満月と新月 | ナノ
満月と新月



リブガロを探して



フレンには強気に出たユーリだったが、正直かなり気が気ではなかった。
あの様子では、フレンとベティはすでに男女の中であることは明白だったし、彼は負けず嫌いだ。
キスマークを見たらそれだけで燃え上がってしまうだろう。

彼女の首には、ついさっきつけたばかりのあとが残っている。
治癒術を使わせなかったのは、他ならぬユーリ自身。

「あぁ…しくじっちまったなぁ」

「ユーリ?どうしたの?」
カロルはうなだれるユーリを、不思議そうに覗き込んだ。
「なんでもねぇよ」




(もしかして、フレンとヤるつもりで宿に居るって言ったのか?)

知らないうちに、すっかりいつものポーカーフェイスは崩れ、眉間に思い切りシワがよっていた。

(でも、本当にちょっとしんどそうだったしな…クソッやっぱあいつなに考えてんのかわかんねぇ…)



「なんだかユーリ、様子が変です…」
「どぉーせくだらないこと考えてんのよ」

ベティを除く一行は森を進んで行く。
雨足は強まるばかりで、森はぬかるみ足場が悪い。





「あ!あいつ!リブガロだよ!」

カロルが指差す方向には、金色の角を持った馬のような魔物がいた。

「とっとカタつけんぞ!」

ユーリは鞘を投げると、勢いよく向かって行った。
ラピードも剣を抜き、追いかける。

「なにあのやる気は…なんなのよ」

リタは彼に少しばかり引き気味だが、遅れる事なくファイヤボールを飛ばす。




リブガロは弱っているのか、直ぐに倒れこんでしまった。

「はやいとこ連れて帰ろうよ」
「傷だらけです…………少しかわいそうですね」
「街の連中に何度も襲われたんだろうな」
「街の人が悪いわけじゃ……」
「わかってるって」

