満月と新月 | ナノ
満月と新月



パティとコンビ



階段を上がり、さらに部屋を進む一行は、首をかしげたくなるような光景に遭遇した。



「いーい眺めなのじゃ……」

海賊帽を被った金髪お下げの女の子が、布団にくるまれて天井から吊るされている。
それでいて楽しそうに揺れている彼女。

「誰……?」
カロルは首を傾げる。
「そこで何してんだ?」
ユーリが近付くと、彼女は不敵に笑って見せた。

「高みの見物なのじゃ」


「ふーん、捕まってるのかと思ったよ」




「あの……捕まってるんだと思うんですけど……」

「そんなことないぞ。お……?おまえ、えーと、名前は……ジャック」

「オレはユーリだ。おまえ、名前は?」

「パティなのじゃ。ユーリ、うちの手のぬくもりを忘れられなくて、追いかけてきたんじゃな」

ユーリは余裕たっぷりの彼女に呆れて、何も言わずに吊るされているロープを切った。




「おーい、あたしをお忘れですかぁ」


ベティが床に落ちたパティを覗き込んだ。


「む、ベティ姐ではないかぁ〜久しいのぉ〜元気にしておったか〜?」

彼女は布団から脱出すると、嬉しそうにくるくる回り出した。

「うぃーもちろん元気だってばぁ。パティも相変わらずだねぇ」

ベティも嬉しそうに回り出した。



「な、なに?」

リタは、金髪2人が笑って回る光景に、ドン引きしている。


「また、ベティの知り合いなんです?ベティはすごいです!沢山お友達が居て楽しそうです‥」

エステルは少しだけ羨ましい、という顔でそう言って、楽しそうな2人に混ざりたそうだ。

「何だよお前ら…」

ユーリがため息をつく。



「むむ!よくぞ聞いてくれました!」

ベティがピタリと回るのを辞めて、ユーリを指差した。




「あたしはベティ!」
ベティが銃を構えてポーズを決めた。
「うちはパティ!」
続いてパティも銃を構え、ポーズを決める。

「「2人あわせて、ブロンドマーメイド!!」」

ビシッと決めた2人だが、皆には沈黙が流れる。




「ああ……ばかっぽい……」

リタがため息をつき、額を抑えた。

「いえ、あの、パティとベティで、2人とも武器が銃で…ブロンドで人魚なんですね!」

「だめかのぉ?うちとベティ姐で、徹夜で考えた決めポーズなんじゃが…」
「大丈夫よパティ!!みんな羨ましくて嫉妬してるんだってばぁ」


「俺はますますお前がわかんねぇ…」

ユーリは頭をかいた。
顔色は悪いが、先ほどまでとは打って変わって嬉しそうなベティに、困惑するなという方が無理な話だ。

「あは、はは…ね、こんなところで何してたの?」

カロルがパティにたずねた。

「お宝を探してたのじゃ」

「宝?」
カロルは首を傾げる。
「あの道楽腹黒ジジィのことだし、そういうのあっても不思議じゃないけど……」
リタがあたりを見回す。

「パティは何してる人?」
「冒険家なのじゃ」
パティはにっこり笑って答える。

「と、ともかく、こんなところウロウロするのは危ないです」

「そうだね。一緒に行こう」

「う〜む〜うちはまだ宝も何も見つけていないのじゃ」

パティは納得がいかないようだ。

「おまえ、やってること冒険家っていうより泥棒だぞ」



「冒険家というのは、常に探求心を持ち、未知に分け入る精神を持つ者のことなのじゃ。だから、一見泥棒に見えても、これは泥棒ではないのじゃ」



「あーん!パティかっこいいぃ」

ベティが両手で頬をおさえる。
パティの屁理屈は、私は泥棒です、という告白に近いものがあったが。

「ふーん……ま、まだ宝探しするってんなら、止めないけどな」


「どうする?」

ユーリの言葉にかぶせるように、カロルが言った。

「たぶん、このお屋敷にはお宝はないのじゃ」

「一緒に来るってさ」

リタがははーん、と笑ってユーリを見た。

「それじゃ行くか。そもそも、こんな危険な屋敷をよくひとりでウロウロしてたな」
「危険を冒してでも、手に入れる価値のあるお宝なのじゃ」


「それってどんな宝?」

カロルは興味深々だ。



「アイフリードの隠したお宝なのじゃ」



「ア、アイフリードッ……!」

カロルが大袈裟に仰け反る。


「有名人なのか?」
「し、知らないの?海を荒らしまわった大悪党だよ」
カロルは知らないなんて信じられない、とユーリを見た。

「アイフリード……海精の牙という名の海賊ギルドを率いた首領。移民船を襲い、数百人という民間人を殺害した海賊として騎士団に追われている。その消息は不明。です」

「ブラックホープ号事件ってのが、もうひどかったんだって」

「……ま、そう言われとるの」

少し不満そうに視線をそらしたパティは、手を後ろで組んで何もない地面を蹴った。


「……?どうしました……?」

「なんでもないのじゃ」

「でも、そんなもん手に入れて、どうすんのよ」

「決まってるのじゃ、大海賊の宝を手にして、冒険家として名を上げるのじゃ」



「危ない目に遭っても、か?」

「それが冒険家という生き方なのじゃ!ベティ姐も応援してくれとるしな!」

そう言って笑いかけてきたパティに、ベティも笑みを返す。

「ふっ……面白いじゃねぇか」

ユーリが楽しそうに笑う。



「どうじゃ、うちと一緒にやらんか」
「性には合いそうだけど、そんなに暇じゃないんでな」
「ユーリは冷たいのじゃ。サメの肌より冷たいのじゃ」


