満月と新月 | ナノ
満月と新月



盟主への誓い、友への信頼



ユーリ達は、ダングレストに戻り、すぐにユニオンを訪れた。

奥のドンの部屋に入ると、天を射る矢の幹部らしきメンバーと、フレンがいた。

「よぉ、てめぇら、戻ったか」

ドンがユーリ達を見る。

「……ユーリ、ベティ」

フレンが呟いた。

レイヴンは迷う事なく、そのままドンの座る立派な椅子の左側に立った。

「なんだ、知り合いか?」
ドンはフレンを見る。
「はい、古い友人で……」
フレンが言った。
「ほう」
「ドンも面識があったのですね」
「魔物の襲撃騒ぎの件でな。で?用件はなんだ?」
「いや……」
フレンは言いにくそうにした。

「オレらは紅の絆傭兵団のバルボスの話を聞きにきたんだよ。魔核ドロボウの裏にいるのはやつみたいなんでな」

ユーリがドンに言った。
「なるほど、やはりバルボス絡みか」
フレンが頷く。
「……ってことは、おまえも?」


「ユニオンと紅の絆傭兵団の盟約破棄のお願いに参りました」

フレンはドンに向き直る。

「バルボス以下、かのギルドは、各地で魔導器を悪用し、社会を混乱させています。共に紅の絆傭兵団の打倒を果たしたいと思っております」

「……なるほど、バルボスか。確かに最近のやつの行動は、ギルドとして、けじめはつけにゃあならねえ」

「あなたの抑止力のおかげで、昨今、帝国とギルドの武力闘争はおさまっています。ですが、バルボスを野放しにすれば、両者の関係に再び亀裂が生じるかもしれません」

「そいつは面白くねえな」

「バルボスは、今止めるべきです」

フレンは力強く言った。

「俺らと帝国の立場は対等だよな?」

「はい」

「ふんっ、そういうことなら悪いもんじゃあねえ」
ドンはニヤリと笑う。

「では……」
「ああ、ここは手を結んだ方が得策だ」
ドン頷く。

「おいっ、ベリウスにも連絡しておけ。いざとなったらノードポリカにも協力してもらうってな」

後ろに控えていた幹部にドンがいうと、幹部は部屋を出て行った。


「なんか大事になってきたね……」
カロルがユーリを見る。

「ヨーデル殿下より書状を預かって参りました」

フレンがドンに書状を手渡したので、ベティはドンをはさんでレイヴンとは逆側に行く。ドンが座る椅子の肘掛に腰掛け、覗き込んだ。

「ほぉ、次期皇帝候補の密書か」

ドンがそう言って書状を開く。

ベティの顔が僅かに歪む。

「読んで聞かせてやれ」
ドンはレイヴンに書状を渡す。


「『ドン・ホワイトホースの首を差し出せば、バルボスの件に関しユニオンのいっさいの責任を不問とす』」


レイヴンは至って無表情だ。
これにはユーリ達も驚く。

「何ですって……!?」

フレンは顔が真っ青だ。

「うわはっはっは!これは笑える話だ」

「……なんだ、これは……」
フレンも書状の内容を確かめる。

「残念だが、騎士殿と殿下のお考えは天と地ほど違うようだな」

ドンは厳しい視線をフレンに向けた。
「これは何かの間違いです!ヨーデル殿下がそのようなことを」

フレンがドンに近づこうとした瞬間、ベティが素早くドンとフレンの間に入り、フレン銃口を向けた。

「「ベティ…?!?!」」

カロルとエステルが思わず声を上げる。
フレンも目を見開く。

「それ以上近づけば、我が盟主に危害を加えるものと判断する」

ベティの目はどこまでも冷ややかだ。

「おい、おまえら!お客人を特別室にご案内しろ!」

ドンが幹部に言うと、フレンは数人の男に取り押さえられ連れていかれる。

「ドン・ホワイトホース!これは何者かの罠です!」

フレンの悲痛な声が響く。



「フレン……!ベティも、どうして?」

エステルはフレンを追いかけようとするが、ユーリが腕をつかむ。
「早まるなって。余計フレンを危険にさらすことになるぜ」
エステルは俯いてしまった。

「帝国との全面戦争だ!ユニオンの総力を挙げて、帝都に攻めのぼる!客人は見せしめに、奴らの目の前で八つ裂きだ!二度となめた口きかせるな!!」
ドンは立ち上がると、レイヴンや幹部達と部屋を出て行った。



「た、大変なことになっちゃった!」

「ベティ何故あんなことを…!?」

エステルがベティに詰め寄る。

「やめろエステル。ベティの行動は当然だ」

ユーリが遮った。
「悪いわねん、エステル。あなたの騎士様に銃なんかむけちゃってぇ」
「おかげであたしらの用件、忘れられちゃったわよ」
リタがベティを見る。

「やぁだ、それはあたしのせぇじゃないってばぁ」

「ドンも今は話どころじゃねえな」
「わたし、戻って本当のことを確かめます!」
エステルがぐっと拳を握る。

「早まるなって。ちょっと様子を見ようぜ」
「わ……わかりました」

「一応教えておくけれどぉ、紅の絆傭兵団の使ってる酒場が街の東にあるわよん」

ベティがヒラヒラと手を振る。
「あれ?ベティ、一緒に来ないの?」
カロルが言う。

「私もドンの側近だから、ちょっとやることがあんのよぉ。後で合流するわねん」

「とりあえず、俺たちは出よう」




ユーリ達を見送ったベティは、フレンに会いに地下牢へと足を運んでいた。
見張りが居ないところを見ると、ドンの思惑はベティの考えている通りだろう。
カツンカツンと、彼女のヒールの音が地下牢に響く。

