満月と新月 | ナノ
満月と新月



レイヴン再び



屋敷の手前で柱の死角に隠れて、またもや会議を始める一行。

「何度見ても、おっきな屋敷だね」

カロルは屋敷を仰ぎ見る。

「どうやって入るの?」
「裏口はどうです?」




「外壁に囲まれてて、正面通らにゃ入れんのよね」

おちゃらけた声の主はレイヴンだ。

「……っ!?」

突然背後から声をかけられ、エステルが驚きに声をあげそうになる。


「えっと、失礼ですが、どちら様です?」

ぐっと悲鳴を飲み込んだ彼女は、ひと呼吸おいてからレイヴンに向き直った。

「な〜に、そっちのかっこいい兄ちゃんとちょっとした仲なのよ、な?」
「いや、違うから、ほっとけ」

「おいおい、ひどいじゃないの。牢屋で仲良くしたじゃない、ユーリ・ローウェル君よぉ」

「ん?名乗った覚えはねぇぞ」

レイヴンは怪訝な顔で眉を寄せるユーリに、手配書をヒラヒラと振ってみせた。


「ユーリは有名人だからね」

それですべてを理解したカロルは、呆れたように言った。



「レイヴン、今度はなにしてんの」

ベティが不審人物を見るような目でレイヴンをみる。

「ベティ、知り合いなんです?」

「おいおい、ベティちゃーん!雨だからって八つ当たりはいけないよ、八つ当たりは!」



「んじゃ、レイヴンさん、達者で暮らせよ」


1人楽しげな彼を無視するように、ユーリはそっぽ向く。

「つれないこと言わないの。屋敷に入るんでしょ?ま、おっさんに任せときなって」

レイヴンはこちらの返事を待たずに意気揚々とかけて行き、門番の傭兵と何やら話し始めた。



「止めないとまずいんじゃない?」

リタはめずらしくソワソワと焦りの表情を浮かべていて、心配そうに傭兵と話す彼を見つめている。
あのひょうひょうとした後姿に、嫌な予感しかしないのだ。

「あんなんでも城では、本当に助けてくれたんだよな」
「そうだったんです?だったら、信用できるかも」

「でも………今日のレイヴンは、なんかあやしい」

ベティがつぶやく。


すると、傭兵がこちらに向かって走ってくる。
手には剣を構え、表情は完全にこちらに敵意を抱いていた。


「な、なんかこっちくるよ?」

カロルがおろおろとユーリとベティをみる。

「そ、そんなあ……」


エステルもがっかりしたように言った。




「あいつ、バカにして!あたしは利用されるのが大っ嫌いなのよ!」

リタが勢いよくファイヤボールをかまして、見張りの傭兵を容赦なくぶっとばす。


そんな叫び声を背に浴びて、レイヴンは屋敷へ入って行ったようにみえた。



「あ〜あ〜、やっちゃった、どうすんの?」

カロルが大きくため息をついた。
リタの攻撃で倒れた傭兵以外、もう誰もいない。


「どうするって、そりゃ、行くに決まってんだろ?見張りもいなくなったし。裏に回って通用口でも探すぞ」

ユーリは見張りの居なくなった入り口向かってかけ出した。




全員が屋敷の外を裏に回ると、事をかき立てた人物の羽織が揺れた。



「よう、無事でなによりだ、んじゃ」


そのレイヴンが昇降機で上にあがったので、ユーリたちも隣の昇降機に乗り込む。

「待て、こら!」

リタはかなりお怒りのようだ。
ベティがスイッチを入れると、昇降機はすんなりと動き出す。

「あれ、下?」

カロルが首をかしげる。
ユーリ達が乗り込んだ昇降機は、迷うことなく下へと降りていく。







じめじめとした地下室へたどり着いてしまった一行。

「あ〜もう!だめだ、ここからじゃ、操作できないようになってる……」

リタが昇降機でなんとか戻ろうとするが、こちらからは操作ができないようだ。

「うっ!?」
漂ってきた異臭に、思わずエステルが口を抑える。
「なんか、くさいね……」
カロルもむっと顔をしかめて鼻をつまむ。

