お姫様のいない世界
血生臭い現実
「エッグベアめー!!覚悟ぉぉぉお!」
そんな声がして、私は目を覚ました。
「うわっ、とっとっ!」
カロルだ!
彼は振り上げた剣にぶんぶんと体ごと振り回されて、今にも転びそうだった。
いつの間にか起きていたユーリ。
彼はカロルの剣をちゅんっと自分の剣ではねた。
ポッキリ余分な刃先を落とした剣に、急にバランスを崩し、カロルが勢いよく転ぶ。
「あうっ!う、いたたた…」
ラピードは転んだカロルをからかうためか、彼に覆いかぶさって口を開いた。
「ひいいっ!ボ、ボクなんか食べてもおいしくないし、お腹壊すんだから」
「ガウっ!!」
「ほ、ほほ、ほんとにた、たたすけて!ぎゃあああ〜〜〜〜〜!!」
「忙しいガキだな」
ユーリの言うとおりで、本当にそうなのだ。
カロルは本気で慌てふためいていた。
その声ったらきっと森中こだましてることでしょうよ。
「ボクはカロル・カペル!魔物を狩って世界を渡り歩く、ギルド魔狩りの剣の一員さ!」
仕切り直し、とカロルはかっこよく自己紹介を決めた。
改めて思うに、魔物を狩ってるギルドのエースが、ラピードにビビるわきゃないって。
「俺は、ユーリ。それにエステルと、ラピードだ。んじゃ、そういうことで」
「あ、そうだった…」
私は慌ててユーリに続いたが、カロルはさらに前に割って入った。
「待って待って待って!ふたりは森に入りたくてここに来たんでしょ?なら、ボクが……」
「森を抜けて来たんです。野宿もしましたよ、ここで。今から花の街ハルルに行くところです」
「へ?うそ!?呪いの森で!?あ、ならエッグベア見なかった?」
「さあ、見てねえと思うぞ」
「そっか…なら、ボクも街に戻ろうかな…あんまり待たせると、絶対に怒るし……うん、よし!ふたりだけじゃ心配だから、魔狩りの剣のエースであるボクが、街まで一緒に行ってあげるよ」
あ、めんどいわ。
こりゃめんどい。カロルってめんどい。
「しょうがないから、一緒に行ってあげてもいいですよ」
「え?ほんと?ありがとう!って…違うよボクが一緒に行ってあげるの」
「どっちでもいいけどよ…ま、行こうぜ」
さっさと歩き出したユーリに、カロルは慌ててついてきた。
「やっと森を出られましたね」
私はやっと拝めた青い空に、大きく伸びをした。
ハルルはもうすぐそこで、でっかい樹が見えている。
そうか、街ってこんな風に孤立してるんだ…
開けた平原に立つ大きな樹は、付随する建物を小さく見せていた。
予想以上に大っきな樹だな〜
近くでみるとますますすごそう。
「すげーでかい樹だな。花の街ってか、樹の街って感じだな」
「ユーリとエステル、知らないの?ハルルの樹は花が咲くんだよ」
「へえ、それで花の街」
なんだかんだとユーリとカロルは雑談していた。
それにしても、やな夢だった。
エステルと話すなんて。
やっぱり気になってたから、ああいう夢をみたのか?
まさか本当に、彼女と話をしたの?
ぐるぐると思考が煮詰まりそうな所で、ユーリの言葉に引き戻された。
「結界、ないのか?この街」
何時の間にやら街に到着していて、枯葉舞う寂しげな街の姿を目の当たりにしてしまった。
「あるんだけど、ちょっと特殊なんだよ。魔導器と植物がくっついてる珍しい結界魔導器なんだ。満開が近付くと、結界が弱くなるんだけど、そこを魔物に襲われて、樹がやられちゃったんだ」
カロルの話はまったく頭に入らなかった。
いや、聞いたことのある話だしさ。
「あ!ボク用事がったんだったじゃあね!」
そういってカロルはナンでもなんでもない、いやシャレっちゃうで。
似た感じの女の子のケツを追っかけていってしまった。
ま、私ものんびりしている場合ではない。
また治癒術を使う場面がきちゃったよおお…
怪我人を見過ごすわけにもいかないし、かといってバンバン治癒術が使えるわけでもない。
どうしたもんかね。
「私ちょっと、いってきますね」
私はユーリたちから離れて、1人で街を歩いてみた。
舞落ちるのは枯葉ばかりで、寂しい街にしか見えない。
これを満開にせねばならんのか、と思うとまさに机上の空論。
「いたい…いたいよぉ…」
女の子の声に振り返った。
私は結界の前にやるべき事を思い出した。
なに?これ、エステルはこんなの治してたの?