「サメの肌……?」

カロルがサメの肌を思い出そうとする。

「でも、そこが素敵なのじゃ」

「素敵か……?」

リタが言う。


「もしかしてパティってユーリのこと……」

カロルがパティを見る。



「ひとめぼれなのじゃ」


「うえ、やめといた方がいいと思うけど」

なぜか自信たっぷりなパティに、リタがため息をついた。

「ひとめぼれ……」

エステルは複雑な顔をして、ぼそりとパティの言葉を繰り返した。

「……さっさと行きましょ」

リタはつまらなそうに歩き出してしまった。







地下室をでると、大きな魔導器がある部屋にでた。
天候を操る魔導器、というのはどうやらこれで間違いないようだ。



リタは誰よりも早く駆け寄ると、操作盤をみながら、何やらぶつぶつ独り言が始まる。



「ストリムにレイトス、ロクラーにフレック……複数の魔導器を組み合わせている……この術式なら大気に干渉して天候操れるけど……こんな無茶な使い方して……!エフミドの丘のといい、あたしよりも進んでるくせに、魔導器に愛情のカケラもない!」



「これで証拠は確認です!リタ、調べるのは後にして……」

「……もうちょっと調べさせて……」

「あとでフレンにまわしてもらえばいいだろ?さっさと有事を始めようぜ」



「派手におっぱじめちゃうよーん!」

リタ無視して、ベティがファイヤボールを連発する。


「よし。うちも手伝うのじゃ」
「おまえはおとなしくしてろって」

パティが意気込むが、ユーリが首根っこをつかんで止める。

「あう?」

「あ〜っ!!もう!!」

リタもファイヤボールを放ち出した。
火の手はどんどん上がる。




「人の屋敷でなんたる暴挙です!おまえたち、あの者たちを捕らえなさい。ただし、くれぐれもあの女を殺してはなりません!」

上の通路から現れたラゴウは、怒鳴るように叫んでエステルを指差す。


「こいつらって、紅の絆傭兵団?」
「カロル正解!黒幕が見えてきたわねん」


「それ、もういっちょ!!」


リタが仕上げに火を放つ。

「十分だ、退くぞ!!」

「何よ、まだ暴れ足りないわよ!」

リタがユーリに食ってかかる。

「早く逃げねぇとフレンが来る。そういう間抜けは勘弁だぜ」





「まさか、こんなに早く来れ……」


「何事かは存じませんが、事態の対処に協力致します」



フレンも準備していたのだろう。ソディア達を引き連れてきた。


「フレン!?」

「ほらみろ」




「ちっ、熱心な騎士ですね……」

ラゴウは舌打ちをした。


バリーーーンッ


突然、ガラスが割れる音がして、全員が天井を仰いだ。
青い竜のような魔物に跨り、白い重厚な鎧を身につけた人物が槍を構えている。
窓を破って入ってきたようだ。

「あ、あれって、竜使い!?」

カロルは、噂通りの姿に目を見開く。

「あの子が……」

ベティの呟きは誰にも届かない。
竜使いは勢いよく槍で魔導器をつらぬいた。
どうやらその一撃で魔核が壊れたようで、途端に雨が止む。


「ちょっと!!何してくれてんのよ!」

悲鳴をあげたリタは、無残にも煙をあげる魔導器を見て頭を抱えた。

「本当に、人が魔物に乗ってる……」
エステルは胸の前で手を組んだ。
「待て、こら!」
リタが怒って追いかけようとするが、相手は空を飛んでいるのだから、それは叶わない。




「くっ、これでは!」
フレンたちを火の手が阻み、ラゴウと距離が生まれる。
いささかやり過ぎたようだ。

「船の用意を!」

ラゴウは傭兵に命じるとあわてて部屋を出て行く。
逃げるが勝ちと踏んだようだ。

「ちっ、逃がすかっ!!」

「ったく、なんなのよ!」
「あれが竜使いだよ」
「あんなのバカドラで十分よ!あたしの魔導器を壊して!」
「バカドラって……。」
カロルは呆れたようにリタをみた。

「そもそも、リタの魔導器じゃないわよねん」

ベティは呆れた、と手をヒラヒラと振った。


「どうして魔導器を壊したりするんでしょう?」
「確かにな。一度聞いてみたいけどな」
「あんな奴とまともな話、できるわけないでしょ!」
「それは決めつけたらよくないんじゃなぁい?」


屋敷の裏手に出たユーリ達は、ポリーとパティに街に戻るように言う。

「おまえらとはここでお別れだ」
「わるい人をやっつけに行くんだね」

ポリーが嬉々として言う。

「ああ、急いでんだ」

「だいじょうぶ、帰れるよ」

ポリーはユーリの目を見てしっかりと頷く。

「いい子だ」

彼は頭を撫でてやった。

「おまえももう危ないところに行ったりすんなよ」

「わかったのじゃ。ベティ姐またね、なのじゃ!」

「ほいほい!気をつけてねん」

ベティが手を振ると2人は走り出した。

「……あの娘、わかってないわね……」

「まま、パティも目的あって旅してるわけだからぁ」

リタを見てベティは笑う。


「……エステル、どうしたの?」

不安そうに暗い顔をして黙り込んでいたエステルに、カロルが声をかけた。

「まだ信じられないです。執政官があんなひどいことをしていたなんて……」

「あら、よくあることよん」

ベティがエステルの頭を撫でた。

「帝国がってんなら、何度か見てきたろ?」

「ほら、のんびりしてるとラゴウが逃げちゃうよ!」

カロルの一声で、ラゴウを追いかけるべく、ユーリたちは桟橋に向かって走り出した。


[←前]| [次→]
しおりを挟む