満月と新月
魔導師と姫様の我儘
次の日の朝、ユーリ達はエステルを見送る為に、結界魔導器のそばに集まっていた。
ギルドを作るべく、ダングレストへ行くというユーリとカロル。
待っても一行に来ないエステルの迎えに、リタはせわしなくパタパタと足を動かし始め「遅いわね、来ないじゃない」と不機嫌そうに呟いた。
「このままダングレストについてくる?」
むかえが来ないのをいい事に、カロルはエステルにそう言った。
「そうですね。そうしてもいいです?」
「カロル、お姫様をたぶらかすな」
「勝手をされては困ります。もう帝都にお戻りいただかないと」
そんな戯れを遮ったのは、アレクセイ騎士団長だった。
クロームと共に、こちらに歩いて来る。
「フレンは任務がありすでに旅立った。さて、リタ・モルディオ、君には昨日の魔導器の暴走の件で、調査を依頼したい」
彼はリタに言ったが、それはまるでお願いではなく、部下への命令のようだった。
それもそのはず、魔導士は帝国に協力するのがあたりまえだからだ。
「……無理。あの子、今朝少しみたけど、結局何もわからなかったわ」
しかし彼女はふいっと顔を逸らした。
「いや、ケーブ・モック大森林に行ってもらいたい」
「……ケーブ・モック大森林か。暴走のときの植物の感じ、あの森にそっくりだったかも」
カロルが口を挟むと、アレクセイはそれに頷いて言葉を続けた。
「最近、森の木々に異常や魔物の大量発生、それに凶暴化が報告されている。帝都に使者を送ったが、優秀な魔導士の派遣にはまだまだ時間を要する」
「植物は管轄外なんだけど?」
リタは至極嫌そうだ。
「エアル関連と考えれば、管轄外でもないはずだ」
「あたしは……エステルが戻るなら、一緒に帝都に行きたい」
あまりに唐突に吐かれた言葉に「え?」っとエステルは、リタを見る。
その表情は花が咲いたように、パッと明るさに満ちていた。
「君は、帝国直属の魔導器研究所の研究員だ。我々からの仕事を請け負うのは君たちの義務だ」
アレクセイは眉を寄せた。
それもそのはず、魔導士がアスピオで研究ができるのは、帝国の機関で予算を割いているからだ。
「あ…え、えっと……それじゃあ、わたしがその森に一緒に行きます」
「姫様、あまり無理をおっしゃらないでいただきたい」
アレクセイは、少しだけ不機嫌さを見せたかに思えた。
「わたしの治癒術も役に立つはずです」
「それは、確かに……」
「お願いです、アレクセイ!わたしにも手伝わせてください」
「しかし、危険なところに姫様を行かせるわけには」
「それなら……ユーリ、一緒に行きませんか?」
エステルは期待いっぱいでユーリを見た。
まったく、お姫様のわがままは怖い。
「え?俺が?」
まさに青天の霹靂。
ユーリは目をくりくりさせた。
「それなら、かまいませんよね?アレクセイ」
「青年、姫様の護衛をお願いする。一度は騎士団の門を叩いた君を見込んでの頼みだ」
「……勝手に見込んで押し付けやがって」
「承諾と受け取ってもかまわないようだな」
「ただし、オレにも用事がある。行くのはダングレストの後だ」
「致し方あるまい」
「閣下……」
意味ありげに、クロームはアレクセイに疑問の声を投げかけた。
「この結果を、フレンは予期していたようだな」
「フレンがどうしたって?」
「『エステリーゼ様を頼む』フレンからの伝言だ」
「よし、じゃあ、ひとまずダングレストだね」
カロルが嬉しそうにそう言って、一行は歩き出す。
ベティを除いて。
「なにたくらんでんのぉ?厄介払い?」
彼女はアレクセイを睨んだ。
「姫様をよろしく頼む」
けれど彼の感情は読めない。
ベティは、問い詰めようと息を吸ったが、そのまま何も言わずにユーリ達を追いかけた。
「君にやってもらう仕事ができた」
ベティ達が見えなくなると、奥に隠れていたシュヴァーンに、アレクセイが声をかけた。