満月と新月 | ナノ
満月と新月



歯車の塔へ



「さぁ、あたしたちはバルボスの始末つけに行きましょん」

ベティはにっこりとエステル達を見た。
「始末って…どこ行ったかわかるの?」
カロルが言う。

「うぃ、ラゴウが塔がなんとかって言ってたから、目星がついたってばぁ」

「さすがベティです!頼りになります!さっそく行きましょう!」
「で、その塔とやらはどこにあんのよ?」
「ダングレストを出て北東にむかえばすぐよん、ユーリを追いましょ」




いつの間にかいなくなっていたレイヴンが街の入り口で、ドンとなにやら話していた。

「だからぁ俺様行きたくないの!」

「ばかいってんじゃねえ!バルボスなんぞに舐められたままでいられるか!」

「ベティちゃんが行くんだからいいじゃないのよう」

「おめえは正式な天を射る矢の一員だろうが!ベティの手伝いしてこい!」

ゴンっと鈍い音がして、レイヴンが頭を抑えてうずくまる。


「じっちゃん!騎士団もういいのねん?」

ベティが駆け寄る。
「おうベティ、ご苦労だったな。ユーリの奴がいねえじゃねえか」
ドンはエステル達を見る。

「先行ったのよん、せっかちで困っちゃうってばぁ」

ベティは大げさに肩を竦める。
「そうか、お前も気をつけてな、おい、坊主もな」
ドンはカロルを見た。

「え!ボク…?あ、はい!」

カロルは驚いたが嬉しそうに頬をかいた。
「うぃ、行ってくんねぇ」
ベティが歩き出した。

レイヴンが素知らぬ顔をしていたが、ドンにもう一発殴られ、ベティ達を追いかけることとなった。




ガスファロストについたベティたちは、正面の入り口が開いていなかったので、裏にあった梯子を登った。

紅の絆傭兵団と戦闘になったが、さほど苦戦する事もなく、進んでいた。


「はい、これで最後!」

リタがとどめをさしたところで、ユーリが露出の高いクリティアの女性と出てきた。

「おっ……やってるな」

ユーリがひらりと手をあげた。

「ユーリ!」

エステルが駆け寄って抱きつく。
「おわっと……ちょっと、離れろって……」

「だいじょうぶですか!?ケガはしてません?」

ユーリの体をペタペタと触り、怪我がないか確認する。
「なんともないって。心配しすぎ。ったくおとなしくしてろって言ったのに」

「だって、みんなユーリのことが心配で!」
カロルも駆け寄る。

「ちょっと。別にあたしは心配なんてしてないわよ」

「あたしなんか泣いてたのよぉ」
「ありえねえだろ」

「おっさんも心配で心配で」
「嘘つけ。っていうか、なんでおっさんまでわざわざ来てんだ?」
「それが、聞いてくれよ。ドンが、バルボスなんぞになめられちゃいけねえとか言い出して、いい迷惑よ」




「だからってなあ……」


「……だ、誰だ、そのクリティアッ娘は?どこの姫様だ?」

レイヴンがクリティアの女性を見つけて言う。
「おっさん、食いつきすぎ」
リタはジト目だ。

「オレと一緒に捕まってたジュディス」
「こんにちは」
ジュディスはにっこりと笑った。

(この子がヘルメスの………)

