満月と新月 | ナノ
満月と新月



ダングレストの歌姫



ダングレストに戻ってきたユーリ達は騎士団を見つけた。

「あ、騎士団も戻ってきたよ」
カロルが言う。

「私は無実です!これは評議会を潰さんとする騎士団の陰謀です!」

ラゴウの叫び声が聞こえてくる。
「往生際悪いじいさん」
リタが馬鹿にしたように言った。

「……フレンは……?」

エステルが言う。
「ここからじゃ見えないな」
「向こう行きましょん」

ラゴウは騎士団に取り押さえられていて、好き勝手喚いていた。

「騎士団を信じてはいけません!彼らはあなたたちを安心させた上でこの街を潰そうとしているのです!」

「我らは騎士団の名の下に、そのような不実なことをしないと誓います」

フレンはよく通る声で言った。
「あなたは……フレン・シーフォ!」

「帝国とユニオンの間に友好協定が結ばれることになりました」

「な!そんな、バカな……」

「今ドン・ホワイトホースとヨーデル様の間で、話し合いがもたれています。正式な調印も時間の問題でしょう」

「どうして……アレクセイめは今、別事で身動きが取れぬはず」
「確かに、騎士団長はこちらの方に顔を出された後、すぐに帝都に戻られました」

「では……誰の指示で……」

ラゴウはフレンを見つめた。
彼は誇らしげに笑っている。

「くっ……まさかこんな若造に我が計画を潰されるとは……」

ラゴウはがくりと首をもたげた。



「これでカプワ・ノールの人々も圧政から解放されますね」
「次はまともな執政官が来りゃいいんだがな」
「いい人が選ばれるように、お城に戻ったら掛け合ってみます」

「お城にって……エステル、帝都へ帰っちゃうの?」

カロルはさみしそうに覗き込む。
「……はい。ラゴウが捕まって、もうお城の中も安全でしょうから」

「ホントは帰りたくない」

ユーリが言う。
「え?」
エステルはびくりとした。

「って、顔してる」
「そんなこと、ないです……」

「ま、好きにすりゃいいさ。自分で決めたんだろ」

「……帰ります。これ以上フレンや他の方々を心配させないように……」
「寂しくなるな、ラピード」
ユーリがラピードをみるが、さみしいのは自分だろう。

ベティはクスリと笑った。

「なんだよ、ベティ」
「いんやぁ、ユーリは素直じゃないわねん」

「あっあの!ベティ!」

エステルがベティを見る。

「なにかしらぁ?」

「もし、もし良かったら…ベティの歌、聴かせていただけません?」

エステルが申し訳なさそうに言った。
ベティはびっくりして目を見開く。

「前に、言ってましたよね、ダングレストならって」

「うーん、そうなんだけど、そうなんだよねぇ…」

「ベティ、今からライヴするの?楽しみだな!」
無邪気にカロルが笑う。
「俺も、お前の歌聴きたいね」
ユーリはいたずらっぽく笑う。
「あたしも、聴いてあげてもいいわよ」
リタの顔はわずかに赤い。

ベティはうーんと唸る。

「だめ…でしょうか?」

エステルは気遣うようにベティを上目遣いで見る。


「よっし、わかった!じゃぁ一時間後に広場に来て!遅刻はだめよ!よろしくん!」

ベティはそう言って走り去って行った。


「歌ってくれるんですよね?!」
エステルは瞳を輝かせている。
「ま、一時間後に行ってみようぜ」
「わぁーボク楽しみだなあ」
カロルもキラキラと瞳が輝いている。




ベティは、走って夢歌の音のアジトである、スタジオにやってきた。

「リリー!!!!!いるー!!???」

ばったーんと勢いよく扉を開けて叫ぶ。
スタジオに居た数人のメンバーから、ベティを歓迎する声が挙がる。
スタジオは様々な楽器がおいてあり、楽譜も沢山で正直ゴチャゴチャしているが、ベティはここの雰囲気が大好きだ。

