリーゼ・シデス・ヒュラッセインより」
私は淡々と言う。
「一体どの様な意図で……」
アレクセイの声は震えていた。
「言葉の通りです。黄昏の国を治める者に、古い剣をかざす帝国から、皇族の1人が手紙を送った……あなた方の存在を認める、と」
「いまだかつて、皇族からユニオンを認めるような文書は送られていないのです!物流などで協力関係にあるとはいえ…!」
「だまりなさい、アレクセイ・ディノイア」
ぴしゃり、と言った私に、彼は「申し訳在りません」と言葉を飲み込んだ。
なんだこれ、きもちいー。
実生活で誰かを押さえつけるような事、絶対言わないし。
私なんてただの平社員だったし。
「ユニオンの存在を認めるのです。もはや否定などで来ません。それでは国が成り立たない、廃れて萎びて、朽ちていくのを待つだけです」
畳み掛けるように言った。
この先の出来事をすべて知った私が、ヨーデルよりも早く帝国とユニオンを結ぶ。
アレクセイは全力で、その邪魔をするだろう。
どんな事が起きるのか、ワクワクが止まらんわ。
「そうさせぬために、私は尽力しています。姫様がそうされるのであれば、然るべき手順は、踏んでいただかなければなりません…少々先を急ぎすぎ、かと…」
わなわなと震える人を初めて見た。
彼は声までもが、悔しさと怒りに震えていた。
「あなたに邪魔をされては嫌なので。そろそろ失礼していただけます?身支度を整えますから」
こうも他人を煽るなんて事が起きようとは…
皇帝候補強し。
私は、絶対に権力を手に入れてはいけない部類の人間だわ。
「姫様、一体どうなされたと言うのです。本も読まれず…地下牢の確認ばかりして…」
そうきたか。
やっぱ私の行動は、逐一報告が行ってんだわ、これ。
「何も、本は読み漁りましたから。地下牢はただの趣味です」
まあ当たり前と言えば当たり前で、私はあえて淡々とした様子をあらわにした。
「まるで人が変わられたようで、皆心配しております」
ギクッ
っとかまじで思うのね。
また同じ事を言われ、さあっと背筋を悪寒が撫でた。
彼なら、何かに気がつくかもしれない。
まあ、それもありだけど。
にらみ合いみたいに視線がぶつかり合い、どうすればいいのかと思えば、唐突に響いたノックの音にその視線が弾かれた。
「お話中、申し訳ありません!騎士団長、お時間よろしいでしょうか!」
騎士の声はすごく急いていて、戸惑っていた。
よくもまあ、皇帝候補とお話中に扉を叩けたもんだ。
やっぱ舐められてるよ、エステル。
失礼、とかかっこつけた感じで部屋を出たアレクセイ。
無性に騎士との話が気になって、私は忍び足ながらも走って扉へ向かい、耳をすませた。
「例のギルドの男が今…地下牢に……」
なんと!それはレイヴンの事じゃありませんか!?
てか間違いなくそうやん!!
このタイミング!騎士団長への報告!
私は慌てて扉の鍵を閉めた。
面倒だし、かけることなかったけど、役立つ時が来た。
そしてまたもや慌てて、クローゼットを開けた。
きらびやかなドレスをかき分け、例のエステルの服を持つ。
趣味じゃないけど、やっぱこれを着たほうがいいだろうし。
はて、まてまて。
ユーリと会ってからすぐに、着替えるイベントあったはず…
ギャップ萌え、的なイベントが…
「姫様、失礼いたしました」
と、すぐにガチャリと扉を回す音がする。
開くわけない。
「ひ、姫様…鍵までかけずとも……」
アレクセイのあからさまなため息が聞こえた気がした。
「この件については、また改めて。失礼します」
足音が遠ざかるが、もはや私にとってそおーんなことは、どおーでもいい。
ユーリの事で頭がいっぱいだった。
やっぱりとりあえず、ドレスで行ったほうがいいよね。
いろんな時間のタイミングが、最初はとっても肝心な気がする。
でもめんどい。
この部屋に戻ってくるくだりが、すんごいめんどい。
ドレスもぜーんぜん着慣れてないし。
てかフレンの部屋に行ったり色々とあるけど、それも後々おかしな事になる。
だってフレンが巡礼に出たって、知ってるんだもん、私。
まーいっか。
ゲーム中の衣装で行こっと。
顔を洗って歯を磨いて、服を着た。
鏡の前に立ってみると、自分が自分でない事に少し胸の隅が騒ついた。
桃色の髪、見慣れぬ顔、違う体。
こうしてこの世界の服をまとえば、それはさらに大きくなる。
私は振り払うように剣をとった。
ぎゅっと口を結んで、絨毯を踏みしめる。
そろりと扉に手をかけると、ぼーっとしてそうな騎士が1人いた。
正確にそうかどうかは、兜に隠れてわからないけどサ。
「ごめんなすって!」
私は騎士の兜めがけて、鞘におさまったままの剣を振った。
ガイーン
本当にそんな音だったと思う。
クラクラする騎士を尻目に、私は悠長にも、扉に鍵をかけてから走り出した。
ユーリに、早く会いたい。
そんな一心で。
フレンとの昨日の件は、すっかり忘れてしまっていた。