満月と新月
温泉旅行に行こう・前編
「ああ〜やっぱり温泉はいいわね〜ん」
快晴の空を見上げながら、ベティが言った。
「そうね、バウルにも入らせてあげたいわ」
ジュディスは顔の汗をタオルで拭いた。
「そうじゃのう、海を温泉に変えるくらいでないと、バウルにはちと窮屈じゃの」
「そういう問題ではないと思いますけど……」
「……バカっぽい」
ここは高級温泉宿、ユウマンジュ。
ただいま凛々の明星が絶賛貸切中である。
世界を救う旅の途中だが、小休止。今夜はここに宿泊している一行。
旅の疲れを癒すには、温泉はもってこいだ。
「そぉいやさ、バウルから見ると、ここの森って変なマークになってるわよねん?あれ、何か意味あると思う?」
ベティは気だるそうに足を伸ばすと、頭にタオルを乗せる。
「あら、ベティが知らないとは思わなかったわ。あれはここのギルドの紋章よ」
ジュディスがクスリと笑った。
「へえ…ジュディスよく知ってたわねん」
「やんちゃしてた頃に、酒場で聞いたの」
「やんちゃって……どうせ賭け事でしょ」
リタは広いスペースにもかかわらず、ちょこんと膝を抱えて湯に浸かっている。
「にしても、降りるとわからないですよね?どうやって森の木を切るんでしょう?」
「きっと連中のなかに空を飛べるやつがおるのかもしれんのう」
パティはケラケラと笑う。
「んなわけないでしょ。簡単よ、測量の知識があれば、誰でもできるわ」
そう言ったリタは、次々手法を説明してくれたので、森の紋章の謎はあっさり解けてしまった。
「ユウマンジュ七不思議かと思ったのに、なんか残念〜」
ベティは大きくため息をついた。
「七不思議?なんじゃそれは?」
「海にも七不思議はあるでしょん?そういうのが、この温泉にもあれば面白いなぁって」
「そういえば、お城にもありますね。七不思議」
エステルが唇を抑えた。
「まだあるんだぁ?本棚から消える百科典とか?」
ベティがニヤリと笑う。
「そうです!中庭の小人とか!」
エステルは嬉しそうに瞳を輝かせた。
「なにそれ、非科学的……」
リタはため息をついた。
「あら、おもしろそうじゃない。探してみましょうよ、七不思議」
「怖いのは嫌よぉ?あくまで不思議なことを七つよん」
「楽しそうじゃ!うちも探すぞ!」
「そういうのって、ほとんど思い込みだけどね…」
リタはお得意の、バカっぽいが発言が今にも飛び出しそうだ。
「わたしもやります!リタも一緒に探しましょう!」
エステルはリタの両手をとって、彼女を見つめる。
「なんであたしが……!」
「そうと決まればさっそく始めるのじゃー!!」
パティが勢いよく立ち上がったので、しぶきがあがり、言いかけていたリタにおもいきりかかった。
彼女は諦めたようにため息をつき、エステルの瞳を受け入れた。
「よーしっ!ブロンドマーメイド出動!!」
ベティもパティに続き立ち上がると、2人は脱衣所へと楽しそうに歩いていく。
「あら、凛々の明星ではなくてブロンドマーメイドなのかしら?」
「凛々の明星出動です!」
エステルも、ぐっと拳を握った。
「で、なんか不思議なことってあったりしないのん?」
ベティはパティと、ユウマンジュの客室清掃係の女性に聞き込みをしているところだ。
「そうですね……言っていいのかわからないんですけど…」
「なんじゃ!なんなのじゃ?!」
パティがずいっと女性に詰め寄る。
すると女性は小声になり、ベティとパティに顔を近付けた。
「実は、1番奥のお部屋なんですけど、誰もお泊りにならないと、次の日に子どもがはしゃぐような声が聞こえるんです」
「やだ、それ怖い話じゃん!不思議な話にしてってばぁ」
ベティは思わずパティの後ろに隠れる。
「そう言われましても、これも不思議じゃないですか?」
女性は困ったように眉を下げた。
「仕方ないのじゃベティ姐。七不思議も怪談話と大してかわらんからのう」
「お前ら、部屋戻らないで何やってんだ?」
客室の廊下を、奥からユーリがこちらに歩いてくる。
「ユーリぃ〜七不思議を探しておるのじゃ〜!どうじゃ?ユーリも一緒に探さんか?」
「七不思議?怖い話か?」
「違うわよん!あくまで不思議な話だから!」
「………そおいや、この辺はよく霧がでるんだけどよ。そういう時に森に入ると、どんだけ歩いてもまたユウマンジュに戻っちまうらしぜ?」
「へえ、七不思議っぽいかもぉ」
「あの!あんまり色々と言いふらさないで下さいね?」
女性は念を押すように言った。
「心配するでないぞ!」
「内輪で楽しんでるだけだからぁ」
「変な噂を流すと、霧に攫われちゃいますよ」
女性は今度は脅すように言ってきたので、ベティはさらにパティの小さな背中にしがみつく。
「怖いなら七不思議なんか探すなよ」
ユーリは肩を竦めてそう言った。
「そろそろジュディ姐たちも何かわかったかのう?」
「そうねん、一回集合場所に行きましょん」
ベティはそう言ってパティの手を引いた。
彼女が一歩踏み出したのと同時に、ユーリの手を掴んで引っ張ったので、三人が縦一列に手をつなぐという奇妙な光景に、清掃係りの女性はくすりと笑って仕事に戻って行った。
ロビーに集合する約束だったので、ロビーの一角にある畳コーナーで草のいい香りを吸い込みながら待っていると、エステルが慌てた様子で走って来た。
「大変です!!リタとジュディスが居なくなっちゃいました!!」
思わぬ言葉にユーリ達は顔を見合わせた。