満月と新月 | ナノ
満月と新月



フレンの気鬱



ユーリ達は橋を渡って、執政官邸の見張りのところまで歩いていく。
一端は止んだ雨は、また降り出しそうだ。



「なんだ、貴様ら」

執政官邸の入り口を固めていた見張りの男が、ユーリ達を睨みつけた。


「執政官に会わせていただきたいんですが」

エステルは丁寧にそう言ったが、彼らが取り合ってくれる様子は無い。


「ユーリ、この人たち、傭兵だよ。どこのギルドだろう……」

「ガラが悪いわけだ」



「ふん、帰れ、執政官殿はお忙しいんだよ」

シッシ、と手を振ってユーリ達を追い払うような仕草をする見張り。



「街の連中痛めつけるのにか?」



「おい、貴様、口には気をつけろよ」

ユーリの言葉にもう一人の男が剣に手をかけた。


「やっぱり無理だよ、大ごとになる前に退散しようよ」
「ここはカロル先生に賛成だな」
「でも、他に方法が……」
「いいから、行くよ」

リタが諦めきれないエステルの手を引いて、皆は見張りのそばを離れた。




足早に橋手前の柱に隠れた彼ら。
また本格的に雨が降りだしてきたようだ。


「献上品でも持って、参上するしかないか」
「献上品?何よ、それ」

リタは腕を組んで、足をパタパタと落ち着きなく動かし始める。

「リブガロ、価値あんだろ?」

「そういえば、そのツノで、一生分の税金を納められるって」
「面ぐらい拝ませてくれるだろ」
「捕まえるつもり?」

「だったら今がチャンスだよ!雨降ってるし」

カロルが嬉しそうに言うので、皆の視線は彼に集まる。



「雨がどうかしたんです?」

「リブガロは雨が降ると出てくるんだよ。天気が変わった時にしか活動しない魔物ってのが、いるんだよね」
「よく知ってるな、カロル先生。それで?」

「……それでって?それだけだよ?」

「どこにいるんだ?」
「さ、さあ……」

「……やっぱりね」

リタは察しがついていた様子で、大きくため息をついた。


「でもまぁ、住人がよってたかってソイツに挑んでるなら、森にでも逃げ込んでるんじゃないの?」

そう言葉を続けた彼女に、エステルがやる気を見せた。

「じゃあ、森へ行ってみましょう!」



「行きましょうっていいのかよ、エステル」

「はい?」

「下手すりゃ、こっちが犯罪者にされんだぞ。この街のルール作ってる執政官に逆らおうってんだからな」

ユーリにそう問われると、エステルはこくりと頷く。

「……わたしも行きます」

「いいんだな」

彼は念を押す。

それに彼女は「はい」と真剣に頷いた。


「リタもいいんだよな?」

「天候操れる魔導器っていうの気になるしね」

「決まりですね!」
「ベティはいいの?」
カロルがユーリの顔色をうかがうかのように視線を送るので、彼は肩を竦めて見せた。

「リブガロ探しに行くだけだし、いいだろ。じゃあ、行きますか」

「戻ってきたら声をかけましょう」

エステルが安心させるようにカロルに笑いかけた。
少しだけ、ためらったように見えたが、ユーリが歩き始めたあとに続き、彼も雨の中を歩きだした。






街を出ようとしていたところで、ユーリ達は聞き慣れた声に呼び止められた。


「相変わらず、じっとしてるのは苦手みたいだな」


フレンだ。



「人をガキみたいに言うな」
「ユーリ、無茶はもう……」
「オレは生まれてこのかた、無茶なんてしたことないぜ」

「ユーリ……」

「おまえこそ、無理はほどほどにな」
「ベティはどうしたんだい?」
「あいつなら、だるいって宿屋で寝てるよ。」
「そうか‥」

「話あんなら行ってこいよ。ただ、手ぇだすなよ?」

ユーリは不適に笑って歩き出した。
それに対して、フレンはなんとも苦い顔をしている。

「ウィチル、魔導器研究所の強制調査権限が使えるか、確認を取っておいてくれ」

命を受けたウィチルは力強く頷き、街の中へと走り出した。

「まったく……これでは無茶の規模が膨れあがっただけだ」

「フレン?」

エステルはフレンの呟きに、くいっと首を傾げる。

「ユーリは守るべき物のためならとても真っ直ぐなんですよ。そのために自分が傷つくことを厭わない。それがうらやましくもあり、不安でもあるんですがね」

彼はユーリの後ろ姿を見つめて言う。

「ね、もう行こう。ユーリに置いていかれるよ」

少し慌てた様子でカロルがエステルに言った。

「ええ、わたしたちもこれで」

エステルはぺこりと頭を下げ、右足を出した。

「あ、エステリーゼ様」

「はい」

が、再びフレンに呼び止められ、彼女は振り返った。

「外を、自由に歩くというのは?……その、どうですか」

「……わたしにもなすべきことがあるのだとわかり、それがうれしくて、楽しいです」

「そうですか。それはよかった……」

そう言って笑う彼にエステルは笑みを返して、もう一度会釈をした。


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