満月と新月 | ナノ
満月と新月



もう一度抱きしめて



騎士団長室へ行くために、城の廊下を皆でぞろぞろと歩いて行く。


「下町寄ってこぉよ」

ベティが言った。

「そんな暇ねえだろ?井戸掘りの手伝いさせられんぞ」

ユーリはベティの髪をぐしゃぐしゃと撫でた。

「いいじゃんたまには」

「息抜きにもなるかもしれませんし、少し寄っていきませんか?」

「エステル話がわかるぅ、みんなもいいー?」

「うむ、ベティ姐も元気な顔見せてやるといいのじゃ」

「ちょっと寄るだけよ」

「ま、焦っても仕方ねえか」

レイヴンは頭の後ろで両手を組んだ。

「みんながいいなら、ボクはいいけど」

「だ、そうよ?」

ジュディスがユーリに悪戯っぽい笑みを向ける。

「………はいはい、オレが悪者かよ」

ユーリはふうっとため息をはいた。






騎士団長室では、ソディアとフレンが話をしている最中だったが、ユーリ達を見ると、ぺこりと頭を下げて出て行った。
素晴らしいほどの態度の変化だ。

いままでユーリと話す時は、常に剣に手をかけていたのに。


「わざわざすまない。ベティの事で気になる事があって」


フレンは椅子から立ち上がると、ユーリたちのそばに歩いてきた。

「なんだ?今は少しでも情報が欲しい」

「実は、デュークに会ったんだけど……」

フレンの言葉に皆が驚いた。


「どこじゃ!?どこで会ったのじゃ?!」


パティはフレンに詰め寄る。

「おっ落ち着いて、パティ!それで、フレン……」

ベティはパティをなだめるように言った。

「あ、ああ……会ったのは西の海岸だよ」

「朝?だよな。まだ近くに居るかもしんねえ」

「行きましょう!」

「待て待て、んでフレン、気になる事ってのは?」

「それが、僕を見て"友との別れは近い。覚悟しておけ"って言ったんだ」

フレンの瞳は不安を映している。

「やっぱりあいつなら……!」

リタはぐっと拳を握る。

「他には何も?」

レイヴンが言えば、フレンははい、と頷いた。

「早く行こう!」

カロルが急かすようにバタバタと足踏みをする。

「君たちは本当に一体何を……」

フレンは眉を寄せる。

「わりぃ、説明はまた今度な」

ユーリは片手をひらりと振って見せた。

ベティはごめんね、とフレンに言って、部屋を出ようとしたが、不意に視界は別の風景にかわり、思わず立ち止まる。


砂浜の海岸に佇む、銀髪の後ろ姿。


風が彼の髪を梳いていき、彼の背後には皆の姿。



「……っ!会える!海岸でデュークに会える!」



ベティは思わず声をあげた。

「おまえ!まさかまた……!」

ユーリは悔しそうに眉を寄せ、ベティの腕を掴む。

「見えてしまったのだから仕方ないわ。急ぎましょう」

ジュディスは諭すように言った。

「待ってくれ!一体……!」

フレンが声をあげる。

「今は信じて、弟を護ってやってよ。ベティちゃんは必ず無事にまた連れてくるから」

「レイヴンさん……」


皆が出て行った部屋に、パタリと扉が閉まる音だけが響き渡った。
フレンは大きくため息をついて、もう騎士団長の顔に戻っていた。







下町に顔を出すどころではなくなり、そんなことは皆もすっかり忘れてバウルと共に帝都の西にある海岸を目指す。

皆落ち着かない様子で、甲板に居た。
デュークなら何か知っている。そう確信していたから。


「デューク!!いたよ!!」

下を覗き込んでいたカロルが叫んだ。
皆も慌てて覗き込めば、波打ち際にデュークの後姿が見えた。


「梯子を降ろすわ。急ぎましょ」


ジュディスが縄梯子をかけた。








「デューク!」

ユーリが叫ぶ。
デュークは潮風に髪をなびかせながら、海を見たまま振り向かない。
ベティは先ほど見た光景と全く同じで、なんとも言えない気持ちになった。

「デューク!星の記憶のこと教えてくれ!」

ユーリがそう言えば、デュークはゆったりとした動作で振り返る。

「お願い!わかることを話して!」

リタは藁にも縋るような思いで声を張り上げた。



「………においつけられたら最後、もはや逃れる術は無い。今思えば、エルシフルがベティを生かしたのも、全て星の記憶の導きだったのだ」



「エルシフルは自分の意思であたしを助けてくれたわ!」

ベティはきっとデュークを睨んだ。



「例えそうであっても、星の記憶に干渉されたにすぎない」



デュークは悲しげに目を伏せた。

「意識まで操れるってことなんです?」

エステルは不安気に言った。

「星の記憶はただその膨大な情報を、保持するためだけに動いている。星の魂は重要な要。それを来るべき時まで地上で育て上げるのも、また当然……」

