満月と新月 | ナノ
満月と新月



罪は白紙に



カルボクラムの出入り口まで戻ると、いきなりラピードがグルル、と呻いて何かに威嚇し始めた。




「ようやく見つけたよ、愚民ども。そこで止まりな」


趣味の悪い紫とピンクの鎧を着て、長く青い髪をオールバックにした気色の悪い男が立ちふさがる。
キュモール隊、隊長キュモールだ。



「わざわざこんなとこまで、暇な下っ端どもだな」

ユーリはバカにしたように笑う。

「くっ……キミに下っ端呼ばわりされる筋合いはないね。さ、姫様、こ・ち・ら・へ」

手を差し出して笑うキュモール。

「え、姫様って……誰?」

カロルがどこにお姫様が?とキョロキョロとあたりを見回す。




「目の前にいるだろ」


ユーリがエステルに視線を向けた。


「え……ユ、ユーリ、どうして、それを……?」


彼女は驚きに目を白黒させて、口元を押さえた。


「え……エステルが……姫様?」


「やっぱり。そうじゃないかと思ってた」

リタははあーーと長くため息をついた。
ある程度予想の範囲だったが、やはりエステルは誰にも気がつかれてはいないと思っていたようだ。

ただの貴族にしては合点がいかない事が多すぎる。


「え、リタも……?」

エステルは不安げにリタを見た。

「ちょ、ちょっとそんな……」

あたりまえでしょ、と言わんばかりの彼女の表情にカロルはあんぐりと口を開けた。



「……彼らをどうするのですか?」


エステルがキュモールに二、三歩歩み寄る。



「決まってます。姫様誘拐の罪で八つ裂きです」

「違います!わたしは誘拐されたのではなくて……」

「あ〜、うるさい姫様だね!」

キュモールがエステルの腕をぐいっとぴっぱった。
取り付くシマもない、とはまたこの事だ。

心配そうに声を上げ、エステルを呼ぶカロルに、キュモールは吐き捨てるように言う。


「ハエはそこで死んじゃえ!」


そう言って、彼がユーリ達を指差した瞬間……


「ユーリ・ローウェルとその一味を罪人として捕縛せよ!」


ハキハキとしたルブランの声が響いた。
この状況では助け舟のように思える。



「げっ……貴様ら、シュヴァーン隊……!」

キュモールはたじろいで、エステルの手を離した。

「待ちなよ!こいつは僕の見つけた獲物だ!渡さんぞ!」

強がって見せるキュモールだが、シュヴァーン隊の隊員たちがユーリたちを取り囲む。


「獲物、ですか。狩り気分で任務をやられては困りますな」

「ぐっ……」


ルブランに最もなことを言われ、キュモールは言葉を返せない。
口が過ぎたようだ。



「それに、死ね、と聞こえたのですが……」

「そうだよ、犯罪者に死の咎を与えて何が悪い?」

開き直って見せる彼に、ルブランはやれやれ、と首を振った。


「犯罪者は捕まえて法の下で裁くべきでは?」


「……ふん……そんな小物、おまえらにくれてやるよ」

キュモールのその言葉は、負け惜しみでしかない。


「シュヴァーンといい、フレンといい、貴族でもないくせに偉そうに……これというのも、あの騎士団長が……」


ぶつぶつと小言を垂れながら、その場を去ってゆく。
キュモール隊の騎士達も、慌ててそれを追いかけた。


「ささ、どうぞ、姫様こちらへ 。あ、お足元にお気をつけて……」

エステルをエスコートする様に進行方向へ手を差し出した。


「あの、わたし……」

「こちらへどーぞ!」

エステルが何かいいかけるが、ボッコスに連れられて行く。



「こやつらをシュヴァーン隊長の名の下に逮捕せよ!」


ルブランがよく通る声で叫ぶ。


「ユーリ一味!おとなしくお縄をちょうだいするであ〜る!」

アデコールが大義名分、とばかりにユーリ達を捕らえる。


「一味って何よ!なにすんのよ!あたしを誰だと……」

リタは納得がいかない、と暴れた。
何せ自分はアスピオの魔導士で、エステルをさらったのはユーリなのだ。

「ボ、ボクも何もやってないのに!」

カロルも頭を抱えた。
まさかこんなところで姫様誘拐の犯人にされてしまうとは、まだ先のある人生、これではお先真っ暗だ。



「彼らに乱暴しないでください!お願いです……!」


「エステル心配すんな」


ユーリが諭すように言った。


「ユーリ……!」


「いいから、きりきり歩くのであ〜る!」


アデコールはベティを抱えたままのユーリを引っ張る。


「いてっ、引っ張るなよ……!」


「シュヴァーン隊長、不届き者を、ヘリオードへ連行します」