「……血と、何かの腐った臭いだな。魔物を飼う趣味でもあんのかね」

「かもね。リブガロもいたし」

リタは頷く。


地下室は血生臭くて、異様な雰囲気だった。
ベティとしては雨と、地下室の空気が混ざり合い最高に気分が悪い。

「ねぇ……あたしの空耳じゃないなら子どもの声が聞こえるよん」

ベティがそう言ったので、全員が耳をすます。



「パ……パ、マ……助けて……!」


別の部屋から聞こえた声。



「ちょっ、なに?どうなってんの!?」
「行きましょう!」


声の方へと進んで行くと、部屋の隅で小さい男の子が膝を抱えまるまっていた。

「えっぐ、えっぐ……。パパ……ママ……」


「だいじょうぶだよ。何があったの?」

すっかり怯えて震える男の子に、エステルが優しく声をかけた。

「……パパとママがぜいきんをはらえないからって……こわいおじさんにつれてこられて」

一瞬びくりと身体を震わせた男の子は、彼女の優しい表情をみてすぐに胸を撫で下ろす。

「ねえ、もしかして、この子、さっきの人たちの……」

カロルが言う。

「……なんて、ひどいこと」

エステルが男の子をぎゅっと抱きしめた。

「パパ……ママ……。帰りたいよ……」
「もう、だいじょうぶだからね。お名前は?」
「ポリー」

「ポリー、男だろ、めそめそすんな。すぐにあわせてやるから」
ユーリは優しくポリーの頭をなでた。

「うん……」

ポリーは彼の言葉に力強く頷いて、ぐっと涙を拭う。

「ラゴウの奴……ぶっ殺してやる」

ベティがボソリと呟き、唇を噛む。

「怖いよベティ……」

それを見たカロルは、ユーリの後ろに隠れた。





地下室には魔物が何匹も放たれていて、死体が嫌になるほど転がっていた。
みんな気分は最悪だった。

ユーリ達は鉄格子で阻まれた部屋にたどり着く。




「はて、なにやらおいしい餌が、増えていますね」

評議会の人間が着る服だろうか?高級そうな服に身を包んだ、意地の悪そうな老人が鉄格子の向こうの階段から降りてくる。

コツコツと踵を鳴らし、にやにやと笑って。



「あんたがラゴウさん?随分と胸糞悪い趣味をお持ちじゃねえか」


ユーリは鞘を投げた。

「趣味?ああ、地下室のことですか。これは私のような高雅な者にしか理解できない楽しみなのですよ。退屈を平民で紛らわすのは私のような選ばれた人間の特権というものでしょう?」

にやーっと笑うラゴウに、皆一様に顔を歪めた。

「さて、リブガロを連れ帰ってくるとしますか。ま、それまで生きてれば、ですが」

話し方までいけすかない。



「リブガロならオレらがやっちまったぜ」

「……なんですって?」

ラゴウは驚いたように目を見張る。

「聞こえなかったか?オレらが倒したって、言ったんだよ」

不敵に笑うユーリに、彼はわなわなと肩を震わせた。
余興を邪魔され、ひどく面白くない様子だ。


「くっ……なんということを……」

「飼ってるなら、わかるように鈴でもつけときゃよかったんだ」

「まあ、いいでしょう。金を出せば、すぐ手に入ります」




「ラゴウ!それでもあなたは帝国に仕える人間ですか!」


「むむっ……あなたは……まさか?」

エステルの顔を見て、数歩下がったラゴウ。
ユーリが衝撃波を放ち鉄格子を壊し、彼はよろめいて尻餅をつく。

「き、貴様!な、なにをするのですか!誰か!」

ラゴウは怯えて、声を張り上げ、わたわたと覚束無い足取りで走っていった。

「早いとこすませねえと敵がぞろぞろ出てくんぞ?」


ユーリの言葉に、リタが術式を展開し始める。

「ちょっと待て」

が、彼はそれを遮る。


「……何よ、騎士団が踏み込むための有事ってやつは?」
「まずは証拠の確認だ」
「天候を操る魔導器を探すんですね」





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