満月と新月 | ナノ
満月と新月



騎士団長とベティの過去



ベティは1人、騎士団の詰所に戻った。

見張りの騎士も居なくなっていて、誰もいないと、静かなものだ。

彼女はノックもせずに奥の扉を開ける。
安っぽい扉は少し立て付けが悪いようだ。



「礼儀作法は一通り教えたはずだが?」


部屋の中からは、低い声が返ってきた。

「お生憎様、もう忘れちゃったみたぁい。昔の事すぎて」

ベティは後ろ手に扉を閉める。
声の主は目的通りの人物だった。

「そんな男を誘うような服装はやめたらどうだね?」

奥のソファに腰掛けているのはアレクセイだ。
彼もまた、ベティがここへ来るとわかっていたようだ。


「あたしがどんな服を着ようが、騎士団長様にはあまり関わりのないことだと思うけどぉ」

彼女はゆっくりとアレクセイに歩み寄る。

「今度のお相手はユーリ・ローウェルか?」

彼は不満そうに眉を寄せた。
わざとおちゃらけているベティの態度も気に食わないようだ。

「一緒に居るだけなのに、そんな風に見られたら困るわねん」

彼女はいたずらっぽく笑うと、アレクセイの首に手を回し、すとんと彼の膝の上に座った。

「騎士達を悪戯に弄ぶのは、私への当て付けか?」

アレクセイはベティの顎を持ち上げた。
この人が未婚である理由は、帝国への真っ直ぐすぎる想いが全てだからだろう。

「なんのことかしらぁ?」

「フレンという騎士にも、抱かれただろう」

「おかしいわねん、誰かに話した覚えはないわよん」

「君が城に出入りしているのはわかっている。もちろん、彼以外の騎士と寝ていることもな」

「騎士団長様はそんなことを気になさるほど、お暇だったかしらぁ?」

ベティはアレクセイの手を握り、低い声で言葉を続けた。




「それに、あたし、くだらない男とは寝ないの」



アレクセイは誘われるように、そんな彼女に口付けた。
冷たい彼の唇が、ふれてはすぐに離れる。

「こんなことをする為に、人払いをしたのかしら?」

「ナイレンの事、まだ怒っているのか?」

ベティはぱっと彼から離れ、数歩下がった。
まるで急に壁を隔てたかのように。



「冗談………怒ってないわ。許さないけれど」



彼女が冷めた目でアレクセイを見つめたので、彼はひどく悲しそうにその瞳を見つめ返した。

「あなたを恨んだってしかたがないわ。それに……ナイレンはそれを望まない」



「ベティ……君は…まだ「ラゴウはどうするの?」


彼女は聞きたく無い、と彼の言葉を遮る。



「評議会にはまだ、手を出せぬ……」

アレクセイは呻くように呟く。
こう言えば、ベティに責められるとわかっていながらも。


「そう。まぁ期待もしてないけど」


そう言って、引き止める間もなく詰め所を出て行くベティ。


「ベティ…」

アレクセイのもの悲しい声が、静かな部屋に響く。

どうしてここまで距離が生まれてしまったのだろうか。








「なんだ、ご両人 やっぱ居たのかよ」

ユーリは、広場を過ぎたところでフレンとヨーデルを見かけ、声をかける。

「ユーリ、口の利き方が失礼だ。せっかくご厚意で罪を全部白紙にしてくださったのに」

フレンは気軽に口をきく彼を咎めた。
どうころんでも、ヨーデルは皇帝候補なのだから。
もっとも、彼にそんな礼儀を求めても無理だとわかっていたが。



「いいんですよ、私とエステリーゼで勝手にやったことですから」


ヨーデルはいつものようににっこりと笑う。



「ヨーデル殿下のお計らい、感謝致しますわん」


サラリと髪を揺らしてベティが歩いてきたので、ユーリは彼女に振り返る。
余裕たっぷりの笑みが、余計に無理をしているように見えるのだが、彼女はそんなことはおくびにも出さずに、いつもの調子。


「騎士団長様との密会はおわったのかよ?」


そう言ったユーリは、酷く無表情だった。
自分でもわかっていたが、きっとそれはベティの事を知らなすぎる事への拗ねた気持ちの表れだ。


「あらぁ?なんのことぉ?」

ベティは片目を瞑って、わかんないわ、と手をヒラヒラさせる。



「別にいいけどよ……」


これ以上の事を聞いても、彼女はユーリには何も話さないだろう。
彼女からの信頼を勝ち取るのは、とても難しい事だとわかっていたはずだ。




「2人ともエステリーゼ様のことは、もう聞いてるみたいだな」


「ああ」

ユーリが頷く。

「ユーリ達と一緒に居るほうがエステリーゼ様のためになると思ったんだが……」

「私と居たらイケナイ遊びを教えちゃうかもよん」

「ベティ……ヨーデル様の前でやめないか。それに冗談に聞こえないよ……」


「ははは…皇族がむやみに出歩くものではありませんからね」

「あんたが言っても説得力ねえよ」

ユーリは深々とため息をついた。
こんなところでふらふらしているのは、ヨーデルも同じなのだから。

「はは、面目ない。けど、特に今は皇族の問題を表沙汰にする時期ではありません。今は意見が二つに分かれ、騎士団と評議会でもめています」

「殿下!」

フレンが声を荒げた。
内情を市民に話すなど、考えられない事だ。

「今さら隠せるものでもないよ。騎士団は私を次の皇帝に、と推してくれていて、エステリーゼは、評議会の後ろ盾を受けています」


「それで、エステルは騎士団の手により城内に幽閉、仕返しにラゴウが殿下をさらったってとこかしらねん?」


「お恥ずかしながらまさにその通りです」

ヨーデルは力無く笑った。

「ほんとにお姫様なんだな」

ユーリがしみじみと呟き、1人頷く。


「ええ、遠縁ですが、エステリーゼは皇族です」


「ユーリ、ベティ、これは、その……」

「オレの知り合いに、こんな情報ほしがる変人いねえよ」

「あたしも特に興味なぁい」

「んじゃ、オレ、このまま宿屋で休んでくっから。ほらベティも行くぞ」

ユーリはそう言って強引にベティの手を引く。

「殿下まったねぇ」

彼女は手を引かれながら、ヒラヒラと無邪気に手を振ってきたので、ヨーデルもにっこり笑って振り返す。



「フレンは素敵な友人を持っているんだね」

ヨーデルはフレン向き直り笑った。







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