「ベティ!俺に逢いにきてくれたのか?!」

クレインがベティをみる。
「んなわけないでしょぉ。リリは?」
ベティはクレインを睨む。

「私ならここよ。どうしたの?」

二階から手を振って降りてくるのは、グレーの髪が美しいリリだ。

「やるわよ!ライヴ!今から一時間後!準備してん」

ベティがニヤリと笑う。
「え!本当?!そうこなくっちゃ!……って一時間後って急すぎるわよ!」
「あらぁ?リリにできないことなんて、ないでしょ?」
「あきれたっ調子いいんだから、ほんと!」
リリはため息をついた。

「じゃ!みんな!やるわよ!会場設営班急いで準備してきて!30分で完璧にしてね!演奏は……クレイン入っちゃうけどいい?」

「クレインが本番中に泣かないならいいわよん」
「大丈夫!俺だってプロだ!」
クレインが胸を張る。

「じゃぁすぐにベティ入れてリハして!そうね、あんな事の後だから、ドンに許可取りに行ってもだめね。ゲリラでやるから、告知はしないでいきましょ」

リリがパンパンと手を叩いた。

「じゃ!みんなよろしく!」

リリの合図で、皆がはいっと返事をして各々の仕事を始めた。
ベティもクレイン達とリハーサルをすべく、奥の部屋に行く。
彼女はこの裏方の一体感が大好きだ。
これは、ある種の戦いなのだ。
みなが同じ目的をもって挑むのは、本番というボス。
そのための準備は決して怠らない、そしてもちろんその本番を盛り上げるための努力もする。
たまらなく心地のいい時間だ。
ベティは今日に相応しい選曲を考えて、音響魔導器持った。



ユーリ達は広場に向かう。
もうすでに人集りができていて、何時の間にか設置されていたステージにはあまり近づけない。

「なにあの魔導器!近くでみたい!あぁもう!」

ステージの上に置かれている大きな魔導器をみつけたリタは、人混みをピョンピョン飛び跳ねる。
「すごい人です……」
「これ以上は進めないな……こっからでも見えるだろ」
「ええ!頑張ってもっと近く行こうよ!」
カロルががっかりしたように言う。
「っていってもなあ…」



「あ!いたいた!ユーリ・ローウェルくん!」

リリがこちらに走ってくる。
「どーも」
「ベティに言われて、うちの設営班が君たちの場所とってるのよ!こっち来て!」
リリが手招きする。
「え!本当?!やったね!エステル!」
カロルが言う。
「本当ですね」
エステルも嬉しそうだ。


ぐるりと広場を回り込み、ステージ近くまで行くと、ほんとに夢歌の音のメンバーが場所を確保してくれていたので、そこにユーリ達はおちつく。
正面にステージが見えて、おまけに段差になっているので、手前に立っている人よりもかなり飛び抜けられて、カロルでも問題なく見えるようだ。
リタはステージの魔導器をずっと気にしていたが、3人は雑談しながら待っていた。


演奏と思しきメンバーがステージに上がってきて歓声をうける。
クレインも居るようだ。
そしてベティもステージに上がってきた。
一層大きな歓声があがり、彼女の名前が飛び交う。

彼女はメイクをしているようだ。
金髪の長い髪が、どうやったのかクルクル巻かれていて、ふわりと波打っている。
いつものサラリとしたストレートとは違い、柔らかそうだ。
黒い大きな羽根の髪飾りを斜めにつけて、膝上まである真っ黒でヒールの高いブーツ、黒いショートパンツに、黒い総レースのシャツはぴたりとして、袖口が広い。
水着だろうか?黒のビキニがレースに透けている。
彼女の白い肌には、真っ黒な衣装はよく映えて、髪の色とのコントラストも美しい。
彼女が多くの人に好かれるのも、わかる気がする。


