満月と新月 | ナノ
満月と新月



竜使いの狙い



次の日ベティ達の部屋を訪れたユーリ。

昨日と同じようにノックをすれば、今度はリタの声が返ってきた。

「……はいって」



「目、覚めたか、よかったな。ベティは……まだ起きねぇのな」

そう言ってユーリは心配そうにベティの寝顔を覗き込んだ。
苦しそうに眉を寄せて眠っている。


そして一方のエステルは、予想通りぱたりとベッドに上半身を沈めていた。


「ったく倒れる前に言えって言ったのに」

「言っても聞かないことくらい、わかってたでしょ」


リタは無表情にベッドの上で彼女を見つめて、何事か少し思案してから再び口を開いた。

「あのさ、エステリーゼとベティってあたしをどう思ってると思う?」

そんな彼女の問いに、ユーリがものすごい顔をしたまま返事をしないので、彼女は少しムッとした様子で「何て顔してんのよ」と彼を睨んだ。



「誰にどう見られてるかなんて気にしてないと思ってた」


「も、もういいわよ。あっち行って」

顔を赤らめてそっぽ向くリタに、ユーリはやれやれと肩を竦める。

「術式なんぞより、こいつは難しくないぜ。ベティは難解だけどな」

ベティはきっとまだ心を開いてくれていない。
ユーリはそれがどうしても悔しくて、小さくため息をついた
こんなにも誰かのすべてを欲しいと思ったことは、今まで一度だってないのに、ベティには酷く固執している自分がいる。



「ふむぅ……あれ?」

眠そうに目をこすりながら、エステルはのっそりと起き上がった。

「リタ!目が覚めたんですね!」

ベッドの上で半身を起こしている姿を見て、彼女は嬉しそうに微笑んだ。

「あ、でも油断したらだめですよ!治ったと思った頃が危ないんです」

そしてまた彼女に治癒術をかける。



「もう、大丈夫だから。それに魔導器使うフリ、もうやめていいよ」

リタはそう言ってゆるく笑った。

「な、何のことです?」

エステルは一応ごまかそうはしたものの、少し無理があるようだ。

「魔導器なくても、治癒術使えるなんてすげえよな」

「ど、どうしてそれを……」

たじろぐエステルにリタが何か言おうとしたが、突然何かの甲高い鳴き声が聞こえ、大きく開いたバルコニーの向こうに、竜使いが現れた。


「なんだ?」

ユーリが素早く剣を構える。

「あ、バカドラ!」

リタが怒鳴った次の瞬間、竜が大きく振りかぶって火をはいた。


エステルがとっさにリタを庇い、ユーリが防ごうと向かっていくが、背後から大きな水の玉が飛んできて、竜が吐いた火の玉にぶつかり打ち消し合う。

もわもわと水蒸気が立ち込める混乱の中、何が起きたかわからないままエステルはリタに声をかけた。

「リタ、だいじょうぶですか?」

「もう、あんたって子は……」

飽きれてため息をつく彼女だったが、その視線は向こうのベッドから飛び起きた人物に向けられた。

ベティだ。

彼女は裸足でバルコニーに飛び出すと、突然の襲撃に怒った様子で来訪者に怒鳴りつけた。


「なんで!どうして!もう時間がないってこと?!」



じいっと見つめあう2人。
硬直するかに思えた空気を破ったのは、意外にもカロルだった。

「なんかすごい音がしたけどどうしたの……って、うわあっ!?」

彼はリタが癇癪でも起こしたのかと部屋の様子をうかがいにきたのだが、竜使いの姿に後ずさる。


しばらくベティと対峙していた竜使いだったが、ひらりと空中で身を翻して飛び去ってしまった。




「な、なんだったの、あれ?」

カロルがそう言ってリタやユーリを見るのだが、何だったのかは誰もわからない。
ベティは、ずっと竜使いが去った方向を難しい顔で見つめていて、声もかけにくい。



「もう!大事な話の途中だったのに」

「この話はとりあえず、ここまでな」

「別にいいわよ。あたしはだいたい理解したし。
それより、あんた!今の詠唱破棄よね?
エアルの調整といい、ほんとに何者よ!」


リタがなおもバルコニーに佇むベティに言った。
彼女はくるりと振り返ると、ベッドに戻りブーツを履く。

「あたしの力はエステルと似たようなものよ」

「似たようなって…どういうこと?」

「それ以上説明出来る、ちょうどいい言葉をあたしは知らないわ、ごめんなさい」

ベティは剣と銃をいつものように納め、部屋を出て行こうとする。

「どこいくんだ?」

それをユーリが引き止めるが「すぐ戻るわ」と彼女は見向きもせずに出て行ってしまった。




「あぁ!もうっ!やっぱあいつわかんない!」

「ベティ、ずいぶん焦ってました…どうしたんでしょう…?」

「まぁ、ゆっくり休もうぜ。色々混乱してんだろ」

「……ちょっと、ボクだけ仲間はずれ?何のことだよ、教えてよ!!」








宿屋を後にしたベティは、騎士団の絶壁の石壁を登っていた。
わずかな隙間に手や足をかけて器用に登っていくのだが、足を踏み外そうものなら悲惨な結果になってしまいそうだ。

彼女の目指す部屋は、アレクセイのそばに居たクリティア族の女性、クロームのところだ。

お目当ての場所までたどり着いた彼女は、そーっと窓の外から中を伺う。
どうやらクローム1人のようだ。
ベティはひょいっと足をかけ中に入った。



「来ましたね」

静かな声が響く。

「来るってわかってたんなら、下で待っててよ。あたしは飛べないんだから」

ベティは大袈裟に肩を竦めてみせるが、クロームは悪びれる様子もなく言った。

「アレクセイに気取られる訳にはいきませんからね」



「例のクリティアの子、エステルを狙ってきたわ。彼女は魔導器専門だと思ったけど」

「盟主の判断です」

クロームは静かに目を伏せる。
どこまでも凪いだその雰囲気に、嫌気が差す。


「だったら、今ごろ怒って怒鳴り込みに向かってるわね」

ベティは大仰にため息をついて、それからじいっとクロームを見つめ言う。

「ねぇ、もうそんなに迫ってるの?」


「………もちろん時は尽きつつあります」

「でも、彼女を今すぐどーこーしなきゃいけない程じゃないのよね?」

「盟主のお考えは、すぐに、とのことでした」

「そう………わかったありがとう」

ベティは諦めた様子で手を振って、登ってきた窓にひょいっと足をかけた。


「あの人が、あなたの事を心配していましたよ」

その背中に言葉を投げかけたクローム。
けれどそれは、ベティの耳をするりと抜けて、心のどこにも引っかからなかったようだ。

「……逆だって伝えておいて」

彼女はそう返事をすると、そのまま窓から出て行った。






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