満月と新月 | ナノ
満月と新月



騎士団の限界



無事にトリム港に到着した彼らは、しっかりとした地面の感触にやっと一息つくことができた。

「ありがとうございます。おかげで助かりました」

ヨーデルが一行にニコリと笑う。
その"裏"を見せないよそ行きの笑顔に、ベティは1人苦笑いする。

「ね、こいつ、誰?」

リタが怪訝な表情でエステルに聞いた。

「え、えっと、ですね……」

言いよどむ彼女に助け舟を出したのはフレンだ。

「今、宿を用意している。詳しい話はそちらでしよう」

それにユーリ達は頷いて、宿へ向かうこととなった。






宿の一室に入ると、驚くべきことにラゴウが居た。
そしてこともあろうに、彼は何事もなかったようにすましているのだった。

「こいつ……!」

リタの言い方は、まるで噛み付くようだった。

「どこかでお会いしましたかね?」

だか、ぞの睨みも、ラゴウにはどこ吹く風だ。

「船での事件がショックで、都合のいい記憶喪失か?」

「はて?あなたと会うのは、これが初めてですよ」

「何言ってんだよ!」

飄々と言った彼に、さすがのカロルも怒りを露わにする。



「執政官、あなたの罪は明白です。彼らが見ているのですから」

フレンは真剣な眼差しを向けるが、ラゴウはそれを鼻で笑った。


「何度も申し上げた通り、名前を騙った何者かが私を陥れようとしたのです」



「ウソ!魔物のエサにされた人たちを、あたしはこの目で見たのよ!」


リタはますます怒って、顔を真っ赤にしている。

「さあ、フレン殿、貴公はこのならず者と評議会の私とどちらを信じるのです?」

ラゴウは試すように小隊長、フレンを見る。

「フレン……」

ユーリは苦虫を噛み潰したような顔をするが、彼は押し黙ってしまった。




「決まりですな。では、失礼しますよ」

ラゴウが部屋を出ようと歩き出した。



すれ違いざまに、ラゴウに聞こえるだけの声でベティがつぶやく。

「あんたの血は何色かな?」

ラゴウがびっくりした顔でこちらをみたので、彼女はにっこり笑って、「ごきげんよう」と手を振った。



「なんなのよ、あいつは!で、こいつは何者よ!?」

床を踏み鳴らしたリタは、次にヨーデルを指差した。

「まぁまぁリタ落ち着いてってばぁ」

ベティがリタの肩に手を乗せる。
とんとんとん、とリズムを刻んで、いくばくか彼女も落ち着いたようだ。



「この方は……」

フレンが言いかけたが、エステルが凛とした声で言う。



「時期皇帝候補のヨーデル殿下です」


先ほどまで、言いにくそうにしていたのが嘘のようだ。



「へ?またまたエステルは…………って、あれ?」



カロルが皆を見回す。
しーんと静まり返り、誰も口を開かないので、たらりと嫌な汗が伝う。



「あくまで候補のひとりですよ」


ヨーデルはニコリと笑う。
また、よそ行きで。

「本当なんだ。ヨーデル殿下だ」

「ほ、ほんとに!?」

フレンの言葉にカロルが、キョロキョロと皆に視線を忙しなく移した。



「はい」

ヨーデルがこくりと頷いた。
彼の柔らかな物腰は、皇族が皆こうなのか、とも思えてくる。


「殿下ともあろうお方が、執政官ごときに捕まる事情をオレは聞いてみたいね」

「……この一件はやはり……」

エステルが難しい顔でフレンを見る。

「市民には聞かせられないってわけか」

ユーリはため息をついた。
別にどうだっていい話だ。

「あ……それは……」


「ま、好きにすればいいさ。帝国のごたごたに興味はねえ」

ユーリは扉の方へと歩いて行く。

「ユーリ……帝国に背を向けて何か変わったか?
人々が安定した生活を送るには帝国の定めた正しい法が必要だ」

フレンは諭すようにいう。

「けど、その法が、ラゴウを許してんだろ」

ユーリは苛立ちを隠さずに声を荒げた。

「だから、それを変えるために、僕たちは騎士になった。
下から吠えているだけでは何も変えられないから。
手柄を立て、信頼を勝ち取り、帝国を内部から是正する。そうだったろ、ユーリ」

「……だから、ガキが魔物のエサにされんのを黙って見てろってか?
下町の連中が厳しい取立てにあってんのを見過ごすのかよ!
それができねえから、オレは騎士団を辞めたんだ」