「ユーリ?いやベティか……?」

「あーら、ユーリじゃなくて悪いわねん」
ベティはフレンの牢の前で足を止めた。

「意地悪をいわないでくれ……」

フレンは壁を向いて、地べたに正座している。
ベティは牢の鍵を開け、鉄格子に背を向け、もたれ掛かった。

「そろそろ、囚われのお姫様を助けに、王子様がくるころかしらん」

「やめろよ、俺、そーいうキャラじゃないだろ?」

ユーリが靴音を響かせ、地下牢に入ってきた。

「ユーリ……僕の無様を笑いにきたんだろ」
フレンが言う。

「そうそう、どんな神妙な顔して捕まってるかってな」

ユーリはフレンを見て不敵に笑った。

「牢屋にぶち込まれる立場も、悪くないもんだな。たまには」

「あんな書状を持ってきておいて、何、呑気なこと……」
「あれは赤眼どもだ。ユーリと別れた後でまた襲われたんだ」
「らしくねえ、ミスしてんな。部下が原因か?」

「それも含めて僕の責任だ」

「そうかい」
ユーリはチラリとベティを見るが、彼女は意味深な笑みを浮かべている。

「けど、赤眼が出てきたなら、裏にいんのはラゴウだな」

「ん?どうしてそれを?」
フレンが立ち上がりこちらを向く。

「ラゴウが赤眼どもと一緒だった暗殺者に命令出すの見てんだよ」

「そんなことがあったのか」
「で、やつらの狙い、わかってんのか?」

「……恐らく、ギルドと騎士団の武力衝突だ」

「だとすると、やばそうだな。騎士団にも偽の書状がいってんじゃねえか?」

「ああ、騎士団を煽るために」
「そこまでわかってんなら、さっさと本物の書状を持ってこいよ」

フレンと、ユーリの間には信頼しかないようだ。
フレンは鉄格子の扉を開ける。

「君はここにいてくれ」

そう言って、牢から出ると、ベティの前を通り過ぎて、立ち止まる。

「オレ、身代わりかよ」

そんなことを言いながらも、ユーリは楽しそうに牢屋へ入り扉を閉めた。

「オレを見捨てる気まんまんだろ、おまえ」

「もし戻ってこなかったその時は……僕の代わりに死んでくれ」

フレンの表情は真剣だ。
「ああ……」
ユーリが楽しそうに頷くと、フレンは地下牢を後にした。



「楽しそうねぇユーリ?」
ベティは牢屋に背を向けたままだ。
「そうか?俺には、お前の方が楽しそうに見えるけど?」

「そぉねぇ、銃を向けた時のフレンの顔、濡れちゃったわん」

ベティがニヤリと笑う。

「天を射る矢に入ってないのに、なんでドンの事、我が盟主って言ったんだ?」

「ギルドに入っていなくても、私はドンと誓いを結んだ身だものぉ、当然でしょん…ドンの盾になるのもねん」

「お前みたいなんもんに盾になってもらっても、刃は防げねえよ」

ドンの嬉しそうな声がする。

「友の代わりに牢に入る、そいつはどんな酔狂だ、小僧」

ドンが牢の前にきた。

「わざわざ見張りを外した大間抜けなじじいに言われたくないね」
「ふんっ、騎士の坊主に秘密の頼みをしに来たんだよ」
「フレンに?」

「それは悪かったわねん、間違って鍵を開けてしまったみたい」

ベティがドンにニヤリと笑みを向けると、ドンも不敵な笑みを浮かべる。
「こんな茶番を仕掛ける連中だ。ここらで高みの見物としゃれ込んでるだろうよ」
「茶番だってわかってんなら、煽んなよ」
ユーリがため息混じりに言った。

「やる気見せねえと、黒幕が見物にこねえだろうが。それに、こうでもしなけりゃ、血の気の多いうちの連中は黙っちゃいねえよ。まあ、騎士の坊主が戻らなけりゃあ、当然、てめェの命をもらう」


「わかってるよ。ところで、あんたはなんでギルドを作ったんだ?」

「帝国の作ったルールじゃあ、俺の大事なもんが、守れねえからだ」
「帝国にいた方が、守りやすいもんもあったろ」

「だから、その他の気に入らねえことを、全部てめぇは我慢してんのかよ」

「……それは」
ユーリは言葉に詰まる。

「帝国の作ったルールが気にいらねえなら、あの騎士の坊主のように、変えてやろうと意気込むか。もしくは帝国を飛び出して、てめぇのルールを作りあげるか、だ」

「はっきりしてんのな」
ユーリはどことなく嬉しそうだ。

「うちの大切な人質を逃がした責任は取れよ。もちろんベティ、お前もだ」

「身代わり以外に、なんかやれっての?」
「茶番を仕切ってる黒幕が街にまぎれてるはずだ。騎士の坊主に探させるつもりだったんだがな」
「それ、オレに探せって?」
ドンは身を翻した。

「責任の取り方はてめぇに任せる。連れの娘っ子だってケガ人治すのに、駆けずり回ってんだ。てめぇだけのんびりってのは性にあわねえだろう」

ドンは地下牢を出て行った。



「……エステルがね。あいつらしいな」
「さ、のんびりしてないで!行くわよん」

「お前、ドンに信頼されてるんだな」

「あらん、ユーリの事もかなり当てにしてるわよん、じーちゃん」


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