満月と新月 | ナノ
満月と新月



ギルドの誓い胸に



「どけどけ!どきやがれ!ドンがお通りだぞ!!」

天を射る矢の男が広場を横切る。

「あのじじぃ、おびき出すためにマジで戦争するつもりか?」
「フレンが戻れなかったら、ヤバイってば」
ベティがいたずらっぽく笑う。


「俺らを見下し侮辱した帝国のクソ野郎どもに、俺らの力を思い知らせてやろうじゃねえか!」

ドンの一声で、物凄い歓声が上がる。士気は上々なようだ。

「あ、ユーリ!ベティ!」
エステルが嬉しそうに走ってきた。
「ケガ人の治療はもういいのか?」
「どうして、それを?」
「ドンに聞いたんだよ」

「それより、大変なことになってるんだよ!」

カロルがベティを見る。
「見たらわかるけどぉ」
彼女はあたりを見る。
「そうじゃなくて」
「他にもあんの?」
ユーリが言う。

「いっぱいいるんだ!」

「いっぱいって、なにが?」

「紅の絆傭兵団です!バルボスはいませんでしたが……」

「ドンの狙い通り、か……」
「早く行こう!」
「ああ」



東の酒場の近くに来ると、リタとラピードが物陰に隠れていた。

「リタ……!」
カロルが駆け寄る。
「しっ……あんた声でかい……」

酒場の入り口には何人も、紅の絆傭兵団のメンバーと思しき男が居る。

「ありゃ、無理矢理押し入るってわけにゃいかなそうだな」
「あらぁ、完全に警戒モードだってばぁ」
「でも、中にバルボスがいるとしたら……」
エステルが言う。

「指くわえて見てるってわけにもいかねぇよな。どうしたもんか」

「手がない訳じゃないんだけどぉ……」

ベティが言うので、皆が彼女を見る。

「よし、着いてきてん」

ベティに続いてユーリ達は歩き出した。



「おーうベティちゃん相変わらずキレイだねえ」

レイヴンがチャラチャラと話しかけてきた。
リタは物凄い嫌そうにレイヴンを見る。

「レイヴン、フラフラしてるんだったら一緒に来てよん。どーせ、じーちゃんに頼まれてんでしょお?」

ベティがレイヴンの腕をつかむ。
「いたいいたい!ベティちゃん強引ねえ」




西側の酒場に来た一行は、レイヴンの先導で奥へと入って行く。

「ご苦労さん。通してもらうよ」

レイヴンが軽く手をあげると、立って居た男がタペストリーをめくった。
そこの奥は、執務用らしき机が奥に置かれ、手前には座り心地の良さそうな大きなソファが机を挟んで二脚置かれて居た。調度品などもあり、重厚な雰囲気だ。

「なんだ、ここ」

ユーリがベティとレイヴンを見る。
「ドンが偉いお客サマ迎えて、お酒飲みながら秘密のお話するとこよん」
ベティがニヤリと笑う。
「ここでおとなしく飲んでろって?」
「んなわけないでしょん」
ベティがため息をつく。

「おたくのお友達が書状持って戻ってくれば、とりあえず丸く収まるのよね」

レイヴンがユーリに言う。
「悪ぃけど、フレンだけにいい格好させとくわけにゃいかないんでね」
「この騒ぎの犯人を突き止めなければならないです!もしバルボスが……」
エステルが矢継ぎ早に続ける。