「知ってるよ。けど、やめて何か変わったか?」



ユーリは何も答えない。




「騎士団に入る前と何か変わったのか?」




答えられないのだ。


フレンの言葉にユーリが部屋を後にした。

「あ、待ってボクも……」

カロルが追いかけようとするが、フレンのため息に足をとめた。

「またやってしまった……僕はただ、ユーリに前に進んでほしいだけなのに。くすぶっていないで」

フレンは自分に言い聞かせるように言う。

「まぁやり方は人それぞれだからねん。そのうちユーリも自分らしいやり方を見つけるわよん」

ベティもそのまま部屋を出て行った。








「ったく、痛いところつきやがる。何も変わってねえのはオレにだってわかってる」

ユーリは思い切り壁を殴る。

「…………魔核の手掛かり、探すか……」

歩き出そうとすると、いきなり後ろから飛びつかれた。

「ゆうううううりいいいいいっ」

「苦しい苦しい!」

思い切り首に腕を回され、そのままベティがぶら下がってくるのでユーリは息が出来ない。
彼女はぱっと腕をほどくと、ユーリの正面に回った。

「紅の絆傭兵団の情報途切れちゃったねん」

そう言ってユーリの首に手を回す。

「まぁまだ遠くへは行ってねぇ、だろっっと」

ユーリはベティのお尻を持ち上げ、抱きかかえた。

「いやぁん何処へ連れてくのかなぁ?」

「情報ねえからイケナイ事すんの」





「やぁやぁベティちゃん、そんな青年辞めておじさんとヨロシクしましょうよ」




ヘラヘラとレイヴンが歩いてきた。

「あっ!おっさん……」


「やだやだ、レイヴンとはもう口きかない事にしたのよん」


ふいと顔をそらし、ユーリの肩に頭をのせた。

「おっさん、その前に言うことあるだろ」

「ベティちゃん口説くより先にすること?………うーん?」
「ま、騙した方よりも騙された方が、忘れずにいるってもんだよな」


「俺って誤解されやすいんだよね」

レイヴンは大仰に肩をすくめた。

「無意識で人に迷惑かける病気は医者行って治してもらってこい」

「そっちもさ、その口の悪さ、どうにかしなさいよ?」

「口の減らない……。ふらふらまた、騎士団にとっ捕まるぞ」

「騎士団も俺相手にしてるほどひまじゃないって。さっき物騒なギルドの一団が北西に移動するのも見かけたしね。騎士団の出番でしょ」

「……物騒か、それって、紅の絆傭兵団か?」

「そぉいや、こっから北西のカルボクラムってとこをアジトにしてたようなぁ」

ベティが首を傾げる。

「さあ?どうかな」

レイヴンの思惑は読めない。

「そもそも、あの屋敷でなにしてたんだ?」
「お仕事。聖核って奴を探してたのよ」
「聖核?なんだそれ?」

「魔核のすごい版、だってさ」

「ふーん……聖核、ね」




「なにそれ、ドンに頼まれてんのぉ?」



「そそっ俺様ってば、やっぱこき使われてんのよ。
ベティちゃんからもドンに言ってやってよ!」

「しらなぁい、レイヴンなんてどぉでもいいし〜
あたしってば天を射る矢のメンバーじゃないしぃ」



「あ!ユーリ!おーい!!」

カロルが手を振って走ってくる。



「あんの、オヤジ……!!」

レイヴンの姿を見つけたリタが鬼の形相で睨みつけた


「逃げた方がいいかねえ」

レイヴンはあはは、と頬をかいて、ユーリをみる。

「好戦的なのがいるからな」


レイヴンはそそくさと走り出したので、リタがすごい早さで追いかけていく。

「待て、こら!ぶっ飛ばす!」

エステルもリタの後を追いかける。


「はあ……はあ……。なんで逃がしちゃうんだよ!」

「誤解されやすいタイプなんだとさ」

ユーリの言葉にカロルが首を傾げる。

「……逃がしたわ。絶対に捕まえてやる……」
「ほっとけ。まともに相手してたらこっちが疲れるだけだぞ」


「あわわ、エステル大丈夫??」

エステルが膝に手をついたので、ベティは声をかける。


「……少し、休憩させて、ください」
「ああ、少しな、そしたら行くぞ」
「行くって、どこに?」

「紅の絆傭兵団の後を追う」

「足取り、つかめたんです?」
「北西の方に怪しいギルドの一団が向かったんだと紅の絆傭兵団かもしれねえ」
「北西かあ……地震で滅んだ街くらいしかなかった気がするけどなあ」

「そんな曖昧なのでいいわけ?」
「まぁ今はそれしか情報がないのよん」
「そ、行って確かめるしか無いってこった」


[←前]| [次→]
しおりを挟む