ユーリはリブガロに近付く。
抵抗する様子もないリブガロの角を折り、すぐに彼は距離を置いた。

「ユーリ……?」

エステルが不思議そうにこちらをみるので、彼は眉を下げる。


「高価なのはツノだろ?」


「あんたが魔物に情けなんてかなり意外なんだけど」


リタが呟く。

「のんきなこと言ってたら、ほら、起きるよ!」

カロルの言うように、リブガロは起き上がったが、すぐに走り去っていった。

「あ、あれ?なんで?」

おそいかかってくると思い込んでいたカロルは、逃げ出したリブガロに首をかしげた。


「理解してくれたんですよ」
「魔物が?まさか?」
リブガロが走り去った方向を彼はみつめ、その表情はますます困惑した様子だ。



「なんだっていいさ」


ユーリはひらりと手を振って、街へ戻るために踵を返した。








街の雨は降り続いていて、港の雰囲気も暗い。

「待って!せっかく、ケガを治してもらったのに!」

ケラスが夫に向って叫んでいる。

「どこに行こうってんだ?」

ユーリはディグルを呼び止めた。

「関係ないだろ好奇心で首を突っ込まれても迷惑だ」

かなり切羽詰まっているのだろう、無視して彼は歩き出そうとする。

それを遮るようにユーリは、リブガロのツノを彼の前に投げ捨てた。

「こ、これは……っ!?」
「あんたの活躍の場奪って悪かったな。それは、お詫びだ」



「あ、ありがとうございます」

ケラスもディグルも深々と頭を下げた。





宿屋の前まで戻ったところで、カロルがユーリに言う。

「ちょ、ちょっと!あげちゃってもいいの?」
「あれでガキが助かるなら安いもんだろ」
「最初からこうするつもりだったんですね」
エステルはにっこり笑った。

「思いつき思いつき」

ユーリはヒラヒラ手をふる。

「その思いつきで、献上品がなくなっちゃったわよ。どうすんの」

リタは思い切りユーリを睨んだ。
彼女としては、このままだと雨の中わざわざ森へ行った意味がない。


「とりあえず、フレンがどうなったか確認に戻りませんか?」
「とっくにラゴウの屋敷に入って、解決してるかもしれないしね」







フレンの部屋を訪ねると、彼は暗い顔で机に向かっていた。

「辛気臭い顔してるな」
「色々考えることが多いんだ。君と違って」

「ふーん……」

ユーリは探るようにフレンを見る。
彼が最も気になっているのは、正直ベティとの事だった。

「賞金額を上げて来たんじゃないだろうね」

ぱっと立ち上がったフレン。


「執政官とこに行かなかったのか」
「行った。魔導器研究所から調査執行書を取り寄せてね」

「それで中に入って調べたんだな」

「いや……執政官にはあっさり拒否された」

「なんで!?」

カロルが声を張り上げた。
小難しい書類まであるのに、騎士団が介入できないなど、理解ができない。

「本当にあると思うなら正面から乗り込んでみたまえ、と安い挑発までくれましたよ」

ウチィルは悔しそうに言った。

「その権限がないから、馬鹿にしているんだ!」

そう言って悔し気に拳を握るソディアを見て、ユーリは思わずため息をついた。

「でも、そりゃ言う通りじゃねえの?」

「何だと!?」

「ユーリ、どっちの味方なのさ」

「敵味方の問題じゃねえ。自信があんなら乗り込めよ」





「いや、これは罠だ」



それに首を振ったのは、フレン。

「ラゴウは騎士団の失態を演出して評議会の権力強化を狙っている。今、下手に踏み込んでも、しらを切られるだろう」




「次の手考えてあんのか?」

ユーリの言葉に、フレンは黙り込んでしまった。


「なんだよ、打つ手なしか?」

「……中で騒ぎで起これば、騎士団の有事特権が優先され、突入できるんですけどね」

ウィチルが呟く。


「騎士団は有事に際してのみ、有事特権により、あらゆる状況への介入を許される、ですね」
「なるほど、屋敷でボヤ騒ぎでも起こればいいんだな」

「ユーリ、しつこいようだけど「無茶するな、だろ?」

フレンの言葉をユーリが遮ったので、それにため息をこぼした彼。
2人の間に沈黙が流れ、何も言わずとも互いの言わんとする事を理解した。



「市中の見回りに出る。手配書で見た人物が執政官邸を狙うとの情報を得た」



フレンの言葉にユーリはニヤリと笑うと、カロル達に向き直って言った。


「ベティ呼んでくるから、お前ら外で待っててくれ」







ユーリが部屋に入ると、案の定ベティはすやすや眠っていた。

シャワーが使われた跡があったので、ユーリは顔をしかめる。


「どーだったよ。久々のフレンの体は」

ぽつりと呟くが、ベティに届くことはない。


ユーリはこんなことが言いたい訳ではない。
フレンや、他の男なんて要らなくなるくらい自分に夢中になって欲しいのだ。
恐らくはフレンも、同じ事を思っているだろうが。
じっと彼女をみつめていても、ラチがあかないので、そっと頬を撫でた。


「おい。起きろ、執政官様の屋敷にのりこむぞ」

「うん………」

ベティはうっすらと目を開けて返事をすると、むくりと起き上がり、ブーツを履いて伸びをする。
銃と双剣を定位置に納め、くるりとユーリの方に向き直る。



「さぁ、おまたせぇ」

寝ぼけ眼で、にっこり笑って言った瞬間、ぐらりと彼女の体が傾き、ユーリは慌ててそれを支える。

「おい!大丈夫か?」

彼が心配そうに覗き込むと、彼女の顔は真っ青だった。


「おまっ……顔色最悪だぞ?休んでるか?」

「うんにゃぁ問題ないよん。雨がちょっとしんどいだけぇ」

にっこり笑って、ユーリの手をそっと払うと歩き出した。


「無理しやがって‥」


ユーリは舌打ちした。
それは甘えてくれない彼女に対するものではなく、自分に対してのほうが大きかった。





「ベティ!もう大丈夫です?」

エステルがベティに駆け寄る。

「あらら、ごめんねぇ雨が降ると眠くなっちゃっうんだってば」

「なにそれ。猫みたい」

「え?リタって猫に詳しいの?」
「うっさい」

ごんっと音がするとカロルはもう頭を抑えていた。


「なんでぇ〜!」
「バカやってないで行くぞ」

ユーリはため息をつく。



歩き出したベティにラピードが労わる様に寄り添った。





[←前]| [次→]
しおりを挟む