お姫様のいない世界
大人な関係
「エステル!エステルってば!」
カロルの声がした気がして私は振り返った。
「呼びました?」
「さっきからずっと呼んでるよ…ほんとにもう…」
「ハルル行くんだろ〜?エステル、そっちはアスピオに戻る道だけど」
ユーリはにやりと笑った。
ぼーっとしてたわ、いけない、いけない。
っておい。
こいつわかってニヤついてんな…
乙女心を弄びやがって!なにさ!
こりゃもう、エステルの処女が貫かれるのは時間の問題だわ。
フレンがエステルに恋心を抱いているなら、この上なく面倒な展開になりそう。
いや、私的にはオイシイ展開、とも言える。うんうん。
「うっそ……ありえない。満開の時期でも、こんなに全部の蕾が開いたりしないのに……」
リタが息を呑む。
それもそのはず、眼前に迫るハルルの樹はきれーいな桃色に街を染め、蕾と言う蕾が花を咲かせていたから。
実際に、いつもの満開がどんなものかは知らないけれど、桜の木なら、全部の花が咲く頃には青葉が混じってるよねー。
「だから言ったでしょ〜ボクらで蘇らせたって」
へへん、と自慢げなカロルに、リタはいっぱつチョップをお見舞いすると、街へとだっと駆け出した。
「お戻りでしたか…!」
なんとまぁ声をかけてきたのは長老様。
色々すっとばしたけど、フレンから手紙を預かっていると、二通の手紙を渡された。
一つはユーリあて、もうひとつは私あて、とユーリが私に手渡した。
よ、よめませんが……。
封は開けずに、ユーリが先に手がを読むのを待った。
「……先にノール港で待つ。早く追いついて来い…暗殺者には気をつけろだってさ。エステル、あいつ狙われてる事わかってるぞ?帰るか?」
「かっ…帰りませんよ!いじわる!」
「もう一枚あるよ…ってこれ、手配書!?ユーリ!賞金首になっちゃってるよ!!本当になにしたのさ!!」
カロルはあわわと手配書を見つめた。
「5000ガルドって、低すぎじゃねえ?」
ケラケラと笑うユーリに、彼はため息を漏らした。
「で、エステルのはなんて?」
ユーリに言われ、私はしぶしぶ封を開けた。
が、読めないのでたたまれた便箋を開く前にユーリに渡した。
「よ、読みたくないので代わりに読んで……」
訝しげにユーリは便箋を開くと、棒読みながらにフレンの言葉を音にした。
「エステリーゼ様、あの夜の気持ちに嘘はありません、こんなことなら、一緒にお連れするべきでした。ユーリにはくれぐれも気を付けて………だってよ。エステリーゼ様」
ユーリは意地悪な笑みでこちらを見る。
「……っつっ!付き合ってませんから!あの夜とか!ありませんから!」
「……あの夜、ねえ?俺とはあったよな、あの夜」
「ひっ……!どの夜ですか!?」
「そりゃないぜ、エステリーゼ様」
ユーリは私の髪をするりと撫でた。
まったく話についていけないカロルは、何度も首をかしげていたけど、その時の私にはどうでもいいことだった。
「とりあえず……リタ探してくるわ、変な事しでかしてないか心配だからな」
「…は、はい…」
ユーリはどうして平然としていられるのか。
女慣れしてやがる。
イケメンだから、しかたないっちゃしかたないけど。
ああ、胸がザワザワする。
ユーリは本気なのか?いけるとこまでいっちゃいたいわ。
いい年こいて、照れるなんて情けない。
「エステリーゼ様!やっと追いつきましたぞ!」
聞き覚えのある声に、私は振り返った。
そこにはルブラン小隊の姿があり、彼らはあっという間に私を取り囲む。
「げっ!私は帰りませんよ!ユーリ!ユーリ!ヘルプ!」
私は大声を出した。
カロルはわたわたと慌てた様子で、なにがなんだかわかっていないみたい。
「ささ、エステリーゼ様は我らのもとに」
「帝都まで丁重にお送りするのであ〜る」
「あとはユーリをとっ捕まえればいいのだ」
デコボココンビは勝ち誇った顔をしているが、2人ともユーリにふっ飛ばされるんですよ。歯ぁくいしばれや。
なんて考えていたら、ユーリがリタと共にやってきた。
面倒事に巻き込まれている感ばつぐんの私の姿を見て、リタはため息ひとつ、肩を竦める。
「ここで会ったが百年目、ユーリ・ローウェル!そこになお〜れぇ〜!」
「今回はバカにしつこいな」
ユーリはやれやれ、と剣を構えた。
しつこい理由なんて、わかってるくせに、とぼけちゃって。
「昔からのよしみとはいえ、今日こそは容赦せんぞ!」
「私、絶対帰りませんから!」
私も剣を構える。
対人かぁ……いけるかな……真剣こえぇぇえ!!
