満月と新月 | ナノ
満月と新月



歌姫のスキャンダル



ダングレストが近くなって来ると、あたりは黄昏時に変わってきた。
この辺りは、夜と夕焼けしかないらしい。


立派な橋を渡ると、ダングレストだ。

「ここがボクのふるさとだよ」

カロルは嬉しそうで、そして誇らしげに言った。
独特の雰囲気がある街は、ギルドらしい活気に溢れていた。

「ベティの故郷でもあるんですよね?」

「私は帝都出身よん」

「そうだったんです?」

「ずいぶんにぎやかなとこみたいだな」

ユーリがあたりを見回し言った。
夕暮れに似合わず、街はにぎやかだ。

「そりゃ、帝都に次ぐ第二の都市だし、なによりギルドが統治する街だからね」

「もっとじめじめした悪党の巣窟だと思ってたよ」

「それって、ギルドに対する偏見だよね」

「紅の絆傭兵団の印象が悪いせいですよ、きっと」

エステルの言葉も確かに頷ける。
ユーリにとっては、紅の絆傭兵団は悪党のそれに感じるからだ。


「さて、まずはバルボスだな」



「それなら、ユニオンに顔を出すべきねぇ」

「ユニオンとはギルドを束ねる集合組織で、5大ギルドによって運営されている、ですよね?」

「でも、いいわけ?紅の絆傭兵団って5大ギルドのひとつでしょ?」

リタは、あたししーらないとばかりに投げやりに言う。
5大ギルドということは、ユニオンの主力、統治する側なのだから、その心配は大きい。

「ってことは、ユニオンも敵に回るな」

「……それは、ドンに聞いてみないと」

苦笑いのカロルに、エステルは少しだけ不安を覚えた。
一体、ギルドとはどんなものなのだろう。

「そのドンってのが、ユニオンの親玉なんだな?」

「うん、5大ギルドの元首『天を射る矢』を束ねるドン・ホワイトホースだよ」

「天を射る矢…?なんかどっかで聞いたな…んじゃま、そのドンに会うか。カロル、案内頼む」

「ちょっとそんなに簡単に会うって……ってゆうかボク……?ベティのがいいんじゃ…」

「お願いします」

エステルはなんの疑いもなく、ぺこりと頭を下げた。

「…………ユニオンの本部は街の北側にあるよ」

カロルはベティを見るが、彼女はあからさまに視線をそらして誤魔化した。
腑に落ちない。





「ベティ!おかえり!」

突然、若い女性がベティに声をかけた。

「はぁいただいまぁ」

「ベティじゃないか!次のライヴはいつなんだい?」

今度はおじさんが言う。

「まだ決まってないよん」

「ベティ!あの話、考えてくれた?」

はたまた若い男が駆け寄ってきた。

「うん、後ろ向きに検討中」

「ベティちゃん!お帰りなさい!今日はいい酒入ってるよ」

お次は、おばさんに声をかけられる。

「後で飲みいくねん」

「ベティだぁー!遊んで遊んで!」

かと思えば、子ども達が集まる。

「今仕事中だから、後でねぇ」

「早くお歌うたってね!」

小さな女の子は、バイバイと可愛らしく手を振った。

街の中へと歩いていくと、次々にベティは声をかけられる。

「なんか、やっぱりベティって有名人なんだね…すごいや」

カロルが羨望の眼差しでベティを見る。
彼は、知名度や力を望みすぎるフシがある。
彼女の人気も、彼には憧れる要素のひとつらしい。

「そぉ?歩くだけでこんなに呼び止められたらうっとおしい」

リタが大きなため息をついた。

「でも、みなさんベティを慕っているのが伝わってきます」

「しっかし、ちゃんと応えるのもすげえな」



話しながらも進んでいたユーリ達だったが、広場で完全に呼び止められてしまった。



「ベティ!いつ帰ってきたんだー?!」



駆け寄ってきた赤い髪の青年が、いきなりベティに飛びつく。

「うわぁぉ!ちょっと!はーなーれーろー!」

ベティは彼をぐいぐい押すが離れない。
それを見て尽かさずユーリが、2人の間に割って入った。

「ユーリ?」

エステルは首を傾げる。
彼はぐいっとベティを抱きしめて、青年を睨む。

「何者だよ?」

