満月と新月 | ナノ
満月と新月



カロルとナン



トリム港を後にして、北西の廃墟カルボクラムへとユーリ達は歩く。

しとしと降りだした雨をよける様にベティはフードをかぶった。
雨の日はどうしても好きになれない。
冷え始めた身体は、嫌でも彼女の思考を奪っていく。



地震で滅んだ。
カロルはそう言っていたが、辿り着いた街の崩れた建物は、ただ風化したようにしか見えない。

「完璧に廃墟だな」


「こんなところに誰が、なにしに、来るっていうのよ」


リタはため息をはく。
うっとおしい雨も、あきらかに何もなさそうな廃墟の街も、全部が彼女を嫌にさせる要素を含んでいたのだ。


カロルは様子を伺うようにユーリを見たが、突然響いた少女の声にすぐに視線を声が聞こえた方へと移した。



「そこで止まれ!当地区は我ら『魔狩りの剣』により現在、完全封鎖中にある」


その少女は大きな半月型の武器を背中に携えていた。

「これは無力な部外者に被害を及ぼさないための措置だ」

可愛らしい見た目に反して、物言いはかなり驕慢だ。



「ナン!」



カロルは少女の立っている建物のそばまで駆け寄る。

「よかった、やっと追いついたよ」

ナンと呼ばれた少女は、黙ったまま彼を冷たい目で見下ろして何も言わない。


「首領やティソンも一緒?ボクがいなくて大丈夫だった?」

少しいい格好をしたかったのかもしれない。
だがそんな彼の態度が、ナンの嫌悪感をますます煽ったようで、冷たい返事が返ってきた。


「なれなれしく話し掛けてこないで」


「冷たいな。少しはぐれただけなのに」

「少しはぐれた?よくそんなウソが言える!逃げ出したくせに!」

「逃げ出してなんていないよ!」

悲しい事に、ナンはカロルの話に聞く耳を持たない。
そうさせるだけの何かがあったのであろう事は、ユーリたちにも容易に想像ができた。

「せっかく魔狩りの剣に誘ってあげたのに……
今度は絶対に逃げないって言ったのはどこの誰よ!
昔からいっつもそう!すぐに逃げ出して、どこのギルドも追い出されて……」

「わあああああっ!わああああああっ!」

彼女の話を遮ろうと、カロルは慌てて声を上げた。
それに軽蔑の眼差しで見下ろす彼女には、最早取り付くシマもない。

「……ふん!もう、あんたクビよ!」

「ま、待ってよ!」


「魔狩りの剣より忠告する!速やかに当地区より立ち去れ!
従わぬ場合、我々はあなた方の命を保障しない」

凛とそう言い、ナンはくるりと踵を返す。


「ナン!」

カロルの声には見向きもせずに、その背はすぐに見えなくなった。


エステルが、何とも言えない顔でそんな彼をみつめるので、カロルにとっては気まずい空気が流れてしまった。

「なんで魔狩りの剣とやらがここにいんだろうな」

特にそれを気にした様子もないユーリ。
紅の絆傭兵団ではなく魔狩りの剣に出会ったと言う事は、おそらくここで紅の絆傭兵団への手がかりは掴めないかもしれない、と廃墟の街を見つめた。


