満月と新月
ドン・ホワイトホース
「エアルの異常で魔導器が暴走、そのせいで魔物が凶暴化……あいつの言うひずみと関係あるなら、この場所だけじゃすまないのかも」
リタは先ほどから、ずっと1人でうんうん唸っている。
「さっきからぶつぶつと……」
レイヴンはちょっと気味悪がっている。
「うわっ、何!?また魔物?」
物凄い数の魔物がこちらに来る。全員が木の根の陰に伏せた。
「カロル、頭、上げんなよ!」
カロルがそっと覗こうとするので、ユーリが言う。
魔物をやり過ごして、ユーリ達が頭を上げる。
「あ……あの人たち……」
エステルが天を射る矢に気がつき声をあげた。
「ドン……!」
カロルが嬉しそうに言う。
天を射る矢のメンバーの何人かは怪我をしているようだ。
「……てめえらが何かしたのか?」
ドンはこちらの姿を見つける。
「何かって何だ?」
ユーリは相手が、誰であろうとこの調子だ。
「魔物が突然、おとなしくなって逃げやがった。何ぃやった?」
ドンが言った。
「……ユーリ、あれです。エアルの暴走が止まったから……」
「ボクたちが、エアルの暴走を止めたからです!」
カロルが一生懸命に言うが、止めたのはデュークだ。
「エアルの暴走?ほぉ……」
「何、おじいさん、なんか知ってんの!?」
リタはドンににじり寄る。
「いやな、ベリウスって俺の古い友達がそんな話をしてたことがあってな」
ドンは思い出すように言った。
「……ドンが南のベリウスと友達って本当だったんだ……」
カロルはすっかり陶酔している。
「何よ、そのベリウスっていうの」
リタはカロルをみた。
「ノードポリカで闘技場の首領をしてる人だよ」
何故かカロルが自慢気だ。
「ノードポリカ……」
リタは何やら思案しているようだ。
「で?エアルの暴走がなんだって?」
ドンはユーリを見る。
「本当大変だったんです!すごくたくさん、強い魔物が!でも……!」
カロルがまくしたてる。
「坊主、そういうことはな、ひっそり胸に秘めておくもんだ」
ドンはあくまで優しく、カロルに諭す。
「へ……?」
「誰かに認めてもらうためにやってんじゃねえ、街や部下を守るためにやってるんだからな」
「ご、ごめんなさい……」
カロルはうつむいてしまった。
「すみません。見せてくださいますか?」
エステルは怪我人の所へ駆け出した。
「ん?何だ?」
ドンも不思議そうにみる。
エステルは次々に治癒術をかけていく。
「おおっ……治癒術か……ありがてぇ……」
ベティがそれを見て怪訝な顔をしていたのを、ユーリは見ていたが、彼女はパッといつもの表情にもどる。
「ドン、お疲れ様。もうおじいちゃんなんだから、あまり無理はしないでもらいたいわねん」
「ベティ…俺はまだまだ現役よ、おめえに心配されるほど、落ちぶれちゃいねえ」
「わわっベティ、ドンと普通に話してる…」
カロルはベティを見た。
「……ん?レイヴンじゃねえか何隠れてんだ!」
「ちっ」
隠れていたレイヴンがバツが悪そうに出てきた。
「うちのもんが、他人様のとこで迷惑かけてんじゃあるめえな?」
「迷惑ってなによ?魔物大人しくさせるのにがんばったのよ、主に俺が」
「え!?天を射る矢の一員なの!?」
カロルはものすごく驚いたようだ。
「どうも、そうらしいな。そぉいやお前、前にそんなよーなこと言ってたな」
ユーリがベティを見る。
「ん?言ったぁ?」
ベティは首を傾げている。
ゴンっと鈍い音がして。レイヴンが頭を抑えた。
「いてっ、じいさん、それ反則……!」
レイヴンは涙目だ。
「うるせぃっ!」
「ドン・ホワイトホース」
ユーリが言う。
「何だ?」
ドンもユーリに向き直る。
