満月と新月 | ナノ
満月と新月



魔物の襲撃



「ん?カロルじゃねえか」

急に声をかけられたのは、今度はカロルだった。

「どの面下げて戻ってきてんだ?」

柄の悪そうな2人組は、ニヤニヤ嫌な笑みを浮かべながら言った。

「な、なんだよ、いきなり」

カロルはむっとした顔をしつつも、逃げの姿勢をとっていた。
後ろめたい事があるらしい。

「おや、ナンのがいねえな。ついに見放されちゃったか、あははははっ!」

「ち、違う!ボクがあいつから逃げてるの!」



これがあるから、ダングレスト行きを嫌がったんだな、とユーリがベティに耳打ちした。


「あんたらこいつ拾ったギルドの人?相手は選んだ方がいいぜ」

「自慢できるのは、所属したギルドの数だけだし。あ、それ自慢にならねえか」


「カロルの友達か?相手は選んだ方がいいぜ?」

ユーリは少しムッとして、嘲る様にそう言った。

「な、なんだと!」


「カロルには似合わないお友達ねぇん」

「あなた方の品位を疑います」


「ふざけやがって!」

「言うわね。ま、でも同感」

「言わせておけば……」


カンカンカンカン


男2人組は今にも飛びかかってきそうだったが、大きく鐘音が響いて、そちらに振り返った。

「やべ……また、来やがった……」

「行くぞ!」

2人組は慌てた様子で、街の入り口の方へと走り去る。

「魔物が来たんだ」

カロルが震えた声で呟いた。

「魔物って……まさかこの振動……」

ユーリも辺りを見回す。
とてつもない地響きとともに、街からも悲鳴が上がる。

「これはかなり大勢ねぇ」

ベティは不敵に笑い、腰の双剣を撫でた。

「ま、でも心配いらないよ。最近やけに多いけど、ここの結界は丈夫だし外の魔物だって、ギルドが撃退……」

カロルがふいに、結界の光輪を見上げた。
しかしその瞬間望みの光のような光輪が消えた。

「……って、ええっ!!」

カロルは仰け反るようにして腰を抜かし、引っくり返った。

「結界が、消えた……?」

エステルが不安いっぱいです、という顔をしていて、リタも一体どうなってんの!と誰にともなく怒鳴った。

「ったく、行く場所、行く場所、厄介ごとばっかだな……」

「何か憑いてんねぇ、ユーリに」

「…俺かよ…ま、かもな」

「ユーリ、魔物を止めに行きましょう!」








ユーリ達は街の入り口へと急いだ。
たどり着いた橋の手前は、騒然としていて何十もの魔物が群れをなして押し寄せている。

「すげーな、こんな数どっから湧いてくんだ」

「ちょっと異常だよ……!」

「魔物の様子もなんだかおかしくありませんか?」

「うん、なんかエアルにあてられてるみたい…凶暴だわねん」

「来るわよ!」

リタがぎゅっと身構えた。

「数が多い、魔術で広範囲を攻めるわよ!ユーリ、カロル、ラピード!援護を!」

ベティがリタとエステルに並ぶ。

「まかせとけ!」

いの一番に駆け出したのは、ユーリ。
ラピードもベティたちの前に立ち、カロルもユーリに続く。

「いくわよ!」

リタが叫ぶ。

「はい!」

エステルが力強く頷いた。

「聖なる槍よ、敵を貫け!ホーリィランス」

エステルの魔術で光の槍が敵を襲う。

「怒りを矛先に変え、前途を阻む障害を貫け!ロックブレイク!」

今度はリタが応戦する。

ベティが大きな術式を展開していく。

「あんた…!それ、一体…!?」

リタが見たこともない大きな術式に目を見開いた。

魔物がベティに向かってくるが、ラピードが防ぐ。




「大いなる創生の槍、天意なる高尚の煌めき、意志を以って理を讃えん!グングニル!」



とてつもなく大きな光の柱が、橋を多い尽くすほどに広がり、魔物だけを焼き切って行く。

「そんな…!あり得ない!魔術の規模で術式の大きさが変化するなんて……!…いいえ、それよりも…標的だけを…魔術が判断した…?そんな…でもそれって…!」