ルブランが建物の上に立っていたシュヴァーン隊長に騎士の敬礼をした。
彼の顔はここからは見えないが、余裕たっぷりに彼はひらりと手を上げた。


「全員、しゅっぱ〜つ!」



ルブランは意気揚々と声を張り上げてカルボクラムを後にする。
 








「続けて18番目の罪状を確認する」

ルブランがユーリに言う。



「はい、どうぞ」

ユーリはため息混じりに返事を返した。

「滞納された税の徴収に来た騎士を、川に落としたのは間違いないな?」

「ああ、あれ、デコだっけ?」

「そうだ!おまえのせいで私は風邪をひいて、三日間寝込んだのであ〜る」

アデコールが声を張り上げる。


「ひ弱だねぇ訓練が足りないんじゃなぁい?」

ベティがユーリの肩に頭をのせたまま、気だるそうに言う。



ここ、新興都市ヘリオードは雨がやんでいて、ベティもすっかりいつもの調子だ。

狭いソファに四人で無理やり座らされて、延々と罪状の確認をしているせいで、リタはあからさまにイライラしているし、カロルはすっかり怯えて元々小さいのにさらに小さくなっている。



「……で、まだあんの?飽きてきたんだけど」



「……ボク、これからどうなっちゃうんだろう」


カロルはますます俯いた。



「反省の色はなし……と」

ボッコスは嬉しそうに調書に書き込む。


「そういや、おまえらんとこの何もしない隊長はどうした?」

「偉いからってサボりでしょ」

リタがバカにしたように言うと、ルブランはいきなり立ち上がって声を張り上げた。

「我等が隊長を愚弄するか!シュヴァーン隊長は、10年前のあの大戦を戦い抜いた英傑だぞ」

「ああ、声大きいわよ〜」

ベティはうえっと舌を出した。

「ま、あたしらなんて小物どうでもいいってことね」

リタはぷいっと顔を背けた。



「ええーい!次の罪状確認をするのであ〜る」


アデコールが再び調書をめくる。



しかし、突然ノックの音がして、扉が開く。

入ってきたのは他の騎士とは明らかに違う、高価な鎧に身を包んだ、騎士団長アレクセイ。
そしてクリティア族の女性だ。側近なのだろう。



「ア、アレクセイ騎士団長閣下!」



ルブランたちは、立ち上がり騎士の敬礼をする。

「アレクセイ……なんで」

ユーリも立ち上がったので、ベティががくりと頭をもたげた。



「エステリーゼ様、ヨーデル様、両殿下のお計らいで君達の罪は全て赦免された」



「な、なんですとぉっ!凶悪な犯罪者で……!」


ルブランは認められない、と声を張り上げた。

「ヨーデル様の救出並びに、エステリーゼ様の護衛、騎士団として礼を言おう」

アレクセイの視線はちらりとベティを捉えたように見えた。
彼女はそちらに見向きもせず、つまらなそうに自身の髪をくるくると遊んでいる。




「こちらを……」

クリティア族の女性が、お金が入っていると思しき袋を差し出した。

「騎士団のためじゃねえ。そんなもん、いらねえよ」

ユーリはムッとした様子でそれを突っぱねた。


「そうか」


アレクセイも予想の範囲内だったようで、存外あっさりと引き下がった。

「それより、エステルは……」

「姫様には帝都に戻る旨、ご承諾いただいた」

ユーリの言葉を皆まで聞く前に、アレクセイは返事を返した。


「えっ!……あ、でも、仕方ないか」

エステルが帰るという旨の内容に、カロルは俯く。
さみしいのだろう。

「宿でお待ちいただいている。顔を見せてあげてほしい」










「エステル、帰っちゃうんだね」

カロルはぽつりと呟く。

ユーリ達はやっと騎士団から開放され、ヘリオードの街の空気をまともに吸う事ができた。


「あんた、これでいいの?」


「なんでオレ?それより、ここはどこなんだ?」

「新興都市ヘリオードだよ。トリム港とダングレストの間だね。
まだ新しい街なんだ、東に行けばさっきいたカルボクラム、西に抜けて行くとダングレストだよ」

「ふ〜ん、少し街の中も見て回るか」

ユーリは縮こまった身体を伸ばして、街中へと歩き出す。


「……あたしは好きにさせてもらうわ」

「あたしもちょっと用事思い出したぁ」

リタは街の中心部へと歩き始め、ベティも踵を返した。



「ボクは……どうしようかな」

カロルはその場に1人取り残されて、心細そうに俯いた。







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