満月と新月 | ナノ
満月と新月



戦火の足音



階段をあがり、入った部屋は酒場のようだが、誰も居ない。

「ここは……」

ユーリがあたりを見回す。

「バルボスがアジトに使ってる街の東の酒場よん、さっき外から見てた所」

ベティが言った。
「じゃあ、バルボスが……?」
カロルはキョロキョロと落ち着かない様子だ。

「階段……上がってみるか」



階段を上がっていくと、怒鳴り声が聞こえてきた。

「バルボス!これはどういうことです!」

ラゴウだ。
「何を言っているのか、ワシにはさっぱりだな」
やはりバルボスも居る。
「例の塔と魔導器の報告を受けていませんよ!」
「なぜ、そんなことお前に報告しなきゃならない?」

「な、なんですと!?雇い主に黙ってあんな要塞まがいの塔を……それに海凶の爪まで使って!」

「ワシは飼い犬になったつもりはない。ただおまえの要望どおり、魔核を集めただろう。そのおかげであの天候を操る魔導器を作れたんじゃないのか」

「誰が魔核を持っていっていいと言いました!?」

「お互い不可侵が協力の条件だったはずだがな」
「な、なにを……!」
「ワシが貴様のやることになにか口を挟んだか?」
「……バルボス、貴様!」

「おい!執政官様がお帰りだ」

「貴様のような腹黒い男はいつか痛い目を見ますよ!」
「貴様だろう」


「あ、あんたら!」
リタが叫ぶ。

「悪党が揃って特等席を独占とは、いいご身分だな」

ユーリが不敵に笑う。
「その、とっておきの舞台を邪魔するバカはどこのどいつだ?」
バルボスが言う。
「やはりあなた方の仕業だったんですね」

「ふん、それがどうした。所詮貴様らにワシを捕らえることはできまい」

バルボスはおかしそうに笑う。
「はあ、なにそれ。どういう理屈よ」
リタが睨む。


「やれやれ、造反確定か。面倒なことしてくれちゃって」
レイヴンがため息をついた。

「ガキが吠えおって」

バルボスが合図すると、数人の紅の絆傭兵団のメンバーがユーリ達を取り囲む。

が、ベティが物凄い勢いで全員を斬り倒してしまう。

「ベティ…いつの間に…」
さすがにユーリも息を呑んだ。

彼女は剣についた血を払いバルボスを見ると不敵に笑った。

ユーリにはその姿がひどく不安定に思えた。
目を瞑ったら彼女が消えてしまいそうな、そんな風に。


「っち!ドンの犬め!いまいましい!手向かうか?前に言ったはずだ。次は容赦しないと」

バルボスが怒鳴る。

「あらん、忠犬はご主人様の敵には噛み付くもんなのよん」

ベティとバルボスが睨み合う。
彼女が双剣を構え直した瞬間、外から怒号が聞こえた。



騎士団と、ギルドが大勢向かい合っている。

「バカどもめ、これで邪魔なドンも騎士団も潰れる!」

「まさか、ドンを消すために……!」
カロルが言う。
「騎士団がいなければ、誰が帝国を守るんです?ラゴウ、どうして……あっ」
エステルがラゴウをみると、隅で怯えていた。

「なるほど、騎士団の弱体化に乗じて、評議会が帝国を支配するって事ね」
リタが言った。
「で、紅の絆傭兵団がユニオンに君臨する、と」
レイヴンも、いつものおちゃらけた様子ではない。