ユーリは目線を逸らさず、ぐっとベティを引き寄せたままだ。

「なっ!お前こそなんなんだよ!」

青年も負けじと睨み返したが、やや押された様子だ。



「この人あたしのだぁりん」



ベティがユーリに擦り寄ると、彼に見せつけるようにキスをした。
これにはカロル達だけではなく、広場に居た大勢の人が驚く。

「ベティーーーーーー!!特定の男は作らないって言ってたじゃないかぁあああ!」

赤い髪の男は地面に崩れ落ちた。

「ごめんねクレイン、あたし黒髪が好きみたぁい」

ベティが艶っぽくユーリの髪を一房掴み、それにキスをした。

「あぁっ!!ベティーーーー!やめてくれぇ!俺には目の毒だぁ!」

クレインと呼ばれた男は泣きながら走り去った。
シーンと静まる周囲。
それをリタが騒がしいやつ…と呟いたのを皮切りに、急に辺りがざわつき始めた。


「ベティは黒髪が好きらしいぞ!」
「それより大変だ!ベティに男ができたぞ!」
「大変だぁ!ドンに報告しろー!」
「ダングレストの一大事だ!」
「ベティの男の顔を覚えろ!」

広場で一部始終を目撃した人が口々に叫ぶ。

「おいおい…勘弁してくれ…」

ユーリはベティに抗議の目線を向けたが、彼女は茶化すだけだった。

「あらぁ?今日から、嫉妬と羨望の眼差しで見られちゃうわねん。ダングレストの夜道には気をつけてん」

彼女はユーリの首に手を回して言う。
イタズラ心に満ちたその笑顔は、真意の読めない笑みに思えた。

「じゃ、これくらい見物人にサービスしねえとな」

そう言うと、ユーリはベティに激しく口付けた。

周りからは物凄い悲鳴が上がる。

「ちょっ!収集つかなくなるじゃないの!やめなさいよあんたら!」

リタは顔を真っ赤にして、キーっと頭をぐしゃぐしゃしながら地団駄を踏む。

「ユーリも、ベティも…ボクもうついていけない…」

カロルは既に心ここにあらず、明後日の方向を見ている。

「やっぱり…2人は…」

エステルはだけは複雑な顔をして、騒ぎの渦中である2人を見つめていた。




「ちょっと!騒いでないで散った散った!」



人混みを割って、スラリと背の高いグレーの髪の女性が駆けてくる。

「ほら散って散って!これ以上騒ぐとベティのライヴ中止にするわよ!」

女性が一喝すると、広場に集まった人々も散っていったが、噂は瞬く間に広がって行く。

「ベティ!さっきクレインが泣きながらスタジオに帰ってきたんだけど、この騒ぎが原因?」

女性はジト目でベティを睨むと、彼女の頭を小突いた。

「あ!あの人!夢歌の音のボス、リリだよ!」

カロルが興奮気味に言う。
ミーハーなのか、なんなのか。

「ではあの方も、音楽家なんですね!」

「リリちゃんこわぁい」

ベティは、さっとユーリの後ろに隠れて、茶化すように言った。

「ふーん、いい男じゃないの」

リリはユーリをまじまじと見て、それこそ、足の先から頭のてっぺんまで、記憶に焼き付けるように見回した。

「そりゃどーも」

肩を竦めたユーリに、彼女はヒヒっと意味深に笑う。

「あんた、ダングレストの夜道には気をつけなよ?」

「おいおいその話まじだったのかよ…」

「ベティ帰って来たならライヴ、お願いしたいんだけど」

「あーんだめぇ今たてこんでるからぁ」

「あら、そう…じゃあ用事済んだら声かけてよ、いつでもスタンバイしとくから!また旅に出る前に一回くらいいいでしょ?」

「おっけーい、また声かけるねん。そのかわり、クレインは演奏からハズしてねん。ライヴ中に泣き出されたら困るからぁ」

「あはは…ありえる…じゃぁまた返事まってるわ」

リリは、ヒラヒラッと手を振って戻って行った。



「すごい騒ぎになっちゃたね…」

カロルがユーリ達に駆け寄る。

「ベティ、いいのかよ。街中が俺が恋人って勘違いしてんぞ?」

「え?嘘なんです?」

「嘘も方便ってねん」

「バカっぽい……」


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