リタがぶつぶつと呟きはじめる。

「気ぃ抜くな!すぐ次の来るぞ!」

ユーリが叫んだ。

「こんなに沢山の魔物、どうして…!?」

エステルも構え直す。

「あ〜、ウザイ!もぉっ!」

「こんなんじゃキリがないわぁん」

次々と押し寄せる魔物に、皆が終わりが見えずうんざりしていた。
それを打ち破るように声が響く。




「さあ、クソ野郎ども、来い!この老いぼれが胸を貸してやる!」




白髪で、顔に赤い刺青をした、ガタイのいい老人が橋に仁王立ちした途端周りの空気が変わった。

「とんでもねえじじいだな。何者だ?」

「ドンだ!ドン・ホワイトホースだよ!」

カロルが興奮気味に言う。

「あの、じじいがねえ」

ユーリはドンをじっと見つめる。
下町のじいさんとは、全く違う背中だ。


「ドンだ!ドンがきたぞ!」
「一気に蹴散らせ!俺たちの街を守るんだ!」
「我等『暁の雲』の力を見せろ!!」
「ドンに続けえ!!」





「討伐に協力させていただく!」

澄んだ声を響かせたのは、フレンだ。
彼は隊を引き連れ、現れたのだが、ドンはそこで止まれ!と怒鳴りつけた。

「騎士なんぞに助けられたとあっては、俺らの面子がたたねえんだ!すっこんでろ!」

「今は、それどころでは!」

フレンにとっては納得がいかない返事だったようで、非常事態だ、と声を荒げた。
熱心なのも、考えものだなっとベティは思ったのだが、それは彼には言わないでおく。


「どいつもこいつも、てめえの意志で帝国抜け出してギルドやってんだ!いまさら、帝国の力借りようなんて恥知らず、この街にはいやしねえよぉ!」


「しかし!」


「そいつがてめえで決めたルールだ。てめえで守らねえで誰が守る」


「何があっても筋は曲げねえってか……これが本物のギルドか」

ユーリは剣を止めた。
ドンの一本筋の通った信念に、自分の道を見出せる気がして。


「ちょっと!案内しなさい」

リタがカロルに叫ぶ。

「ボクっ!?え、ど、どこへ?」

「結界魔導器を直しに行くんです」

「ちょっとあんたらも!」

「それしかなさそうだな」

「はいはぁーい」

ユーリ達は再び、街の中へと走り出した。






カロルの案内で、結界魔導器の前までやって来ると、見張りだったのであろう男性が事切れていた。

「……手遅れです。なんてひどい……」

「ちょっとどいて」

リタが階段を駆け上がり、結界魔導器の操作盤を開いた。

「なんとかなるかも」

しかし彼女が作業に取り掛かろうとした瞬間、降って湧いたように現れた赤眼が襲いかかる。



「直させはせんぞ!」



「リタ、危ない!後ろ!」

ベティが赤眼の1人を、銃を撃った。



「ったく、ほんと次から次に!」

リタはあからさまにイラついた様子で、火の魔術の術式を展開させ、四人いた赤眼をなぎ倒してしまった。


「……ったく、結界壊すか、普通?」

「ますますキナ臭いったらないってばぁ」

「結界魔導器が消えたの、こいつらの仕業かよ」

「でも、どうして?」

エステルは消えた結界の光輪を見上げ、ぎゅっと手を組んだ。



「こっちも大変な騒ぎだったようだね」


フレンの声がして、皆が振り返った。


「なんだ、ドンの説得はもう諦めたのか?」

ユーリはニヤリと笑って、フレンからかうように言った。

「今は、やれることをやる。それで…結界魔導器の修復は?」

「天才魔導士様次第ってやつだ」

ユーリ達は、懸命に作業を続けているリタを見た。
頼みの綱は、天才魔導士しかいない。

「……魔核は残ってる。術式いじって、止めただけね。ん?この術式……エフミドの丘のと同じ……」

リタは独り言が多い。
それは多分、言いながら考えるタイプだから。

「魔物の襲撃と結界の消失。同時だったのは、ただの偶然じゃないよな?」