「なんてこと……」
エステルが口を抑えた。
「フレンの言ってた通りだ」
ユーリは鼻で笑う。

「ふっ、どうあがいたところで、この戦いは止まらない!」

「あらん、それはどうかしらぁ」
「そして、おまえらの命もここで終わりだ」
バルボスは魔核のついた銃を構える。


が、馬が駆けてくる音が聞こえた。


「ったく、遅刻だぜ」
ユーリが笑う。
「フレン!?」
エステルは嬉しそうだ。

「止まれーっ!双方刃を引け!引かないか!!私は騎士団のフレン・シーフォだ。ヨーデル殿下の記した書状をここに預かり参上した!」

フレンは書状を掲げて叫ぶ。凛とした声はよく通る。

「帝国に伝えられた書状も逆臣の手によるものである!即刻、軍を退け!」

フレンは馬を降りると、ドンに書状を手渡す。
あちらはもう、心配ないだろう。

「戻ってこねえかと思ったぜ」

ドンが言う。

「あいつを見捨てるつもりはありませんので」

フレンはニコリと笑った。



「ラゴウ、帝国側の根回しをしくじりやがったな!!」
「ひっ……」
バルボスはラゴウに怒鳴るが、ラゴウは隅で小さくなっていた。

「ちっ……!」

バルボスがバルコニーの近くに控えていた部下に、目配せする。
男は銃を構えて、フレン達の方を狙う。

しかし、カロルが近くに飾ってあった、短剣を投げつける。それは男の腕にあたり、銃を落とした。

「当たった!」

「ナイスだ、カロル!!」

「邪魔はゆるさんぞ!」
バルボスが火の玉を放つ。

「きゃあっ!」
「うわわわっ!!」

エステルが尻餅をつき、カロルも避けようとして転んだ。

「ユーリ、危ない!」
バルボスがもう一度構えたのを見て、エステルは叫ぶ。

「エアルを再充填するまで、少し間があるはず。その隙を狙って……」

ドンッともう一度火の玉が飛んでくる。
「今だ!」
カロルが武器をかまえるが

「遅いわぁ!」

バルボスがまた撃ち込む。
「うそ!?充填が早い!」
リタが唇を噛んだ。


すると、甲高い鳴き声が聞こえ、竜使いが現れる。


「なっ……なんだぁっ……!」

バルボスが怯む。
「なんだ、ありゃ」
レイヴンが後退りした。
「また出たわね!バカドラ!」
リタが怒鳴った。

「リタ、間違えるな、敵はバルボスだ……!」
「あたしの敵はバカドラよ!」
「今はほっとけ!」

竜使いはバルボスの持っていた武器の魔核を槍で破壊する。

「ちっ!ワシの邪魔をしたこと、必ず後悔させてやる!首を洗って待っておれ!」

バルボスのが別の魔核付きの剣を取り出し、起動させると、跨って飛んで行く。

「待ちな!!」

ベティが発砲したが、距離がありすぎて当たらない。

「うそっ!飛んだ!」

カロルが言う。
「おーお、大将だけトンズラか」
ユーリがため息をついた。

竜使いが身を翻し、去ろうとする。

「あ!まて!バカドラ!逃がさないんだから!」

「やつを追うなら一緒に頼む!こっちは羽のはえたのがいないんでね」

ユーリがバルコニーに駆け寄り竜使いに言う。
「あんた、なに言ってんの!こいつは敵よ!」

「オレはやつを捕まえなきゃなんねぇ……頼む!」

少し間があって、竜使いがバルコニーに寄った。

「助かる!」
ユーリは素早く飛び乗る。

「待って!ボクたちも……!」
カロルが追いかけようとする。
「こりゃどう見ても定員オーバーだ!」
「でも、ボクたちも……!」
「おまえらは留守番してろ!」
「そんな……!」
エステルも抗議の声をあげる。

「ちゃんと歯磨いて、街の連中にも迷惑かけるなよ!」

「ユーリのバカぁっ!」

「フレンにもちょっと行ってくるって伝えといてくれ!」


ユーリは竜使いと共にバルボスを追って行った。



ベティはユーリ達を見送ると、ラゴウに向き直る。

「さぁ、お楽しみは終わりよ。皇帝ごっこは楽しかった?」

「ひぃっっ!」

ベティが喉元に剣をむけると、ラゴウは冷や汗を流しながら震えた。
彼女は蔑んだ視線を向ける。

酒場に続々と、天を射る矢のメンバーが入って来た。

「コイツを縛り上げて騎士団に引き渡して」

彼女は、彼らを見て言う。

「ベティ!なんでだよ!バルボスと組んでたんだろ?俺らで「馬鹿言わないで。コイツは騎士団に引き渡すのが筋よ」

反論してきた男の言葉を遮る。
「でも……!」

「戦争を、起こしたいわけ?」

ベティは男を睨みつけた。

「悪い、軽率だった…」

男はラゴウを連れて行った。


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