満月と新月 | ナノ
満月と新月



雨の日の真実



「お前に聞きたいことあんだけど」

宿屋の前でユーリはベティに向き直る。
難しい顔でこちらを見る彼を、彼女は躱すようにクスクスと笑う。


「女の子に何かをたずねる時は、もっと優しく聞かなくちゃだめよん」


「茶化すな。お前は色々と、隠し事が多すぎんだよ」


「えー?なにかあったぁ?ティソンの事でも気になるのん?」


「あいつもだけど、いいよそれは。大体想像つく。騎士団長とはどんな繋がりだよ」



「あの人も、あたしを抱いた男の1人ねん」

こんな事知ってどうするの?と彼女は肩を竦める。


「っち…随分手広いじゃねえか、どーなったらそんな年の離れた、おまけに騎士団長とイイ関係になるんだよ」

「素敵な男性には抱かれるタチなのん。寂しがりやだからぁ」

「答えになってねぇよ」

ベティは張り付いたような笑みで、ニコニコと笑って何も答えない。
ユーリはもういいや、と首を振った。



「雨が降るとなんであんな辛そうなんだ?」



「さぁ?言ったわよねん、眠くなるって。倒れて迷惑かけちゃったから、悪いと思ってるわよん」

ベティはトン、とヘリオードの重厚な壁にもたれ掛かる。
ひやり、と冷たい温度が背中に伝わるのがわかる。



「なんか理由あんだろ?言えよ」


理由がないならば、あの震え方はどう考えてもおかしい、と彼は引き下がらない。


「この辺りはよく雨が降るから嫌よねぇ」


ユーリはじっとベティを見つめて答えを求める。

彼女はこれ以上黙っていても、彼は納得しないだろう、と思い出すように目を伏せる。





「………ナイレンが死んだと聞かされた日を思い出すから」



そう言った彼女の瞳は、冷たく、沼の底のように暗くよどんでいた。


「ナイ…レン…?」


ユーリは驚き、目を見開く。
久しく聞いてはいないその名前に、言わせてはいけない事を、彼女の口から言わせてしまったのかもしれない。


「ユーリの武醒魔導器みて、すぐにナイレンの物だと気がついたわ」


ベティは背中を反らせて空を仰いだ。
今日は天気もいいようだ。


ユーリは何も言えずに彼女を見つめた。
焦るような気持ちを、自らの中で抑えながら。


「大切に、使ってくれているのね」


彼女はこちらに向き直ると、優しく刹那げに笑った。
その瞳はユーリを通り抜けて、今は亡きナイレンを見ていたようにおもう。


「おまっ……」


ユーリは思わずベティに手を伸ばす。

「ナイレンの名誉の為に言っておくけど、彼とは寝ていないわよ?」

彼女は困った顔で笑う。

「あーあ。今日は嫌な日ね、雨で倒れるし、アレクセイにもユーリにもナイレンの話をされるし」

一瞬だけ彼女が泣きそうな顔をしたような気がした。
だがすぐに彼女はユーリに背を向けた。




「質問タイムは終わりね。悪いけど先に宿で休むわ」



去って行く彼女に文字ひとつとしてかける言葉が見つからず、ユーリは何も言えずに華奢なその背を見送った。




ユーリはしばらくその場に根が張ったように佇んでいたが、気持ちを切り替えて宿へと歩き出した。

"ナイレン隊長"
このワードを、フレンは知っていたのだろうか?

ただ、ベティがユーリにはわからない、何かしらの暗い種を抱えている事だけはよくわかった。
彼女を理解するには、まだ時間がかかるらしい。

もっとも、彼女の気まぐれさでは、どこまで一緒にいられるかわからないが。




「待つのであ〜る!」


アデコールが、考え事をしていたユーリの前に立ち塞がる。

「待つのだ!」

ボッコスも出てきた。



「何だ、デコボコじゃねーか」


「デコボコ言うな〜!」

ボッコスが地団太を踏んだ。

こちらの出来事など知る由も無い彼らに、ユーリは少しだけ嬉しくなった。

「まだ何か用か?」

「いくらヨーデル殿下直々の恩赦でも貴様が罪を犯した事実、変わらないのであ〜る!」

「それは騎士団の正義として見逃しがたいことなのだ!」

「ユーリ・ローウェル!ここで我々と正々堂々と戦うであ〜る!」

「我々に勝てば、貴様の無罪認めよう!」



「無茶苦茶言ってんな。いつからおまえら、人の罪の有無決められるほど偉くなったんだ?」



「いざ勝負を!」

アデコールが剣を構えた。

「勝負だ!」

ボッコスも続く。



「……それでおまえらの気がすむなら、相手してやんよ」

ユーリはため息をついた。
なんだかんだ、下町を離れてみると、こういうのも悪くはない。

「いい覚悟だ!ついてこい!」

ボッコス達の決闘を受けるべく、彼は街の外へと歩き出した。









ユーリは宿屋のロビーに居るリタとカロルを見つけ、ひらりと手を上げた。

デコボココンビとの決闘は言わずもがな、勝利だ。

ベティとの話で、混乱していた頭を冷やすのに、丁度いい運動になった。


「あれ?あんたエステリーゼに会えたの?」


リタがユーリに聞く。

「いや……でも、今日は疲れてるだろうから、そっとしといてやろうぜ。話するのは明日でもいいだろ」

「そっか、じゃボクたちも部屋行こっか」



「リタ、ベティ見なかったか?」

「あぁなんか今日は疲れたから、1人で寝るって。勝手なもんよ」

リタはまったくもう、とため息をついた。

「ふーん、なるほどね」








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