腕がパックリ割れた人、額から大量の血を流す人、変な風に曲がった足、腕。
血という血を出し尽くしたようなほど青い顔で、多くの人が手当を受けていた。
頭がくらっとした。
と、同時に膝を地面についていた。
「エステル、大丈夫か?」
1人になったつもりが、ユーリはちゃんとついていた来てくれてて、同じ目線になるよう、膝をついてこちらを覗き込んだ。
「怪我人が、すごい血まみれで……」
「うん、だろうな。治してやるのか?」
「簡単じゃないですけど、できる限りのことはします」
つぅっと額にやな汗が伝った。
出来ないかもしれない。
けどこの人たち、自然に治るの?医者でもなんでもない私には、絶対にやばい、そうとしか思えなかった。
「………いたいよ…いたい…」
女の子はお母さんの手をぎゅっと握った。
早く楽にしてあげたい。
「……いたくないよ、いたくない!いたくない!!」
今までの三回と同じように、治癒術は女の子の足を治した。
その瞬間、歓喜の声があがった事に、私は気が付かなかったのは、あと何人?次は?と必死だったから。
「他にけが人は!?」
「もういません、あなた様が治癒術を施してくださったおかげです」
もじゃもじゃ眉毛の長老さまっぽい人にそう言われて、私はホッと胸をなでおろした。
リアルはこうなのか。
逆に、怪我人を放っておく方が難しい事のように思えた。
何人治そうが、治癒術はホイホイと出てくれるものではなかった。
エステルはもっと簡単に、すんなりやってたのにな…
気が抜けて私は腰を抜かしていたら、
「フレンとかいう騎士、ここに来なかったか?」
軌道修正、とユーリが聞いてくれた。
あぶなっ忘れてたわ。どこ行けばいいかなんて、私だけわかってても意味ないし。
「フレン・シーフォ殿ですか?彼は結界を直す魔導士を探すと、東へ立たれました……あの、それよりお金はおいくらですか?」
「いりませんよ、お金は。では私はこれで失礼します」
治癒術使ってどっと疲れた。
エステルの真似事なんて、柄じゃない。
ちょっとイライラしてる。
私はエステルじゃないのに、エステルみたいなことしてる。
やだやだやだ。
あーもうっ!
ユーリと居たいだけなのに。変な夢までみるし。
私に、どーしろってのよ!
「エステル、宿で休むか?」
「……樹を見たら、少し休憩しましょうか」
一応、枯れた樹といえど生で、そして間近で見たい。
こんな大きな樹は、以前の私ならお目にかからず死んでいたはずだからね。
そういえば、エターニア!あれでは大きな樹の上に街を築いていたよね。
ハルルもそうすれば、結界なんかいらないんじゃないかな?
「エステル、あんま無理すんな?治癒術も、簡単じゃねえんだろ?」
ユーリはそっと私の手を引いた。
優しい……涙が出そうだよ。
「ありがとう、ユーリ」
ぎゅっとユーリの手を握り返して、私たちは枯れた樹の上の方まであるいてきた。
「フレンが見たらどやされっかな…」
「え!?な、な、なんでですか!」
まさかあの夜のこと、ユーリ知ってるの!?
「いや、皇帝候補、だろ、エステルは。俺とじゃ身分がちげーから、あいつうるさそう」
「そんなことないですよ。それに、私だって、私の意思はありますから。嫌なら振りほどいてます」
「…そっか」
なんだ、なんなんだ、この甘ったるい雰囲気は!
もしかしてこれは、私がとっくにすぎてしまった、青春、とかいう類のものではないの!?
ねえ!
ちがうの!?だれか教えて!!!
樹をさらっとみて、私たちは部屋をとった。
「やっと一息つけましたね…」
クオイの森に行くイベント起きなかったし、カロルの姿が無かったな…
どうしたもんか。
けど疲れた。ちょっと休憩したい。
「ここでフレンを待つのか?」
ユーリの問いに私は頷いた。
「でも、ユーリはモルディオを追うんでした?」
「フレンに会うまでは、付き合ってやるよ」
「……えーっとじゃあ、カロル!カロルのやろうとしてたことが何なのか聞いてみません?一休みしてから」
「カロル?いいけど」
「じゃ、ちょっと休憩したらカロルを探しに行きましょう」
私がそういうと、ユーリはベッドに寝転んだ。
さらりと髪がシーツに広がって、なんかエロい……
「………」
私は彼の寝転んだのと、反対のベッドへ腰をかけた。
ぐるっとこっちを向いたユーリは、どことなく笑っているようだった。
「な、なんでしょう…」
「昨日の、エステル。かわいかったぜ」
「なっ!!なんつーことを!」
「本当のお前がイマイチ見えねえんだよな…」
「そ、それは…ユーリも同じ……」
やばいドキドキする。
密室に男女が2人きり……ぎゃー!
「俺が?どの辺が?俺はただ魔核取り返したいだけだぜ」
「私も、フレンに伝えたい事があるだけです!」
「でも、昨日俺と離れたくないっつたよな」
「うぇっ!!そ、そそれは……」
どうすればいいの!どうすれば正解なの!
本当の事話せないけど、確かにユーリと居たいんです!
心なしかユーリはニヤニヤした笑みに変わっていた。
「ま、もうしばらく一緒に、よろしくな」
「はい、よろしくです……」
ドキドキする。
胸が高鳴るー!助けて!もう2人きりで旅をしたい!
宿に泊まるたびに、あんなことやこんなことしたい…!
なんてね。
ラピードのパシンと尻尾で床を叩く音で、冷静になった。
カロルを探さないと。