満月と新月 | ナノ
満月と新月



黒幕



船が桟橋を離れ、進み出して行くのが見えた。

「行くぞ……!」

「ちょっ待って待って待って!!」

カロルが戸惑っていたので、ユーリが抱えて船に飛び乗る。

皆もそれに続き勢いよく船に飛び乗る。



甲板の上は人の気配がなかったが、魔核が大量に積まれている。

「これ、魔核じゃない!」
「うわぉますます怪しい」

ベティは銃を構えた。

「なんでこんなにたくさん?」

カロルはリタを見る、が、彼女が答えを知るわけもない。

「知らないわよ。研究所にだって、こんなに数揃わないってのに!」

「まさか、魔核ドロボウと関係が?」
「かもな」
「けど、黒幕は隻眼の大男でしょ?」

「だとすると、他にも黒幕がいるってことだな。ここに下町の魔核、混ざってねえか?」

「残念だけど、それほど大型の魔核はないわ」

魔核を漁る一行だったが、それは剣を構えた傭兵によって一転した。

「こいつら、やっぱり5大ギルドのひとつ、『紅の絆傭兵団』だ」

傭兵の出立を見て、カロルが言う。




ベティは誰よりも早く素早く銃を連射して、彼らを退けた。




「はんっ、ラゴウの腰抜けは、こんなガキから逃げてんのか」

ドスの効いた声がして、奥からあらわれたのは隻眼の大男だった。

皆一様に武器を構える。


「バルボス、あんた程の人が…魔核盗んでなにやってるわけぇ?紅の絆傭兵団は盗賊ギルドに鞍替えしたんだぁ?」

ベティは不敵に笑う。

「えっベティ、知り合いなの?!」

これにはみんな驚いていたが、カロルが言う。

「知り合いもなにも、こいつが紅の絆傭兵団のボスよん」

ベティの言葉で、ぴりり、と皆に緊張が走る。


「ベティ…ドンの犬がっ!コソコソ嗅ぎ回ってんじゃねえ」

「ええ?!ドン?!」

カロルは聞き慣れた名に、ますます驚く。

「バルボス、さっさとこいつらを始末しなさい!」

声を裏返しながら必死に叫んだラゴウは、この船を離れるべく小舟に乗り込むようだ。


「金の分は働いた。それに、すぐ騎士が来る。追いつかれては面倒だ。小僧ども、次に会えば容赦はせん」

バルボスは火を放って、小舟に向かう。


「待て、まだ中に ちっ……!ザギ……!後は任せますよ!」

ラゴウがそう言って、バルボスはロープを切って小舟を下ろした。


「まちなさいよ!!」

ベティは追いかけようとしたが、何者かが斬りかかってきたので、それを後ろに飛んでかわした。

「誰を殺らせて、くれるんだ……?」

間違いない、ザギだ。
彼は体を楽しそうに揺らし、くつくつと笑っている。


「あなたはお城で!!」

エステルが剣を握り直した。

「どうも縁があるみたいだな」



「刃がうずくぅ……殺らせろ……殺らせろぉっ!」

ザギは迷うことなくユーリへ向かってくる。
他の誰にも興味はない様子だ。

「うぉっと……お手柔らかに頼むぜ」

ユーリは危な気なくその攻撃をかわした。

「さあ…やれるもんならやってみろ!」

ザギは至極楽しそうだ。

「言われなくてもそのつもりだっての!」

彼が衝撃波を飛ばすが、ひらりとかわされる。

「あんたぁ!しつこい男はモテないわよん!」

ベティも斬りかかる。

「その調子だ!あがけもがけ!そして死んでいけぇっ!」

「一体お前は何がしたいんだよ!」

ユーリが勢いよくザギを海に落とす。

「やったぁ!」

カロルの喜びも束の間、ザギは甲板へとまた飛び上がってきた。

「ハハハハハハ!お前らの攻撃などきかねえ!きかねえ!」

ザギはますます楽しそうだ。

「細やかなる大地の騒めき、ストーンブラスト!」

リタの魔術はあっさり避けられてしまう。

「これならどうです?銀の光輪ここへ、エンジェルリング」

しかしこれも、素早くかわされてしまった。

「ったくちょこまかとうっとぉしいわね!」



「長引かせるとマズイわねん」

ベティはザギから距離を取ると、いつもとは違う弾を銃に込める。

「ユーリはなれてん!!!」

彼女の言葉にユーリはザギからぱっと距離を取る。
彼女はその僅かな瞬間、引き金を引いた。


パァァンッ!