「会ったばっかで失礼だけど、あんたに折り入って話がある」
「若えの、名前は?」
「ユーリだ。ユーリ・ローウェル」
「ユーリか、おめえがこいつらの頭って訳だな?」
「あのー、ちょっと、じいさん。もしもし?」
レイヴンが後ずさる。
「最近、どうにも活きのいい若造が少なくて退屈してたところだ。話なら聞いてやる。が、代わりにちょいとばかり面貸せや」
「あちゃー、こんな時にじいさんの悪い癖が……」
「なにそれ?」
リタがレイヴンを見る。
「骨のありそうなの見つけるとつい試してみたくなんのよ」
「た、試すってなにを!?」
カロルがビクついた。
「腕っ節を、よ!」
「そういうことだ。ちょいと年寄りの道楽に付き合え」
「いいぜ、ギルドの頂点に立つ男とやりあうなんざ、願ってもねえ」
ユーリは楽しそうだ。
「はっは、こい!」
「年寄りなら年寄りらしく、隠居して茶でも啜ってろよ!」
ユーリが鞘を投げた。
「すまねえな!そういうのは俺の性にあってねえんだよ!」
ユーリとドンのやりあいには興味は無かったので、ベティは天を射る矢のメンバーと雑談していた。
「あいつ、ベティの男だろ?」
メンバーの男がユーリをチラリと見ていう。
「さぁねん」
「しっかしここんとこ、魔物がやたらに街まで来ててさ、お前がいない間結構大変だったんだぜ?」
別の男も話に加わってくる。
「街を守るのが、天を射る矢の仕事でしょん、関係ないあたしにやらせよぉってのぉ?」
ベティはいたずらっぽく笑う。
「ねぇねぇ、ベティ!彼かなりいい男ね!」
若い女性がこのこのっとベティをつつく。
「うぃードンが気に入りそうでしょぉ」
「はぁっ、はぁっ、化け物か、このじいさん…!」
ユーリはすっかり息がきれている。
「ちいっ、まだまだ!」
もう一度むかっていくが、ドンは剣を下ろす。
「おおっと、ここまでだ。これ以上は本気の戦いになっちまうからな。久々に楽しかったぜ。それじゃ話を聞こうか」
ユーリが話を始めようとしたが、メンバーの男が走ってきた。
「ドン、お話中、すみません」
なにやら耳打ちしている。
「ん、わかった。野郎ども、引き上げだ」
ドンは休んでいたメンバーに、声を張り上げた。
「すまねぇな。急用でダングレストに戻らにゃならねえ。ユニオンを訪ねてくれりゃあ優先して話を聞くから、それで勘弁してくれ」
ユーリに向き直ると、ドンが言う。
「いや、約束してもらえるならそれで構わねえよ」
「ふん、俺相手に物怖じなしか。さすが、ベティの連れてきた男だな。てめぇら、いいギルドになれるぜ」
ドンはにやりと笑うと、引き上げて行った。
「結構本気だったんだがな……ギルド、か……」
ユーリはドンの後ろ姿を見送った。
「作るん、でしょ?」
カロルがユーリを不安げにみた。
「そんときが来たらな」
ユーリはにやりと笑うと、カロルの頭を撫でた。
「なぁに?カロルたちギルド作るのん?」
ベティが言う。
「まだわかんないよ、もしかしてベティ!入ってくれるの?!」
カロルが嬉しそうに言う。
「あたしぃ?あはは、柄じゃないっしょお」
「で、どうよ?やっと俺様の偉大さが伝わったかね?」
レイヴンは大げさに言う。
「偉大なのはレイヴンじゃないよ?」
カロルがジト目で睨んだ。
「なによ、すぐケチつけるんだから」
レイヴンはため息をついた。
「さ、ダングレストに戻って、バルボス探しの続きだ」
「リタ、ユーリの用事が終ったら、わたしたちはアレクセイに報告へ」
エステルはリタをみるが、返事はない。
「リタ?」
「……あ、何?」
「ユーリの用事を済ませたらアレクセイに報告に行き……」
また聞いてない。
「どうかしました?」
「な、なんでもない。ほら、戻るわよ」