「いけませんぞ!我々とお戻りください!」
「い・や!!」
「ここは、致し方ない。どうせ罪人も捕らえるのだから……」
ルブランはぐっと体に力を込める。
が、ユーリの斬撃がすでにデコボココンビをなぎ倒していた。
「ええいっ!情けなーいっ!」
ルブランが地団駄を踏むと同時に、リタは詠唱を始めた。
「ちょ、リタ……」
カロルが制する声も聞かず、彼女は大声で怒鳴る。
「戻らないって言ってんだから、さっさと消えなさいよ!」
カーっとリタの周りだけ温度が上がって行くような気さえするのは、真っ赤な光が術式から漏れ出るからだろう。
やっちゃえーなんてハッパをかけていたら、不気味な赤眼が視界を横切る。
「ユーリっ!後ろ!」
私の声に振り返ったユーリは、眉を寄せて不気味な暗殺集団をにらんだ。
今度は彼らもこちらに存在に気がついている。
「やっぱり、オレらも狙われてんだな」
「今度はなにっ!」
リタは詠唱を中断し、見慣れぬ赤眼に視線を移した。
「ど、どういうこと?」
「話はあとだ!カロル、ノール港ってのはどっちだっけ?」
「え、あ、西だよ、西!エフミドの丘を越えた先」
彼らはデコボココンビを通り過ぎ、街の出口へ向かう。
「騎士団心得ひと〜つ!!『その剣で市民を護る』そうだったよなあ?」
ユーリはルブランに、くいっと顎で赤眼をさした。
「その通りっ!!いくぞ騎士の意地をみせよっ!!」
ルブランは背筋を伸ばすと、街中で武器を構える赤眼を見据えた。
押し付けちゃってごめんだけど、お先に失礼しますよーっと。
私達は慌てて街をあとにした。
「ったく、なんだってあんな怪しい集団に追いかけられてんのよ、あんたたち」
エフミドの丘へと向かう道中。
足早に西を目指しながら、リタが言う。
そう言えば、なんで私達まで赤眼に追われるのか?
なんでだったっけ……
「ま、色々あってよくわかんねえけど追われてんだよ」
「騎士団にも追われて、暗殺者にも追われるなんて…ユーリとエステルって大変だね」
「カロルも目を付けられていますから、気を付けてくださいね」
いひひ、とかに意地悪な笑みを浮かべてみると、彼は嫌そうに身を引いた。
「もう!エステルのいじわる!」
「ここがエフミドの丘?」
リタが言った。
遠くに人だかりが見える。
「そう……だけど…おかしいな……結界がなくなってる」
カロルは首をかしげていた。
「ここに、結界があったのか?」
ユーリの言葉にカロルは頷く。来るときにはあった、と。
「あんたの思い違いでしょ。結界の設置場所はあたしも把握してるけど、知らないわよ」
「リタが知らないだけだよ。最近設置されたって、ナンが言ってたし」
「……ナンって誰?カロルの彼女なの?」
私がそう言うと、彼は顔を真っ赤にして首を振った。
うむうむ、青春ですなぁ。
「ち!ちがうよ!ほ、ほら、ギルドの仲間だよ!ボ、ボク、その辺で、情報集めてくる!」
「あたしも、ちょっと見てくる」
カロルとリタはそう言って人だかりの方へと走って行った。
「ったく、自分勝手な連中だな。迷子になっても知らねえぞ。にしても、人の居ないところに結界とは…贅沢な話だな」
「でも、結界魔導器が発掘されたなんて初耳です。こんなところにあるものでしょうか?」
「さぁなあ……俺たちも行くか」
「なんか騎士が結構居ますから、目立つ行動は避けてくださいね」
「リタに言ってやってくれ、もう遅いみたいだけど……」
「こらこら、部外者は、立ち入り禁止だよ」
騎士がリタを呼び止めるが、彼女はそれを押しのけた。
「帝国魔導器研究所のリタ・モルディオよ。通してもらうから」
「アスピオの魔導士の方でしたか!し、失礼しました。ああ、勝手をされては困ります!上に話を通すまでは……」
「あの強引さ、オレもわけてもらいたいね」
「子供が寝ている間に襲ってくる人に、これ以上の強引さはいらないと思いますけど」
「あれはエステルも合意の上だろ?」
ユーリは艶っぽい笑みで笑った。
確かに合意の上だけども……