ベティはにこやかに手を振ると、手に持った筒状の魔導器を口近づけた。

「みんな久しぶりい!今日はダングレストの街は大忙しだったねん!」

歓声がベティに返ってくる。

「みんなのお陰で、今日も平和に眠れそう!」

また歓声があがる。

「それじゃあはじまるよーん!」


1番大きな歓声があがり、演奏がはじまった。
アップテンポな曲のようだ。
重低音が心地よく響く。


ーーー僕らは自由を求め立ち上がった
             多くの困難があるけれど 多くの声があるけれど 
                            自由の歌は止まない   自由の歌は心地いい
          自らの明日のため  友との約束のため
              剣となり  盾となり  僕らは違えることなく進んで行こう


曲が終わると、物凄い歓声があがる。
ベティの力強い歌声は、ダングレスト中に響く。


「ベティ…かっこいいです…」

エステルが胸の前で手を組み呟いた。
ユーリが、何気なく横の建物を見ると、二階の窓にドンとヨーデル、フレン、レイヴンの姿があった。

「おいおい、話し合いそっちのけでステージ鑑賞かよ…」

ユーリが目を見開く。
カロルは大盛り上がりで、リタも魔導器をすっかり忘れ視線がステージに釘付けだ。



今度は優しげな音色が響く。バラードのようだ。
「ベティの真骨頂は、バラードなんだよ!」
カロルが嬉しそうにユーリを見る。


ーーーまたねって言った昨日は 明日も逢えると思ってた 
                  じゃあねって離した手は また握れると思ってた
            あたりまえなんかじゃなかったのに
                                            あたりまえに思ってた 
           約束なんてできない
                          もう抱きしめることもできないけれど
                                                     あなたを想い続けていたい


ベティの先ほどとは違った、苦しいくらいに悲痛な声が響く。
今にも泣いてしまうんじゃないかというくらい、彼女の声は悲しかった。
でも、そんな中に暖かさや、愛情を感じる。
彼女は何を思い浮かべて歌っているのだろうか。
ユーリは、ナイレンの名前を言った時の彼女の顔が浮かんだ。

(とんでもなく厄介な女を、好きになったかな)

ユーリは目を伏せた。



ライヴは大盛況で終わった。
人も疎らになって来た広場で、ユーリ達はベティを待っていた。

「やっぱりベティはすごいね!ボク感動して、泣いちゃいそうだったよ!」

「本当に素敵な歌声でした!あの切ない声も、力強い声も、どちらも同じベティなのに、別人みたいです」

「ふんっ誰でも一つは得意なことがあるわよね」

リタは顔が赤い。
「また聞きたいです…ね、ユーリ!」
「あ?ああ、よかったよな」
ユーリは心ここにあらずだ。

「ユーリ、なんか反応薄いなあ」
カロルが口を尖らせた。

「感動で言葉もでねえよ」
ユーリがカロルの頭を撫でた。


「エステルー!みんなー!」

片付けが始まっていたステージの裏から、ベティがこちらに走って来た。
服はいつもの装いに戻っていたが、髪と化粧はそのままだ。

「ベティ!」

エステルが嬉しそうに駆け寄り、彼女の手を握った。

「私、凄く感動しました!ベティすっごく素敵で、かっこよかったです!ありがとうございます」

「楽しんでもらえてよかったってばぁ、みんなもわざわざありがとねん」
ベティは嬉しそうに笑う。

「ベティ!すっごくよかったよ!」

カロルも嬉しそうだ。

「ま、認めてあげるわ」

リタはふいっと顔をそらす。耳が赤いようだ。

「輝いてたぜ、ベティ」

ユーリはベティの頭をぽんと撫でた。

「私、帝都に戻る前に、ベティの歌を聴けて良かったです。自分が、こんなに遠くまで来れるなんて思ってもみなかったので、聴けないと思ってました。ベティ、私の夢をひとつ叶えてくれてありがとうございます」

エステルはぺこりと頭を下げた。
ベティは困ったような顔をする。

「大げさね、エステルが望めば、旅を続けることだってできるのよん?」

「いえ、もう決めたことですから」

エステルは悲しそうだ。
「あなたの決断が幸せである事を祈るわ」
ベティはぎゅっとエステルを抱きしめた。


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