いつもよりも甲高い破裂音がして、撃ち込まれた銃弾はザギの腕の中で弾け、その肉を裂いた。

「ぐぅあああっ……!!痛ぇ」

途端にボタボタと血が大量に滴り、甲板を嫌な色に染める。


「勝負あったな」
「……オ、オレが退いた…………ふ、ふふふ アハハハハっ!!強いな!強い、強い!覚えた覚えたぞユーリ、ユーリっ!!おまえを殺すぞユーリ!!アハハハハハハ」


ザギは笑いながら、深手を負った腕を抱え、海へと消えた。




一息ついた一行だが、船はどんどんと燃えて崩れ、傾き始めた。

「え?沈むの……!?」
カロルはあたりを見回す。
遠くに見える水平線も傾き、バランスを崩した。

「海へ逃げろ……!」


ユーリが叫ぶと、皆海へ逃げようと甲板の縁へかけ出した。



「……げほっ、誰かいるんですか?」

しかし、船室から響いた声に、ユーリが振り返り、眉を寄せた。
誰かいるようだ。
彼はすぐに船室の扉の方へ、つま先を向けた。


「ユーリ!」

火の中に戻るユーリを、エステルが追いかけようとしたが、その手をリタが掴んだ。

「エステリーゼ!ダメ!」
「でも……でも……!」
「いいから!飛び込むの!」

2人は海へと飛び込む。

「ベティも急いで!」

カロルも後に続く。

「ラピード!ほら頑張って!!」

「クゥゥン」

ラピードは耳も尻尾もぺたんと下げる。水が苦手な様だ。

「んもぉ!仕方のない騎士様ねん!」

ベティはラピードを引きずって海へと飛び込んだ。









「みんな、無事ぃ?」

すっかり海へ沈んだ船。
ベティが皆に声をかける。

「わたしは……でも、ユーリが……」

あたりを見回すとばしゃんとユーリが頭を出した。
金髪のまだ幼さの残る青年を抱えている。

「ユーリ……!よかった……!」

エステルが安心してはあ、と息を吐く。

「ひー、しょっぺーだいぶ飲んじまった」

「その子、いったい誰なの?」

リタが金髪の青年を指して言う。




「ヨーデル……!」


エステルはその青年を見て目を見開いた。



「知り合い?」とたずねるリタだったが、カロルの叫び声に話が遮られた。




「助かった、船だよ!おぉい!おぉい!!」

ばしゃばしゃと手を振り上げる彼の視線の先には、騎士団の船があった。





「どうやら、平気みたいだな……っ!ヨーデル様!今、引き上げます」

乗っていたのはフレンで、ヨーデルと呼ばれた青年を見つけると、慌てて指示を出した。






無事に一行は騎士団の船にあがり、トリム港までの短い船旅となる。

「まったくユーリは無茶をして‥」

フレンがユーリにタオルを差し出した。

「ま、こんくらいは無茶に入んねぇよ」

彼はそれを受け取るとがしがしと髪を拭いて、いたずらっぽく笑う。

「まま、無事だったんだからいいじゃなぁい?海水浴もできたしねん」

クスクスと笑うベティ。
天気が良くなったからか、すっかり元気そうで、顔色も戻っている。

「ベティ…君にはいつも驚かされるよ」

フレンは彼女の肩にタオルをかけた。

「ま、フレンの本当の任務もわかったし、あとはバルボスねん」

ベティはそう言って、すっかり凪いだ海を見つめた。

「気付いてたのかっ!」

フレンが焦ったように言う。

「本当の任務…ね、あのヨーデルとか言うのの捜索および、救出ってとこか」


「君たちには叶わないよ…」

フレンは力なく笑って、小さくため息をついた。


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