「魔物を狩る以外に、あいつらに大した目的なんかないわよぉ」

ベティはそう言って笑うが、顔色が悪いようだ。
フードでうまく隠れているが、ユーリだけはそれに気がついているようだ。



迷うような空気を無視して、リタはスタスタと街に入って行く。


「リタ、待ってください。女の子の言っていた事、忘れたんですか?」
「入っちゃだめとは言ってなかったでしょ?」
「で、でも命の保障をしないって……」


「あたしが、あんなガキに、どうにかされるとでも?ありえないわ」


「ま、奥を調べてみようぜ」

リタ、エステル、カロルと歩き出す。

ベティの横には当たり前のようにラピードが寄り添った。


「お前、雨が降るとどうも顔色が悪くなるな。平気か?」

ユーリは、体温を確かめようとベティの額に手を添えた。


「雨は苦手なのよん。眠くてさぁ」

本当はベッドで寝てたいなぁと呟き、彼女も歩き出した。







「なんの魔導器だろ……?」

カロルが大型の魔導器を見つけて手を触れる。

「ちょっと、触らないで」

リタがイラついた様子で言ったので、彼はすっと手を引っ込めた。


「なるほどね……転送魔導器の一種みたい。
起動は……っと……あれ……?」

「どうした?」


「……起動スイッチがないの。
魔核はちゃんとあるし、魔核の脱着でなんとかするわけでもないみたい」

「街のどっかにまとめて管理してるシステムがあるのかもねん」

ベティは力なく言う。
一括制御の魔導器とは、かなり珍しい。

「そうね……これの他にも同じ魔導器がここにあるとしたら、一括して管理する装置があるのかも」

「なんだ、じゃあ動かねえのか。残念」

「え……何が残念なの?」

「いや、なんか面白そうだなと思って」

「魔導器はオモチャじゃないの」

軽んじたユーリの発言に、リタはむっと眉を寄せる。

「その管理装置を探し出せばいいんじゃないですか?」

「そうね……」

「見つかりゃいいけどな」





仕方がないので、転送魔導器は無視し、通れそうなところを奥へと進んで行く。
足元を覆っている草は雨で濡れているし、晴れが少ないこの場所はぬかるみも多い。

昔は綺麗に敷き詰められていたのであろう歩道のタイルも、長年人がいなければ草木に押し上げられ、苔はむし、歩道の意味も成さなくなってしまっていた。

「行き止まりですね」

エステルは振り返った。
彼女の言うとおり、視線の先は登れそうにない崖と、建物によって塞がれていた。

「引き返すか……」

「待って」

カロルはたたっと歩み出て、草に覆われた地面にある木戸を調べ始める。

「あれぇ?鍵穴も何もないな」

思っていた物ではなかったのか、あれっと首をかしげた。

「どれどれ……」

「ユーリ、素人には無理だよ……」

カロルはしかたないなぁと言わんばかりに笑う。
次の瞬間ユーリは思い切り扉を踏みつけた。

そして、勢いよく木戸が開いたので、カロルはびっくりして扉だったものをみていた。

「あれ……?」

「カロル先生の手をわずらわせる代物じゃなかったな」

「そ、そうだね、あははは……」

「バカっぽい……」

リタは肩を竦めた。
それは見え見えのカロルの態度と、ユーリに向けられたものだった。



「さ、行こうよ」

意気揚々とカロルが足を踏み入れる。

「足突っ込んだら、がばっと食いつかれたりしてな」

「え、ええっ……!」

からかいを含んだユーリの言葉に、彼はびくりと固まって、恐る恐ると足はあるかと確かめてみる。


「平気みたいだな」

「な、何、ボク、実験台!?」






木戸から地下へとおりると、そこには何やら似つかわしくないほど、大きな装置が置いてあった。

「何の装置?」

カロルは好奇心を抑えられず、またもやペタペタと触り始める。


「触らないでって何度言えばわかるの?」

苛立ちをあらわにリタが言ったので、カロルはそおっと手を引っ込めた。


「たぶん街の転送魔導器の管理システムねん」

ベティはフードの水気を払い、大きな装置を見つめた。
一括で管理する魔導器がある街、というのはめずらしい。

こんなところまで草木は根を伸ばし、葉を伸ばしていて、随分長い間人の手が入っていない事がわかる。
こんなところで、魔狩りの剣ならまだしも、紅の絆傭兵団はやる事はないだろう。


「動いた……!」

いつに間にかリタは、頼まれずとも装置を起動させようと操作していたようで、大きな音を立ててそれは動き出した。

「これで上の魔導器も使えるかもしれませんね」


「行ってみようぜ」







入り口の転送魔導器まで戻ってくると、案の定、魔核には光が灯っていた。


「おっ、やっぱり動いてるぜ」

嬉しそうに言ったユーリに、リタは1人ため息をつく。
魔導器を軽んじる事に、呆れを抱いたようだ。


「やっぱり起動装置だったんですね」

「じゃあさっそく……」

カロルがいの一番に触ろうと歩み出たが、そこへリタのチョップが飛んできた。








転送魔導器を使い街をさらに進む一行。
だがその静かな街に似つかわしくない人だかりに、歩みを止めた。

「……紅の絆傭兵団……?」

エステルが覗き込む先では、物々しい一団が集まっていた。



「魔狩りの剣だよ」


カロルはそう言って魔狩りの剣を見つめていたので、ベティはちらりと彼を見た。
その表情は羨ましいとか、戻りたい、とか一言では言い表せない葛藤が見て取れて、単純にギルドに戻りたいという訳ではなさそうだった。



「あ……あの人、デイドン砦で見かけた人ですよ」

見覚えのある2人をみて、エステルがユーリとベティに合図した。
だが、ベティはぐいっとフードをひっぱり、半歩さがった。



「あ、そういや、見たな。ふーんじゃ、あいつがおまえんとこのリーダーか」


「あんた、戻りたいんでしょ」

確信をつくようなリタの言葉に、カロルはびくっと肩を震わせた。


「え……?カロル、戻ってしまうんです?」


「戻んないよ……!魔物狩りには飽きたからね」


無神経さすら感じるエステルの言葉だったが、彼はいくばくかそれに救われた。
何も知らないようなその一言で、虚勢を張るしかなくなってしまったが。


「戻らないじゃなくて、戻れないんでしょ?」

「ち、違うよ。元々、出て行くつもりだったんだから」

「ふーん、そう。ま、いいんじゃねえの?」


ユーリはベティに視線を移す。
目深に被ったフードの先からは、ぽたりぽたりと雫が落ちて、彼女の長い髪を濡らしていた。
俯いたまま全く話にも入ってくる様子がない。
ただただ、孤独に耐えるようにじっとしている彼女。


