満月と新月
エアルクレーネ
かなり奥まで進むと、木々もより一層大きくなってくる。
エアルが木々の間にたまり、キラキラと輝いている場所があり、リタはそこで立ち止まった。
「これ、ヘリオードの街で見たのと同じ現象ね。あの時よりエアルが弱いけど……」
リタは、エアルが溜まっている近くに歩み寄り言った。
幻想的な光景にユーリ達は、しばし息を呑む。
泉のようにエアルがたまり、そこから空へとエアルが粒となって昇っていた。
エアルは輝きながら、空気に溶けるようにして消えて行く。
しかし、背後で響く羽音に皆が振り返った。すると、巨大な虫の魔物がこちらを睨んで、どんどんと近づいてくるのが見えた。
「来やがったぞ!」
ユーリが鞘を投げた。
「なに?この森どうなってんのよ。まさかこの森の奥にこんなとこがあるなんてねぇ!」
レイヴンがやや距離を取り、矢をつがえる。
「街がよく襲われたのはこれのせいだ!」
カロルも震えながらに、武器を取る。
「なんとか鎮める方法はないんでしょうか…」
「やられる前にやるしかないな…!」
ユーリが舌打ちをして、魔物に斬りかかる。
「生きて帰れないかも…」
カロルは先ほどよりさらに震えているようだ。
「大丈夫よん!ばばーんとやっちゃうわん!」
「ベティ!油断すんなよ!」
「気を抜いたら命取りになります!」
「ったく!なんなのよもー!」
リタはババっと帯をさばき始めた。
ユーリとベティの2人は、互いにタイミングよく斬りかかり、ラピードも援護するように、魔物にダメージを与えていく。
カロルは震えながらも善戦していて、破壊力のある技はしっかり効いているようだ。
初参戦のレイヴンも、矢を射るタイミングはバッチリで、リタとエステルの援護で、連携を繋げていく。
「焔!列空!」
ベティは剣に炎を纏わせ、魔物の羽を焼き切った。
「喰らえ!牙王撃!」
それに合わせてユーリが、攻撃を叩き込む。
「決めるわよ!灼熱の軌跡を以って野卑なる蛮行を滅せよ、スパイラルフレア!」
リタの炎が魔物を襲い、やっと倒れたところで、皆はふうっと息を吐いた。
「なんとかなったか…」
ユーリは汗を拭うと、剣を収めた。
「絶対、あのエアルのせいだ!」
リタはエアルに振り返り、もう一度調べようと近付く。
だが、またもや羽音がたくさん聞こえ、気がつけば先ほどの魔物と同じ魔物がぐるりとユーリ達を取り囲んでいた。
「ま、また来た!」
カロルはついに腰を抜かしてしまった。
無理もない。やっとの思いで倒したのに、それが大勢で迫って来ては、戦意も失う。
「ああ、ここで死んじまうのか。さよなら、世界中の俺のファン」
レイヴンが芝居ががった口調で言うと、ユーリがそれに頷いた。
「世界一の軽薄男、ここに眠るって墓に彫っといてやるからな」
「うぃー、それ賛成」
ユーリの言葉にベティが同調する。
「そんなこと言わずに一緒に生き残ろうぜ、とか言えないのおたくら……!?」
魔物が向かってくると全員が思ったその時。
銀色の長い神を揺らし、赤い服を纏った男が飛び降りてきた。
彼が剣をかざすと、周囲のエアルごと魔物が消えた。
「デューク……」
レイヴンは、思っても見なかった助けに、驚いていた。
「ちょっと、待って!」
何も言わずに去ろうとする彼を、リタが呼び止めた。
デュークはなにも言わないが、立ち止まってはくれたようだ。
「その剣は何っ!?見せて!今、何をしたの?エアルを斬るっていうか……そんなこと無理だけど」
「知ってどうする?」
ゆったりとした動作で彼は振り返った。
「そりゃもちろん……いや…それがあれば、魔導器の暴走を止められるかと思って…前にも魔導器の暴走があって、エアルが暴れて、どうすることもできなくて……」
「それはひずみ、当然の現象だ」
「ひず……み……?」
「あ、あの、危ないところをありがとうございました」
「エアルクレーネには近付くな」
(ここも、エアルクレーネ…?)
ベティは首を傾げる。
「エアルクレーネ?ここのこと?」
リタはもっと情報を聞き出そうと、声を張り上げる。
「世界に点在するエアルの源泉、それがエアルクレーネ」
「エアルの……源泉……」
「……こんな場所だ。散歩道ってこともないよな?」
ユーリが言う。が、デュークはなにも答えない。
「ま、おかげで助かった。ありがとな」
ベティとデュークの視線が一瞬交わり、彼は踵を返した。
「……まさか『リゾマータの公式』」
リタはこめかみに指を当てる。
「……ここだけ調べてなにもわからないわ。他のも見てみないと」
と言って、彼女はエアルクレーネとやらから離れた。
「さっきの人、世界中にこういうのがあるって言ってたね」
「言ってたねぇ」
カロルの言葉に頷いたのは、レイヴン。
「それを探し出して、もっと検証してみないと、確かなことは何もわかんない」
リタはあきらかにイライラしているようだ。
自分の知り得ない事を、彼女が納得するまで、デュークが教えてくれなかったのがどうしてもイラつかせるのだろう。
「……じゃあ、もうここで調べることはないんです?」
「んじゃ、ダングレストに戻ろうぜ」
ユーリの意見に皆頷いたが、リタはもう調べる事はないのに離れ難い表情を浮かべていた。
けれども、ここにいてもしょうがないので、一行はエアルクレーネを後にする事になった。