満月と新月
手がかり
「しっかし、よくデュークを説得できたもんよ。ベティちゃんお手柄だわ」
レイヴンはデュークが去って行った方を見つめた。
本当に感心感心、と頷きながら。
「彼も人間だもん」
ベティは笑った。
自分が人の考えを変えられるほど、立派な人間とは思えないが、デュークは話をして、少し考えを変えてくれたことが嬉しくて。
「本当にやったんだね……」
カロルは光が舞う空を見上げた。
本当に頑張らなければいけないのはこれからだ。
結界はなくなり、約束された安全は無くなった。それだけではなく、ありとあらゆるもの、生活の基盤となるものも、今やもう無いのだから。
荒療治ではあるが、エアルの乱れを根本的に解決するには、最も有効的な手段だろう。
「……タルカロンが落ちるわ」
ベティがぽつりと呟いた。
「え?」
エステルはベティを不思議そうに見た。
「あ……いや……わかんないけど、なんとなくそういう気がして…」
ベティは自分でも、先ほどの言葉に驚いたようで、両手を振って誤魔化すようなそぶりを見せた。
「………」
ユーリはじっとベティを見つめた。
「落ちてもおかしくないんじゃないかしら?どうやって浮かんでいるのかもわからないのだし」
ジュディスが言った。
リタが何事か思案しようした、その時、広間の床が揺れ始める。
「わっ!ほんとに落ちる!?」
カロルは辺りを見回す。
「まずい!すぐにここをでないと!」
フレンが言った。
「バウルを呼ぶわ!みんなあそこへ!」
ジュディスが指差した方は開けていて、乗り越えられそうな塀があるだけで外へ通じているようだ。
「急ぐのじゃ!」
慌てて皆は駆け出した。
グラグラと揺れるので、うまく進めないのだが、なんとかたどり着くと、バウルは既に塀の向こうで待っていて、早く乗れ、と言わんばかりに咆哮を上げた。
「みんな飛べよ!」
ユーリが声を張り上げる。
皆は次々にフィエルティア号へと飛び移る。
皆が乗ったところで、バウルはすぐにタルカロンを離れた。
巨大な塔は、傾いたかと思うと、浮力を失い、そのまま落ちて行った。
とてつもない音が鳴り響き、空気はビリビリと振動を伝えていく。
北の山々は、舞いあげられた砂埃に姿を隠してしまった。
「フレンは帝都でいいか?」
ユーリはフレンに向き直る。
「君たちはこれから、どうするんだい?」
「まだ、ベティの事で片付ける事があるから」
リタが間髪いれずに答えた。
「………そうか、僕に協力できることはあるかな?」
「フレン、騎士団長として、やることあるでしょ。気にしないでってばぁ、あたしは大丈夫だからねん」
「そんな風にはみえないよ。僕だけこのままもどるわけには…」
「あら、皇帝陛下に星喰みの報告をしないといけないんじゃない?それに、お姉様の無事も伝えてあげないとね」
ジュディスは優しく微笑んだ。
「フレン、星の記憶の話は、ヨーデルには言わないで」
ベティはフレンを見ることなく言う。
「……わかった。なにかできる事があれば教えてくれ」
フレンは苦い顔をしながらも、頷いた。
フレンを帝都で降ろすと、ユーリ達はすぐさまミョルゾへと向かった。
クローネスと共に、移動を続けている街なので、バウルに追いかけてもらう事となる。
ベティは甲板に腰をおろし、夜が迫り始めた空を見上げていた。
色々なことが頭の中を駆け巡り、考えはまとまりをみせてはくれない。
不意に、背後から優しく抱きしめられる。
慣れた匂いは、ユーリだ。
彼が首をもたげたので、さらりと黒髪がベティの肩を触っていく。
「平気か?」
ユーリは優しく問いかけてくる。
「ん……たぶんね……」
ベティの歯切れの悪い返事にユーリは抱きしめる力を強くする。
「平気なわけ、ねえよな……」
「…………」
ベティはそっとユーリの腕に触れた。
2人にそれ以上言葉はいらなくて、ただお互いの体温を感じていられるだけで、今は幸せだった。
ユーリ達がミョルゾについたのは、すでに夜がすっかり更けている頃だった。
今から長老の所を訪ねるのは、さすがに気が引けるので、ユーリ達は休むことにした。
焦る気持ちは強いが、大仕事を終えた直後で、正直なところ皆はヘトヘトだった。
前に使わせてもらった空家のベッドは、皆が寝られるほど大きなもので、天蓋まで付いている。
「ボク、一回このベッドで寝てみたかったんだよね!」
カロルは嬉しそうに、ぼすりとベッドに飛び込んだ。
「……のんきなもんね。ジュディス、ここ何か資料が置いてあるところとかないの?」
「そうね……それも長老様に聞いてみないとなんとも……」
「いいからいいから!今日は休んで、明日にしましょぉ!」
ベティは明るくリタとジュディスに言った。
その夜、右にはユーリ、左にはパティとがっちり挟まれながら眠ることとなったベティだったが、みなの寝息が聞こえはじめても寝付くことが出来なかった。
体はちゃんと疲れているのだが、眠気はさっぱりやってこない。
もぞもぞと何度も寝返りをうちながら、眠ろうとするが、かえって目が冴えてくるので、ベッドを抜け出し散歩をする事にした。
ミョルゾはいつでも丁度いい気温だと思う。
冷え込むことも、暑くなることもない。
クローネスを通して注がれる月の光は、幻想的で、まるで水の中にいるようだ。
夜は灯りの一つもともされていないこの街は、月明かりがよくはえる。
どれだけ明るく振舞っても、本当は怖くて怖くてたまらない。
泣きついて縋りたくなるほど、怖いのだ。情けなくなるほどに。
「全部片付いたら、ライヴしよってリリに言ったのに……」
ベティはぎゅっと拳を握った。
「ベティ!!」
ユーリが叫ぶ。彼は焦った様子でこちらに走って来た。
「居なくなったかと思って、マジでびびったぜ!」
ユーリはぎゅっとベティを抱きしめる。
「ユーリ……」
「急に居なくなんな。眠れねえなら声かけろ、散歩付き合うから」
「……ごめんね、ユーリ」
ベティもユーリの背中に腕を回した。
そうだ、怖いのはベティだけじゃない。
ユーリだって同じなんだ。
いつも動じない彼が、こんなにも必死になって、自分を探してくれるのだから。
消えてしまうわけにはいかない。失う痛みは誰よりも知っている。
ユーリにそんな思いをさせたくなんてない。
もちろん、みんなにも。