満月と新月
友からの言葉
それからさらに一ヶ月が過ぎた。
ユーリは相変わらずぐだぐだと日々を送っていて、時々西の海岸に行ってはベティを探して帰ってくる、というなんとも情けない日々を送っていた。
凛々の明星の仕事も受けておらず、下町に篭りっぱなしで、今日も変わらず箒星の二階でだらだらと過ごしていた。
今日は天気がいい。
静かな時間を邪魔するように、ドンドンと大きな足音が響いてくるので、ユーリは僅かに眉をしかめた。
わざと音をたてて階段を上がってくるその気配に、彼は少し不機嫌そうだ。
ユーリはついに来たその人物に、深いため息をつく。
「ユーリッッ!!」
勢いよく扉をあけたのは、案の定フレン。
「君はいつまでそうしているつもりなんだ!」
フレンはベッドに寝転んでいるユーリに怒鳴るのだが、彼は心底うっとおしそうに、壁を向いた。
「ユーリ!!!いい加減にしろ!」
フレンはユーリの肩を掴む。
「君がそんなんでどうするんだ!そんな情けないやつにベティを任せたつもりはない!」
フレンが言い放ったその言葉に、ユーリの肩がピクリと動いた。
「だったらお前は何かできたって言うのかよ」
ユーリの怒気を含んだ声が響く。
「お前ならあいつを守れたってのか!?ああ!?」
ユーリはフレンの手を払って立ち上がると、睨むように碧眼を見つめる。
「そんなことを責めてるんじゃない!話をすり替えるな!君の今の状況に怒ってるんだよ!」
フレンも負けじと言い返す。
「そうかよ!悪かったな!お前はすげえよ!立派に騎士団長やってんだからな!」
ユーリの言葉にフレンは何も言わず睨み返した。
「……わかってんだよ!……でもな……あいつが何度も夢に出てくんだよ………旅してたときみたいに……笑って……」
ユーリは額に手を当てた。
髪がぐしゃりと乱れる。
「リタでも方法がわかんねえんだ……オレに何しろってんだよ……」
こんなに情けなく落ち込むユーリを、フレンは見たことが無かった。
どんなときでも達観していて、周りを大丈夫だと思わせるようないつものユーリは、どこにも居ない。
「……何もできなくても、やるべきことはあるだろう。ベティが今のユーリを見たら愛想を尽かすだろうね」
フレンは変わらず凛とした声で言った。
「わかってんだよそんなこと……わかってんだよ……」
ユーリはどっかりとベッドに腰を降ろした。
「エステリーゼ様は副帝として立派にやっておられる。ハルルと帝都を行き来しながら、絵本も描いている。カロルだって凛々の明星の仕事をこなしているし、ジュディスもバウルと共に世界を飛び回っている。パティも海に出ているし、レイヴンさんもギルドと騎士団の混成部隊のために動いて、ヨーデル陛下も気丈に公務をこなしていらっしゃる。その中でも何か術は無いかとみんな探している。リタだってまだ星の記憶の事を調べているんだ。あれからずっと」
フレンの言葉にユーリは黙ったままだ。
「それなのに君はなんだ。いつまで落ち込んでいるつもりだ。それでも僕の親友か?」
長い沈黙が流れる。
不釣り合いなほど暖かな日差しが窓から差し込んでいて、抜けるような青空が、さらにユーリの心を虚しくさせる。
「………あいつ泣いてたんだ……でも抱きしめてやれなかった……今も1人で泣いてんだよ……さみしがってんだよ……」
ユーリは膝に肘をついて両手で目を塞いだ。
「なのにオレの夢ん中では笑ってんだぜ……本当は泣いてんのに……」
フレンはユーリの隣に腰を降ろした。
「情けないな。そんなユーリにベティを任せて大丈夫だろうか」
フレンはふうっとため息をはいた。
「…………ふざけんな、お前には渡さねえよ」
ユーリの言葉にフレンはクスリと笑った。
「リタがエステリーゼ様と城で待っている」
フレンは立ち上がると、不適に笑ってみせた。
「………お前……ふざけんな」
ユーリは顔をあげてフレン睨んだが、彼は勝ち誇った笑みをたたえたまま、ユーリを見るだけだった。
ユーリは立ち上がると自分の剣を持った。
「……フレン、サンキュな」
振り返らずにそう言ったユーリは、そのまま部屋を出て行った。
フレンはそんな親友の後ろ姿に、満足気に笑った。
暖かい午後の空気が、似合いの花の香りを運ぶ。
「ユーリ!」
城の入口でリタとラピードと共に待っていたエステルが嬉しそうに手を振る。
「きたきた。世界一情けない男が」
リタはニヤリと笑って見せたので、ラピードも同意をするように鼻を鳴らした。
「……悪かったな……で、どうなんだ?」
ユーリは罰が悪そうに言った。
「いい知らせよ」
リタの返事にユーリも思わず表情が緩む。
「カロル達にも知らせたので、私の部屋に来てください。みんな待ってます」
エステルは嬉しそうに笑った。
エステルの部屋では皆が首を長くして待っていた。
もちろんユーリのこの一ヶ月の行動を、皆がなじる事となったが。
「さて、本題に入るわ」
リタの言葉に、皆が一瞬で真剣な顔になる。
「ぶっちゃけ、あたしは何もわからなかったのよ」
「じゃあいい報告とはなんなのじゃ?」
「結論からいうと、これをしてもベティが無事に戻ってくるかわからない」
「いままで試みたことがないそうです」
「でもあたしは成功するって確信してるわ」
「リタが言い切るなら、大丈夫なんじゃないかしら?」
「で、どうすんの?」
レイヴンがそう言うと、エステルが頷いて話し始めた。
「実は………」