ユーリはフレンに向き直り言った。

「……おそらくは」

「おまえが来たってことは、帝国のごたごたと関係ありってわけか」

「わからない。だから確かめに来た」




「……それが、あれで、これが、こう!」

リタが声をあげた瞬間、空に輝く光輪が戻った。

「さすが、リタ!!」

エステルは感極まって、リタを抱きしめた。

「べ、べつにあたしは…ってちょっと離れなさいよ…」



「よし、外の魔物を一掃する!外なら文句を言うまい」

フレンは隊員達に向き直り、そう言うと、走り去って行った。
一体彼の任務とは、なんなのだろうか。

「あとはフレンに任せて、オレらはユニオンにバルボスの話を聞きにいくぞ」

「フレンのこと、信頼してるんですね、やっぱり」

「他が信頼できないだけの話だろ。比較の問題ってやつだな」

「ユーリの言うことは、難しいです」







「ん?なんだおまえたち…」

ユニオン本部へやって来たユーリ達を迎えたのは、不審者を見るような視線だった。
見慣れぬ一行では、見張りも不審に思う。

「ベティ!男が出来たって噂になってたぞ」

一行の中にベティの姿を見つけた門番は驚いて彼女に駆け寄る。

「んまぁ…それはいいんだけどぉ、ドンいる?」

「……ドンなら魔物の群れを追って街を出てったぞ」

彼はユーリをちらりと見て、ベティに視線を戻すと言った。

「魔物の群れを?」

カロルが言う。

「ああ、魔物の巣を潰すらしい。お前ら、見ない顔だな。どこのギルドだ?」

ユニオンに出入りしている人の顔は、彼が1番覚えている。当然の疑問だろう。

「どこって、どこでもないけど」

「まぁいい、悪いが出直してくれ」

ユーリのやや横柄な態度に、見張りの彼はますます不審がっていたが、ベティが居るのだから、何処の馬の骨でもいいのだ。

「……サンキュな」

「ああ」

しかしながら、彼がユーリを見る目は探るような視線だった。






「ったく……ベティのお陰で俺は、ダングレスト中から嫌われたみたいだよ」

ユーリはあからさまに大きなため息をついた。

「ノリノリだったくせに、よく言うわ」

リタが呆れた、と呟く。

「ま、人の噂も七十五日ってねん」

ベティはいたずらっぽく笑って、いつものようにひらりひらりと手を振った。

「ったく…お前は何考えてんだか」




「……ドンの手伝いをしたら、ドンに認めてもらえて……」


カロルは、うんうん、と頷きながら、確認するように呟いていた。

「しょうがねえな。街で情報を探るか」

「……え?手伝いに行かないの?」

カロルは拍子抜けしたように、ユーリを見上げる。
当然ドンの手伝いに行くものだと、思い込んでいたからだ。

「カロル先生は魔物の巣をしってるのぉ?」


「あ、そっか……」


俯いたカロルは、残念そうにきゅっと口を結んだ。



「あたし、ケーブ・モックの調査に行ってくる」

「そんな勝手に」

カロルの咎める声に「面倒な事はさっさと終わらせる」とリタは息を吐いた。
学術的興味を、植物にはそそられないらしい。

「それなら、エステルも一緒ってこと?」

「そうですね。……だいじょうぶですよ。ふたりでも、ちゃんとやれます」

「そうもいかねえだろ。なんかあったら、オレがフレンに殺される」

「いいの、ユーリ?」

「ま、有力な手掛かりもねえしな」

「なら、決まりですね」

彼らは次の行き先、ダングレストの更に西、ケーブ・モック大森林へと歩き出した。






「ケーブ・モック大森林とは。偶然ってあるもんだねえ」

紫の羽織をひらりと翻し、レイヴンは屋根から飛び降りた。
一行の動向を見守っていたのだが、歩き出した彼らに、頭を二三度かいてから、諦めたように彼も歩き出した。



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