「ふたりとも、聞いて!それが一瞬だったらしいよ!槍でガツン!魔導器ドカンで!空にピューって飛んで行ってね!」
カロルは私にからかわれた事を忘れるくらい、衝撃的な出来事を聞いてきたらしく、鼻息荒く擬音だらけで説明してくれた。
「……誰が何をどうしたって?」
「竜に乗ったやつが!結界魔導器を槍で!壊して飛び去ったんだってさ!」
「人が竜に乗ってか?んなバカな」
「ボクだってそうだけど、見た人がたくさんいるんだよ『竜使い』が出たって」
「竜使い……まだまだ世界は広いな」
リタに視線を移すと何やら嫌なシーンが目に飛び込んできた。
「ちょっと放しなさいよ、何すんの!?この魔導器の術式は、絶対おかしい!」
「おかしくなんてありません。あなたの言ってることの方がおかしいんじゃ……」
「あたしを誰だと思ってるのよ!?」
「存じています。噂の天才魔導士でしょ…でも、あなたにだって知らない術式のひとつくらいありますよ!」
「こんな変な術式の使い方して、魔導器が可哀想でしょ!」
「リタ、落ち着いて下さい」
私はリタに歩み寄ると騎士を制した。
「ちょっと女性に乱暴すぎますよ。ましてや彼女は帝国一の魔導士なんですから」
「……あれ…どこかで……」
騎士が首を傾げた。
うーん、気付いてる?やばいかな?
「火事だぁっ!山火事だっ!」
背後でカロルが叫ぶ。
が、そんな嘘が通じるはずもなく、彼は数名の騎士に追いかけられる羽目になってしまった。
手薄になったのをいい事に、ユーリはリタを捕まえていた騎士を卒倒させた。
「逃げるぞ!」
私達は慌てて茂みに突っ込み、見えなくなるまで奥へとひた走った。
痛い!枝が引っかかる!
「振り切ったか…」
ユーリは後ろをふり返り、追っ手がいない事を確かめた。
なんでまあ、こうも追いかけられるのかね。
テイルズの定番っちゃ、定番なんだけどさぁ。
私は荒い呼吸を落ち着けようと、膝に手をついた。
「ったく…やたらめったら騎士に突っかかるなよ。色々と面倒なんだよ、俺らは」
「あの…結界魔導器…完璧おかしかったから、つい……」
リタはぜぇぜぇと肩で息をしながら言った。
体力は私よりもさらになさそう。
「おかしいって、また厄介事か?」
「厄介事なんてかわいい言葉で、片付けばいいけど」
「おかしいから壊れたんでしょうか?」
私の言葉に、リタはむっと顔をしかめた。
「壊れたって…壊したやつがいるのよ?だいたい、だからってなんであの子が壊されなきゃなんないのよ」
「さぁ?」
「なんにせよ、俺の両手はいっぱいだから、その厄介事はよそにやってくれ」
「……どの道、あんたらには関係ないことよ」
「ユーリ・ローウェ〜〜ル!どこに逃げよったあっ!」
ルブランの声が遠くから聞こえてきた。
彼らの冒険も、前途多難だわ。
「呼ばれてるわよ?有名人」
嫌味っぽいような、からかうような、はたまた馬鹿にしたような、そんな視線でユーリを見つめるリタ。
「またかよ。仕事熱心なのも考えもんだな」
「エステリーゼ様〜!出てきてくださいであ〜る!」
デコの声だ。
う〜ん。騎士も暇じゃないねえ。
「あんたら、問題多いわね。いったい、何者よ」
「問題はないですよ。彼らは私を帝都に連れて帰りたいのと、ユーリを牢屋にぶち込みたいんですよ」
「十分、問題あるわよ」
「ユーリ、出てこ〜い!」
と、今度はボコの声。
「そんな話はあとあと」
ユーリは姿の見えないカロルを探してみた、が、気配がない。
すると、ラピードが茂みに向かって威嚇をし、そこから慌てて飛び出してきたのは、カロルだった。
「うわあああっ!待って待って!ボクだよ!」
彼は頭に葉っぱをくっつけ、両手を上げた。
「面倒になる前に、さっさとノール港まで行くぞ」
「まさかこの獣道をいくの?進めるの?」
リタは至極嫌そうに口を曲げた。
見える先は草木が茂る獣道。
行き止まりでないとも、言い切れないだろうから、納得。
「行けるとこまで行くぞ。捕まるのはたくさんだ」