「あいつら、ずいぶん大所帯だな。何する気なんだ?」

そんな彼女に誰の意識も向けさせまい、とユーリは話題を切り替えた。
それによって再び皆の目線は魔狩りの剣へと戻る。


「あんな人数が集まるの、今までに一度もなかったよ」

「そうなんです?」

「うん、首領たちが居るなんて相当のことなんじゃ……」

「ますますうさんくさい」

「後……つけてみる?」

カロルがちらりとユーリを見る。
そうして様子を伺うのは、自分の決定に自信もなく、輪から外れるのも嫌だからだ。

「いや、それも楽しそうだけどここは先に行く」

「ユーリとベティが探してるのは紅の絆傭兵団の方ですもんね」

にっこりと笑うエステル。



「聞きそびれてたんだが……」

ユーリがはふっとよぎった疑問を投げかける。

「わたし、ですか……?」

「どうして、トリム港で帝都に戻らなかったんだ?」

答えに困り眉を下げるエステル。

「そっか、フレン追いかけてたんだもんね」

「ああ、フレンに会っておまえの旅は終わったはずだろ?」

「それは、その……」

「ねえ、そういえば、フレンって誰に狙われてたの?」


「ええと、そこまでは……」


「ラゴウでしょ?」

煮え切らないエステルの話に、リタが言った。

「え?あの悪党?」


「ヨーデルはラゴウの船にいた。ヨーデルは皇族だ」


ユーリの言葉に、「だから?」カロルは首を傾げる。



「フレンの任務はヨーデルを探すことだったてわけよん。巡礼は建前ねん」

ベティは抑揚のない声で言った。

「なんで帝国のお偉いさん同士が、そんなになってんのかは知らねえけどな」


「……ごめんなさい。よく分かりません」


エステルは何ひとつとして、自分の中では確信のない事に答えられず、言葉を濁した。
もっとも、ひとつだけ言える事はあるのだが。



「ま、いいさ。それよりエステル、戻らなくていいんだな?」

「そうですね……わたし、勢いでついてきてしまいました……
たぶんわたし……もう少し、みんなと旅を続けたかったんだと思います……
だから…………その、魔導器の魔核も取り戻してませんし……」


「それはオレとベティの目的だよな?」

言いよどむ彼女に、ユーリは怪訝な顔をした。

「……駄目でしょうか」

「まま、いいんじゃないのん?旅は道連れ世は情けってねん」

そこで話を切ったのはベティで、エステルはホッと胸を撫で下ろす。


「ありがとうございます」

それに少しだけ難しい顔をしたユーリだったが、ベティ以外が気がつく事はなかった。








街の中心部で、とある建物の螺旋階段を降りたユーリ達。
しかしそこで、なんとも言えない嫌悪感に襲われていた。

「な、なんか、さっきから気持ち悪い」

カロルがううっと胸をおさえる。

「鈍感なあんたでも感じるの?」

「鈍感はよけい……!っていうか、リタも?」

「こりゃ、なんかあんな」

「ユーリも……エステルも?」

「へ、平気です」

「無理することもねえだろ」

「ここに来てから急に……」

リタはふうっと息をはいた。
皆一様に辛そうだ。


エステルが急にふらりと眩暈を起こし、バランスを崩す。
それをユーリが、慌てる様子もなく支えたので、彼女は嬉しそうに彼に笑った。


「ユーリ……!」

「行き倒れになんなら、人の多い街ん中にしといてくれ。オレ、面倒見切れないぞ」

「は、はい、ありがとう。だいじょうぶです」




「……これは…エアルねん…」

あたりに、ぽつぽつと少しずつ、赤い粒子が浮かび始めた。


「え?目に見えるの?」

カロルは部屋に広がり満ち始めた赤い粒を、よける様に後ずさりした。



「濃度があがると、ねぇ」

ベティはフードを脱いで水を払った。
雨といいエアルといい、状況は最悪だ。

「なにこれ……こんなに…?この濃度じゃ危険よ」



「こりゃ、引き返すかな」

「でも、傭兵団のこと、まだ確かめていませんよ」

「いや、まあそうなんだけど……」

「行きましょう」

エステルは少し持ち直したのか、奥の扉へと向かった。


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