満月と新月 | ナノ
満月と新月



ブロンドマーメイド再来



ケーブ・モック大森林へと近づくと、ダングレストの夕暮れはすっか姿を消していた。


「ユーリとベティは本当はどんな関係なんです?」

エステルがおもむろに口を開いたが、ユーリはそれに首をかしげた。

「どんなって…どんなでもないけど」

「なのにあんな大勢の人の前で、なにやってんのさ、ユーリ」

カロルは咎めるように言う。

「あたしは信じらんないわっ不潔よ!ふ、け、つ!」

「やぁんリタってば、研究ばっかりしてるから、そんなに頭が硬くなっちゃったのねぇ」

「あ、り、え、な、い!あんたの頭はふにゃっふにゃよ!」

「あんまりからかうと、お友達辞められちゃうかなぁ」

「なっ!なによっ」

「なんでも…ないんです…?」

エステルは呟いた。がその問いは、誰にも聞こえる事はなかった。






ケーブ・モックは、巨大な木々や植物がしげり、異様な森だった。
周囲の木々は普通だったにもかかわらず、ここだけが育ちすぎている。
木の根がせり上がり、それ自体が人が普通に歩けるほどしっかりとしている。


「世の中にはこんな大きな木があるんですね……」

「けど、逆に不健康な感じがすんな」

「カロルが言ってた通りだわ。ヘリオードで魔導器が暴走したときの感じに似てる」

「気をつけて……誰かいるよ」

カロルが人の気配に気がつき、武器に手をかける。

「よっ、偶然!」

そこにあらわれたのは、レイヴンだった。

「まった!こんなところでなぁにしてんのよぉ」

ベティが睨む。

「自然観察と森林浴」

うんうんとレイヴンが頷く。

「うさん臭い……」

カロルも彼を睨んだ。

「んー?歓迎されてない?」

レイヴンがユーリ達を見回すが、彼らは警戒心むき出しで、まったく歓迎はされていない様子だ。

「本気で歓迎されるなんて思ってたんじゃないでしょうね」

リタは今にも殴りかかりそうだ。

「まあまあ。俺、役に立つぜ」

「役に立つって、まさか、一緒に来るの?」

カロルはえええー!と大げさに後ずさりして、嫌そうに顔を顰めた。

「そうよ、こんなとこ一人じゃ寂しいしさ。何?ダメ?」

だめだめ?ねえだめ?といい歳の男が可愛く言おうとするものだから、リタはイラついた様子で「変なことしたら殺す」と先に歩き出してしまった。


「なあ、俺ってば、そんなにうさん臭い?」


「全身からにじみ出てるな、うさん臭さが」

ユーリは自分の肩を、トントンと剣で叩くとリタに続いた。


どれどれくんくんと、服の匂いを嗅ぐレイヴン。
ベティはそんな彼をじろりと睨んだ

「レイヴン、なぁにやってんのよぉ。これはさすがにドンに頼まれたんじゃないのよねん?」

「ただの散歩よ散歩」

レイヴンはそう言って、笑って誤魔化した。
ただ、わざと漂わせる怪しさに、本当の事は隠れてしまっていた。









「……何か……声が聞こえなかった?」

木渡って奥へと進み、今度はコケの生えた地面を踏みしめて歩く一行。
カロルが振り返ったので、皆も習って振り返る。


ぶーんと羽音をたてて飛ぶ虫型の魔物……

にパティがぶら下がっているのが見えた。



「うちをどこへ連れてってくれるのかのー」



大樹の森に、呑気な声がこだまする。

「パ、パティ……!?」

カロルが目を見開く。
だが紛れもなく彼女で、目をしばたいても変わらなかった。

「なに?お馴染みさん?」

一行の中で、ただ1人、レイヴンだけが彼女を知らない。
彼は不思議そうに皆とパティを見比べていた。

「レイヴン頼むってば」

ベティが言った。
その意味する所を彼は悟った様子で、弓を構えた。

「あーほいほい。俺様にお任せよっと……」
彼の放った矢は、外すことなく的確に魔物を射た。

「当たりました!」

パティが落ちてて、それをたまたまユーリが受け止めた。

「ナイスキャッチなのじゃ」

彼女はそれはそれは嬉しそうに、にやりと笑って言った。
そして何を思ったのかユーリは、無言で彼女を地面に落とした。

うめきながら立ち上がるパティは、ベティを見つけると勢いよく彼女に飛びついた。

「ベティ姐〜!またあったのじゃ!嬉しいのじゃ〜!」

「あれ!いっとくぅー?」

「うむ!」

「あたしはベティ!」

「うちはパティ!」

「「2人あわせて、ブロンドマーメイド!」なのじゃ」

バーンとポーズを決めた2人に、レイヴンがきゃー!素敵ー!と拍手を贈る。



「ばかっぽい…」



2人並べば姉妹に見えなくもない。

「で?アイフリードのお宝って奴を探してるのか?」

「アイフリード……?」

レイヴンはパティを見る。
聞き覚えのあるその名前と、この少女がどう関係しているというのか。

「のじゃ」

彼女はコクリと頷いた。

「こんなとこで?嘘くさ。誰に聞いてきたのよ」

リタはため息まじりに言った。

「測量ギルド、天地の窖が色々と教えてくれるのじゃ」

「それでラゴウの屋敷にも入ったってワケ?結局、なにもなかったんでしょ」

「100パーセント信用できる話の方が、逆にうさんくさいのじゃ」

「ま、確かにそうかも」

レイヴンは一理ある、と頷いた。

「あんたは100パーセントうさんくさいわよね」

「ひどいお言葉……」


首を垂れたレイヴンを見て、パティは肩から下げた双眼鏡を手に取った。


「うちは宝探しを続行するのじゃ」



「一人でウロウロしたら、さっきみたいにまた魔物に襲われて……」

エステルが心配そうに言いかけたが、彼女はそれを遮った。

「さっきのは襲われてたんではないのじゃ。戯れてたのじゃ」

「魔物の方はそんなこと思ってないと思うけどな」

カロルは、違う違うとおさげを揺らすパティを見て、苦笑いしか出なかった。

「あ…パティ、後ろ……」

エステルがはっとして言う。

言っているそばから、彼女の背後に魔物が迫る。

が、パティは素早く銃を構え正確に撃ち抜くと、硝煙をふっと吹いてから、くるくるっとまわして、大きな海賊帽を銃口でくいっとあげて見せた。

ベティの銃よりも大きなそれは、パティが扱うにはやや重いだろうが、全くそれを感じさせない。


「つまり、大丈夫ってことか」

ユーリは頼もしいな、と肩を竦めた。

「一緒に行くかの?」

パティがはにっこり笑って振り返えると、銃を収めた。

「悪いな、お宝探しはまたの機会にしとくわ」

「それは残念至極なのじゃ。でもうちはそれでもいくのじゃ。サラバなのじゃ」

またの、ベティ姐。と彼女はどこかへ行ってしまった。


「行っちゃった……」

カロルは、パティが走って行った方向を見つめる。
自分と変わらない歳なのに、どうして恐れず1人で世界を旅できるんだろうか。
こんな虫だらけの森まで。と思いながら。

「本当に大丈夫なんでしょうか」

「本人が大丈夫だって言ってるんだから、大丈夫なんでしょ」

リタはふんと鼻をならす。
一応、彼女も心配をしているようだ。

「大丈夫よぉ、パティの腕は確かだもん」

ベティは、皆を安心させるように、にこりと笑った。

「だといいんだがな。俺たちも行こうぜ」



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