満月と新月
罪をかぶる者たち
フレンを見送ってから、ベティは軽くシャワーを浴びて、服を着替えた。
藍色の長袖のタートルネックに、ピタリとした革のズボンを履き、キュッと高い位置で髪を纏める。
首が詰まった服も、長いズボンも彼女はあまり着ない装いだ。
窓の外をみると、宵の闇が迫り始めていた。
銃と剣をいつものようにおさめ、窓を開ける。
窓から身を乗り出し、壁に貼り付けてある梯子に手をかけた。
「じゃ、いきますかぁ」
ベティは呟き、梯子から屋根へと登って行く。
そのまま屋根伝いに、ダングレストをヘリオード方面へと繋ぐ橋の近くまで来ると、身をひそめた。
ユーリはラゴウの話をカロルから聞き、フレンの居る駐屯地に赴いていた。
フレンが居るであろうテントの前まで来ると、入り口で立ち止まった。
「ノックぐらいしたらどうだい?」
フレンの凛とした声が響く。
「わかってたろ、来るって」
ユーリがそう言うと、テントの中からフレンが出てきた。
「おまえ、その格好」
ユーリはフレンの隊服を見て言う。
「ああ、本日付けで隊長に就任した」
「フレン隊の誕生か。また差つけられたな」
ユーリは大げさに肩をすくめた。
「そう思うなら、騎士団に戻ってくればいい!ユーリなら……」
フレンはまくし立てるように言う。
「隊長就任、おめでとさん」
「ありがとう……僕を祝うために来たわけじゃないだろう?」
「ああ」
ユーリもフレンも厳しい表情になる。
「ラゴウの件だな。ノール港の私物化、バルボスと結託しての反逆行為。加えて街の人々からの掠奪、殺した人々は魔物のエサか、商品にして、死体を欲しがる人々に売り飛ばして金にした」
フレンが悔しそうに言った。
「外道め……」
ユーリは眉を寄せる。
「これだけのことをしておいて、罪に問われないなんて……!思っていた以上だった……評議会の権力は……!隊長に昇進して、少しは目的に近付いたつもりだった。だが、ラゴウひとり裁けないのが僕の現実だ」
フレンは拳を握る。
「……終ったわけじゃないだろ?それを変えるために、お前はもっと上に行くんだろ」
諭すようなユーリの声には、フレンへの気遣いを感じる。
「だが、その間にも多くの人が苦しめられる。理不尽に……それを思うと……」
「短気起こして、ラゴウを殴ったりすんなよ?せっかくの出世が水の泡だ」
ユーリの言葉にフレンは何も言わない。
「おまえはラゴウより上に行け。そして……」
ユーリが言った。
「万人が等しく扱われる法秩序を築いてみせる。必ず」
フレンの眼差しには力強い意志が宿っている。
「それでいい。オレも……オレのやり方でやるさ」
ユーリはくるりとフレンに背を向けた。
「ユーリ?」
「法で裁けない悪党……おまえならどう裁く?」
「まだ僕にはわからない……」
フレンは俯いた。
ベティは人もすっかり居なくなった、ダングレストの夜の街を見下ろしていた。
すると、橋に馬車が停まるのが見え、剣を鞘から抜いた。
「アレクセイがいないと思ってはめをはずしすぎましたか……フレン・シーフォか……生意気な騎士の小僧め、この恨み、忘れませんよ。評議会の力で、必ず厳罰を下してやります」
ラゴウがブツブツとつぶやきながら、護衛を連れて歩いてきたので、ベティは屋根から飛び降りる。
素早く2人の護衛の喉元を切り裂く。
ドサリと倒れた音に、ラゴウが振り返る。
「何……!?」
ベティは無表情で、後ずさりするラゴウを見ていた。
「あ、あなたは……私に手を出す気ですか!?私は評議会の人間ですよ!あなたなど簡単に潰せるのです!無事では、す、すみませんよ」
ラゴウがまくし立てる。
「知らないわよ。あんたここで死ぬんだから」
ベティはラゴウの足の腱を斬った。
「ぐぁああ!や、やめろ!」
ラゴウは立つことも出来なくなり、座り込んだ。
「指を一本ずつ斬り落としてやろうか?」
ベティはラゴウの指を剣で押さえつける。
「や、やめてくれぇ!」
ラゴウは恐怖に縮み上がる。
「あんたが魔物に襲わせた人たちは、どんな気分で死んでいったのかしら」
ベティは指を斬り落とさない程度に、剣を引く。
「ぐあっ指が!私の指が!」
ボタボタと血が滴り落ちる。
「もっと怖くて、痛い思いをしたんでしょうね」
ラゴウの太腿に剣を突き立てる。
「ぐぁぁ!」
ベティはしゃがみこんで、ラゴウに目線を合わせると、喉元に剣を添わせる。
「怖いでしょ、死にたくないでしょ?助けてほしいわよね」
ラゴウは恐怖に涙を流す。
「みんな、そうやって思ってたのよ」
ベティは素早く目に剣を突き刺した。
ラゴウは血が滴る右目を、ひぃひぃ言いながら抑えた。
「その辺にしておけ」
ユーリの声が響く。
「だめよ、もっと痛い思いしてもらわないと」
「私は、宙の戒典をぉ……」
ラゴウが呟く。
ベティはさらにラゴウの腕を突き刺した。
ラゴウはもう悲鳴も上がらないほど、怯えていた。
どんどん血が広がる。
「十分だよ」
ユーリはラゴウを斬りつけた。
ラゴウが事切れたのを見て、ユーリはラゴウを川へと落とした。
「なんで、首突っ込んできたのよ」
ベティは無表情にユーリを見た。
ユーリは護衛の死体も川に落としていく。
「もともと、俺がやるつもりでここへ来たんだよ」
「あたしが居たんだから、手ぇ出す必要ないわよね」
「お前に全部、背負わせたくなかったんだよ」
「ごめん、わかんないわ」
ベティはユーリから顔を逸らし、また屋根に登って、去って行った。
「わかんねえなら、教えてやるっての」
ユーリは自分の手のひらを見つめ、宿への道を歩き出した。
宿屋の前にはラピートが寝そべっていた。
「……ラピード」
ラピードはチラリと目を開け、またすぐに閉じた。
ユーリはそのまま宿の中へ入って行った。
ベティは窓から部屋に戻ると服を脱いで、ゴミ箱に捨てた。
そのままシャワーを浴びる。
頭からお湯を浴び、もやもやとした気持ちを流すように、ため息を吐いた。
「………わかんないわよ」
ベティは唇を噛む。