満月と新月
空と海のお墓
ひとまず調べ物はリタとエステルに任せ、タルカロン周辺から探すことにした。
バウルに崩れたアスピオ前でおろしてもらうと、早速捜索を始めるが、手がかりがないので困ったものだ。
凛々の明星(りりのあかぼし)である、ベティがいればバウルは居場所がわかると言うので、二手に分かれるわけにもいかない。
「うーむ。タルカロンを出て2日、デュークはどこにおるかのう…」
パティは双眼鏡であたりを見回す。
魔核は失われたが、双眼鏡としてはキチンと役割を果たすようだ。
「やっこさんの事だし、森……とかね」
レイヴンは、歩きながら顎鬚を撫でる。
「そっか、森を探してみよう!」
「森っつっても、ありすぎるだろ」
「街で聞き込みしても無駄かしらねん?」
「どうかのう?」
「今日はこの近く探して、夜までにはハルルに行くか」
ユーリ達は草木を分け入って、ひたすらさがす。
「これじゃまるで、幻の貝でも探しておる気分じゃのう」
背の高い草の中では、パティは帽子しか見えない。
「おーいデューク!」
カロルが叫ぶ。
もちろん返事はない。
「ねえ、精霊にさがしてもらえないかな?」
「無理よん。完全に私用だものぉ」
「だよね……」
カロルは残念そうに俯いた。
「あ!!!」
突然ベティは声をあげた。
「どうした?」
「ねえ!エルシフルのお墓参り行ったんじゃなぁい!?」
「え?それってどこ?」
カロルが首を傾げる。
「エフミドの丘!前にクロームが言ってたのよん!海の見える場所にお墓を建てたって!」
「………あそこか」
「急いで向かったほうがよさそうね、そんな長居するとも思えないし」
ひとまず一行は北西へと向かう。
既に日は傾き始めていた。
ヘラクレスの砲撃で空いた大穴のせいで、通れなかったのだが、今は道を塞いでいた瓦礫も撤去されているようだ。
ジュディスが壊した魔導器も、綺麗に片付けられていた。
初めてユーリ達とここを通ったときのように、獣道を進む。
ここを通ったのは、もう随分と前だ。あの時からどんどん事態が大きくなり、世界のあり様までも変えてしまうことになるとは、誰も想像がつかない出来事だった。
「………もうすぐだね」
カロルがぽつりと呟く。
小道をのぼり、潮の香りが広がる。
視界が一気にひらけると、目の前には夕焼けに染まった空、そして共鳴するように同じ色を映す海が視界を占領する。
パティがたまらず走り出し、辺りをキョロキョロと見回すが、そこにデュークの姿は無かった。
「……いないか」
レイヴンはふうっと息を吐く。
「でも、居たんだ!」
カロルは古ぼけた石の前に、花が添えられているのを指差した。
その花はまだ新しく、少なくとも日がたっているようには見えない。
「そのようじゃの、しかしどこに行ったのかのう」
パティは困ったように墓石の前に座り込む。
ベティも隣に並んで、静かに手を合わせた。
(エルシフル……あなたに貰った命、精一杯生きるわ……)
ベティは心の中で語りかける。
返事をするように海から、ふわりと風が吹き抜けた。
ベティは、髪を梳いていったその風に、どこか励まされたような気がした。
「ここに来てたのは間違いねえみたいだな」
ユーリもベティに習って手を合わせる。
「他の大陸に渡るなら、ノール港しかありえないわな。だが……」
レイヴンは眉を寄せる。
「行き先がわかんねんだ。とりあえずノールに向かって、港でそれらしいやつが居たか確かめるしかねえな」
「デュークでも船を利用するのかな?」
「今はクロームも居ないし、大陸を渡るにはそうせざる得ないわねぇん」
ベティはパティの帽子をひょいっとかぶる。
パティは笑って彼女に抱きついた。
彼女は実際のところかなり年上のはずだが、ベティには妹のように甘えてみせる。
「じゃあ、行くか。夜になると面倒だ」
「じゃの!」
そのままノール港へと向かったのだが、困ったことに雨が降りだしてきてしまい、ベティはすっかり元気を無くしていた。
「お前、先に宿で休んでるか?」
ユーリはそっとベティの頬に触れた。
冷たくなっていて、顔色も悪い。
「んー平気ぃ」
「だめなのじゃ!ベティ姐は寝るのじゃ!心配せんでもうちがデュークを連れてきてやるのじゃ!」
パティはぐいぐいとベティを宿屋に押した。
「あは、ありがとねん。今日は甘えるぅ」
ベティは笑顔でパティ達に手を振った。
ユーリ達は港へ向かい、デュークの聞き込みを始める。
ベティは宿を取ると、真っ先にベッドに寝転んだ。
雨が降れば体調もままならない。未だにこの呪縛からは解かれていないようだ。
鉛のように重い体。思い出すあの日のアレクセイの言葉。
ーーーナイレンが死んだ
そして、その裏でアレクセイが動いていた事実。
それがなければ、ナイレンは死ななかったし、シゾンタニアの街にもまだ人は住んでいただろう。
悔しくてたまらない。
でも、人の死はいつかは通らなければならない道でもある。
それがわからないベティではないが、彼女の生き方を変えた彼は、とても大きな存在なのだ。
今も、昔も。
今は皆に甘えて、ベティは素直に眠りの闇に落ちていった。