「だったら代替わりさせる必要ないんでねえの?」

レイヴンが言った言葉に、デュークは眉を寄せた。


「……星の魂は所詮、人………その意識にも寿命がある」


「だったら、代替わりしないと世界は混乱に陥るということかしら?」



「そこまでわかっているのであれば、無用な足掻きはやめておけ。ベティはなにも死ぬわけではない」




「ふざけたこと言ってんじゃねえ……今ここでベティは生きてんだ!」



ユーリはデュークに掴みかかった。
いつもの冷静な彼は居ない。


「ならば世界を混沌に陥れるか?自分たちが救った世界を。このテルカ・リュミレースに生きる全ての命と引き換えに、ベティを助けるというのか?」


デュークは厳しい目線を向けた。
ユーリは押し黙ってしまい、俯いて手を離した。




「混乱ってなにが起きるの?」

カロルは皆の様子を伺いながら言った。

「……星の記憶が溢れ出せば、永きに渡るこの星のすべてを、全ての生き物が知ることとなる」

「本当にそうなったら、人も魔物も動物も、正気じゃいられないわ」




リタの言葉を最後に、嫌な沈黙が流れる。



波の音だけが辺りを支配していく。








「………ほんとに、ダメみたいねん」


沈黙を破ったのはベティの凛とした声。

「ダメなんかじゃないのじゃ!うちが!うちがなんとかするのじゃ!」

パティはベティに抱きついた。

「……もういいのパティ、ありがとう」

ベティは優しくパティを撫でた。


「そんなのっ許さないのじゃ!ベティ姐らしくないのじゃ!……ブロンドマーメイドは……強くてかっこいい2人組……なのじゃ……」


パティの目から涙が落ちる。



「みんなありがとう……ごめんねぇ、振り回して」



ベティはにっこりと笑う。

「バカいわないでよ!」

リタの目が潤む。
もういよいよ手詰まりなのだ。


「そうですよ!まだ他に方法があるかもしれません!」

「そうだよ!ボクたち今まで色んなこと乗り越えてきたのに!」

エステルとカロルの言葉に、ベティは優しく微笑んだ。


それを見てレイヴンとジュディスは眉を寄せた。
もう、何もできることがないと悟って。


「クゥン…」


ラピードがさみしそうに喉を鳴らすと、ベティはそっとラピードを撫でてやった。




「ユーリ……ごめんね」



ベティは俯いたままの彼に、笑顔で声をかけた。






「………ふふ、また未来……見えちゃった……」



ベティは空を仰いだ。


「あたしには、悲しい未来ね……」




ベティが皆の後ろを見つめた。
デュークはそれに気が付きわずかに眉を寄せる。


皆が2人の視線を追えば、そこには星の魂が立っていた。
まるで死神のようだ。





風が吹き抜ける。海の匂いがする。





ベティはひと呼吸置いて地面を蹴った。




双剣を抜き、星の魂を斬る。

皆が驚きに息を呑んだが、少年の姿をしたそれは、ベティの剣を受けることなく、斬撃ごとベティも素通りしてしまった。




「…………っ」



ベティは唇を噛んだ。
涙が一筋頬を伝って、彼女は愛刀から手を離した。



何も斬れなかったその双子剣は、虚しく砂浜に落ちた。




「気が済んだ?」



星の魂は澄んだ声で言った。
そこにいままでの意地悪な笑みや含みはなく、ただ子供の声で。
ベティは何も言えず、溢れる涙を拭うことも出来ずにいた。


「ごめんね。僕も、もう終わりにしたいんだ」


そう言った星の魂は、今はただの少年に見えた。

二千年前、彼もまた、納得なんてできないまま、引き離されたのだ。
そして永遠のように長い時間から、やっと解放される。


ベティの自由と引き換えに。


星の魂はベティに背を向けたまま微笑んだ。


「終わったんだ……」


そう言った瞬間、彼の体は砂のように流れていく。



ユーリ達は驚きに目を見開いた。


星の魂は、キラキラと光の粒に変わっていき空に消えていった。


すると今度はベティから光の粒が溢れ出す。

彼女はハッとして振り返った。







「ベティっ!」







ユーリは思わず駆け出して、抱きとめようと手を伸ばす。


ベティも同じように手を延ばした。



「…っ!……ユーリ!」



彼女の体はどんどん光に変わっていく。
2人が伸ばした手は、あと少し。







「ベティ!!」







ユーリが伸ばした手は、空をつかんだ。


ベティの涙が一粒零れて、消えた。





2人の手は繋がれることなく。





[←前]| [次→]
しおりを挟む