「まあまあ、急いては事を仕損じるって」

レイヴンが笑う。
ベティは執務用の机のうしろの壁をごそごそと探って、隠し扉を開けた。

「これは?」
ユーリがベティをみる。

「この街の地下には、複雑に地下水道が張り巡らされてるのよーん」
「街が帝国に占領された時、ギルドはこの地下水道に潜伏して、反撃の機会をうかがったんだと」

レイヴンが続けた。
「まさか……ここがその地下水道につながってる……とか?」
カロルが言う。

「そのまさかよ。で、ここからこっそりとむこうに忍び込めるって寸法なわけよ」

レイヴンがいたずらっぽく笑う。
「回り道だが、それが確実ってことか」

「じゃ、いくわよん!レイヴンも!」

ベティが出口に向かいかけたレイヴンを鋭く睨む。

「あっらー?おっさん、このまま、バックれる気満々だったのに」

「おっさんにもいいかっこさせてやるってんだよ、ほら行くぜ」
ユーリがレイヴンをぐいっと押した。




「うわぁ……真っ暗です……」

エステルが感慨深そうに言う。
地下水道の中は真っ暗で冷んやりとしている。全く周りが見えない。

「迷子になって出られねぇってのは勘弁だぜ」

「ほら、天才魔導士のお嬢ちゃんよ、ここは一つ、魔術でバーンと照らしてくれんかね」

レイヴンが言う。
「あたしをランプ代わりにしようっての?いい根性ね」
「リタ、お願いします」

「うーん……無理。照明みたいに持続させるには常時エアルが供給されないと」

「ありゃ……そなの?」
「当てが外れたみたいな、おっさん」

「ちょっとまってねん。この辺に……あったぁ!」

ベティが叫ぶ。
「ラピード!コレ、リタに渡してん」
「ワンッ」

「ん……?これ魔導器?だいぶ傷んでるけどなんとか使えそうね」

リタが明かりを灯した。
遠くまでは照らせないが、前が見えるくらいには明るくなる。

「わ、ちょっと爆発したりしない?」

「する訳ないでしょ。これ光照魔導器よあの充填器でエアルを補充して光る仕組みね」

リタが手前にある充填器を指差した。
「さすがです、リタ!」
「じゃ、行こっかぁ」
ベティは意気揚々と歩き出した。



しばらく歩くと、正面に見える壁には文字が刻まれている。

「ん、なんかここに書いてあんな……文字か。なんだ?」

ユーリが光照魔導器で壁を照らす。

「……かつて我らの父祖は民を護る務めを忘れし国を捨て、自ら真の自由の護り手となった。これ即ちギルドの起こりである。しかし今や圧制者の鉄の鎖は再び我らの首に届くに至った。我らが父祖の誓いを忘れ、利を巡り互いの争いに明け暮れたからである。ゆえに我らは今一度ギルドの本義に立ち戻り持てる力をひとつにせん。我らの剣は自由のため。我らの盾は友のため。我らの命は皆のため。ここに古き誓いを新たにす」

エステルが読み上げる。
「あらん、これ『ユニオン誓約』ねん」
ベティが言う。
「何よ、それ?」
リタがベティを見た。

「うぃーユニオンを結成した時に作られた、ユニオンの標語みたいなものねん」

「自分たちのことは、帝国に頼らないで自分たちで守る、そんでしっかり結束し、お互いのためなら命もかけよう、みたいなことね」

レイヴンが言った。
「でも、なんでこんなところに書かれてるの?」
カロルは首を傾げる。

「ユニオンってのは帝国がこの街を占領した時に抵抗したギルドが元になってんのよ。ギルドってのはてんでバラバラ好き勝手やってて、問題が生じた時だけ団結してた。で事が済めばまたバラバラ。帝国に占領されて、ようやくそれじゃまずいって悟った訳ね」

レイヴンが言う。

「そのギルドを率いたのがドン・ホワイトホースなんだ!?」

カロルは興奮気味だ。
「そそ。この地下水道も大いに役に立ったはずよ」

「じゃあ、その時ここで誓いを立てたってことなんだね」

「確かに誓約書の実物がどこかにあるって話だったけど、こんな壁の落書きだったとはね」

「壁に書かれた誓約書なんて、なんか素敵ですね。あ、ここ……アイフリードって書いてあります」

「ああ、あの大悪党の海賊王か」
ユーリが言った。

「じーちゃんが言うには一応、盟友だったんだってぇ。でも、頭の回る食えない人物で、じーちゃんですら相手すんのに苦労したって言ってたわねん」

ベティがおかしそうに笑う。
「それでも普通に盟友とか言うあたり大した器のじいさんだな、ドンってのは」

「……我らの命は皆のため……か……」

カロルがつぶやく。
「面白いもんが見れたが、そろそろ行こうぜ」
ユーリ達は歩き出した。


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