ベティは思わず眉を寄せた。

「ボク、カロル!」
「エステリーゼって言います」
「ボクらはエステルって呼んでるんだ」
「リタ・モルディオ」
リタはそっけない。
「ベティよん」

「そして俺様は……」

「おっさん」

リタが言った。

「レイヴン!レ・イ・ヴ・ン!」

「そういう言い方する人って信用できない人多いよね」
カロルがため息まじりに言った。

「なーんか、納得いかないわ」
レイヴンが肩を落とす。
「ま、いいんじゃねえの、とりあえず」
「ウフフ……愉快な人たち」
ジュディスは楽しそうに笑った。

「おお?なんだか好印象?」
レイヴンがへらっと笑う。

「バカっぽい……」

「ジュディス、あなたはここへ何しに来てたんですか?」
「私は魔導器を見に来たのよ」
「わざわざこんなところへ?」
リタが不審な顔をした。

もっとも、例の¨バカドラ¨を恐らく全員が男だと思って居るだろうから、ユーリとジュディスの嘘には気がつかないだろう。
ベティを除いては。

「私は……」
「ふらふら研究の旅してたら、捕まったんだとさ」
ユーリがジュディスの代わりに答えた。

「ふ〜ん、クリティア人らしいわ」

リタの言葉に、ジュディスは何にも言わない。

「魔核は取り返せたんですか?」

「残念ながらな」
ユーリは肩を竦めた。
「じゃあ、ここのどこかにあるのかなあ……」
カロルが塔を見上げた。


次の瞬間、急に男が飛び降りてきた。

「うわあっ!!」
カロルが腰を抜かす。
「ちっ」

ユーリが構えるが間に合わない。
ベティが銃に手をかけようとしたが、次の瞬間には男は斬られていた。

「大丈夫か!」

ふわりとした金髪が目に入る。フレンだ。
「フレン!?小隊長がなにやってんだ、ひとりで」
「人手が足りなくてね。どんな危険があるか、分からなかったし」

「てっきり、これからドンと話し合いかと思ってたってばぁ」

ベティがゆるく笑う。

「バルボスの事が、まだ片付いていないからね」

フレンもベティを見てふにゃりと笑った。

それを見てユーリは眉を寄せる。
「ダングレストはもう大丈夫なんです?」

「ラゴウの身柄も引き取りましたし、街の傭兵たちもユニオンが制圧した。あとはバルボスだけだ。危険ですからエステリーゼ様はユーリたちとここにいてください」

フレンはエステルに向き直るともう騎士の顔になっていた。

「ひとりで行くなんて危険です!わたしたちも一緒に行きます!」
「そんな、いけません!」

「待てよ、こっちもバルボスには色々と因縁があるんだ。ここまできて止まる気はねえ」

「ユーリ……」
「……分かった。時間もないし、その方がまだ安全だろう」
「話はまとまった?じゃ、行くわよ」
リタが締めて、歩き出した。


「どうした、おっさん?」

ユーリがレイヴンを振り返る。
「あ、いや……こんな立派な塔に住んでたら、自慢できるだろうなあと思ってねぇ」
「ふーん……ラピード、行こうぜ。ついでにおっさんも……」
「俺の方がついでかよ」


レイヴンが振り返る。
柱の影にはデュークがいた。

「ちょっと顔出してくれてもいいんじゃないの?若者ががんばってんだ、ちっとは手、貸してくれよ」

「必要があればそうする。今は必要と感じない」

「またまた〜。あんたにも目的があるのはわかるけどさ」

「……貴様の道化に付き合っている暇はない」

「ほんと、ひどいお言葉」

「人の世にも、興味はない」




ベティはジュディスがやや後ろからついて来ていたので、横に並んで皆に聞こえないように話しかける。

「ヘリオードでは、ごめんなさい。責めるような言い方をして」
ベティの言葉にジュディスは驚いたようだ。
「あの後、あなたに知らせずにやらせたと聞いたわ」

「ええ…びっくりしたわ、魔導器ではなくて、人だったから」
ジュディスも小声で答える。

「あなたが手を汚すことにならなくて、よかったと思ってる」

「まだ、わからないわよ?」
「そうね、でも、今は、まだそうはなってないから」
ベティは辛そうに続ける。
「もし、そうなったら、あたしがなんとかするわ」

「それだと、あなたが辛いのではないかしら?」

ジュディスが気遣うように言った。

「あたしは、いいのよ。ジュディスこそ、辛い役目を背負っているんだから」

「そんなことは、ないわ……」
ジュディスは悲し気に目を伏せた。

「それより、ヘリオードの件で怒鳴り込みは行ったのん?」
ベティは明るい口調になる。
「えぇ、すぐに彼らの所に飛んだわ」
ジュディスはにっこりと笑った。



塔の内部はガラガラと歯車がまわっていて、それを動かしながら、階段を登って行く。
「あんたも槍使うのね……」
リタがジュディスを見た。

「あなたのお友達も槍を使っているのかしら?」
ジュディスは読めない笑みでリタを見た。

「ちょっとイヤな奴思い出しただけ」

「それって、もしかして、あの竜使い?」
カロルが話に入ってきた。
「まあね…………そう言えば、ちょっとあんた」
リタはユーリに声をかける。
「え、オレ?」

「そう。バカドラはどこ行ったの?」

「屋上ではぐれてな。無事だとは思うけど……」
「無事でいてくれないと殴れないじゃない!」
「おいおい、それが目的でここまで来ちゃったの?」
レイヴンが言った。

「あと、あのバルボスってやつが許せないの!魔導器に無茶させて、可哀想じゃない!」

「だからってそっちのお姫様まで連れてくるかね。フレン、おまえも止めなかったのかよ」

ユーリはフレンを見る。
「すまない。ダングレストで入れ違いになったんだ」
「それで慌てて追いかけてきたってか」

「まぁ行こうってここまで連れてきたのはベティだよね」
カロルが笑った。
「そうだったぁ?」
ベティはいたずらっぽく笑う。

「みんなは悪くありません。ユーリひとりで行かせたままになんてできませし、それに人々に害をなす悪人を放っておくわけにはいきません」

エステルは真剣に言う。
「そうよね。あなたいいこと言うわ」
ジュディスが頷いた。

「エステリーゼ様……」
フレンが呟く。

「カロル先生、貴重な戦力だからな頼りにしてるぜ」
「うん、もちろん!さあ、この調子で行こう!」
カロルは嬉しそうに拳を掲げた。

「あらん、頼もしいわねん、カロル」
ベティはカロルを微笑ましく思った。


「悪いけど、黙っといてくれねぇか。うるさいのがいるんでね」
ユーリは小声でジュディスに言う。
「ええ、わかってるわ。お互い目的を果たしやすいものね」
ジュディスはにっこり笑った。


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