満月と新月 | ナノ
満月と新月



テルカ・リュミレース



「なっなんなのあれ!」

リタは地団駄を踏む。

「なにしにきたのかな?」

カロルは星の記憶が居たところを見つめた。

「からかいに来たようにしか見えないわね」

ジュディスが言う。

「ベティ姐……」

パティが心配そうに彼女を見つめた。

「一体どういうことなんだい?ベティが狙われてるって……」

フレンが問う。

「それがこっちもさっぱり、やばいもんに狙われてるってくらいしかわかんないのよね」

レイヴンが困ったように言った。

「狙われてる……」

フレンは不安気にベティ見つめる。




「大丈夫か?」

ユーリは膝をついてうつむいているベティの肩に触れる。

「……っ……平気!行こっ!」

ベティは顔をあげて笑って見せた。

「ばか……無理しちゃって……」

リタはボソリとつぶやいた。




「ベティ!今すぐミョルゾに行きましょう!」



エステルが彼女の手をぎゅっと握る。

「なぁに言ってんのぉーダメダメ!ここまで来たのにぃ」

ベティは明るく言った。

「わたしと2人で行きましょう!ここはみんなに任せて……」

「なっ!じゃああたしも行くわよ!」

リタは声をあげた。


「リタはいけません!星喰みの…「ダメよ!!」


エステルの声をベティが遮った。



「そんなのだめ……お願い……デュークんとこ行こう……」



ベティの手は小刻みに震えている。

「でも!」

エステルは眉を寄せる。

「ベティがそれを望まないのなら、一緒に行くべきだと思うけれど」

ジュディスが諭すように言った。

「………ごめん、取り乱した。行こう、星喰みをやっつけに…終わったらすぐにミョルゾ向かうから」

リタが階段に向かって歩き出した。

「……ありがとね」

ベティは立ち上がる。

「あんま無理すんなよ……」

ユーリはポンポンと彼女の頭を撫でた。






長い階段を上がって行く。

一歩一歩上がって行くことで、ベティは動揺を抑えることができた。
それは皆も同じようだ。
一段、また一段と無言でのぼっていく。



塔の頂上が見えてくる。階段を登り切ると、開けた庭園のような所に出た。
頭上にのぞく空には、星喰みが間近に広がっていて、ここがいかに高い場所にあるのかがわかる。



「デューク……」


ユーリが呟く。

彼は広い庭園の奥で、術式を次々に展開させている。
宙の戒典を中心に組み立てているようだ。

皆がゆっくりとデュークに近付けば、彼もちらりと視線だけ、こちらを振り返った。

「デューク、オレたちは五体の精霊を揃えた。これで星喰みに対抗できる」

ユーリが言う。

「あの大きさをみるがいい」

デュークは星喰みを見上げる。
禍々しいその姿は、近くでみるとさらにとんでもないものに見えてくる。

「たった五体ではどうにもなるまい」


「それは要よ。魔導器の魔核を精霊に変えて補うわ」


リタはまっすぐにデュークを見つめた。

「世界中の魔核だもん!すごい数になるよ!」

カロルが言った。

「ついでにおたくの嫌いな魔導器文明も今度こそ終わりなんだから、悪い話じゃないでしょ」

レイヴンも真剣な眼差しでデュークを見る。

「……人間が大人しく魔導器をさしだすとは思えん。それとも………無理矢理奪うのか?」

デュークは無表情にこちら見つめ返す。

「無理矢理なんてしないのじゃ!」

「人が進んで差し出すとは信じられないのかしら?」

パティとジュディスもデュークをまっすぐ見据えて、しっかりとした声色で言った。

「一度手にしたものを、手放せないのが人間だ………」

デュークは目を伏せる。

「わかってもらえねえか……だけどオレたちは、オレたちの選んだ方法で星喰みを討つ。もう少し待ってもらえねえか?」

「僕たちは、人々の決断を、そして僕たち自身の決断を無にしたくないのです!」

ユーリの説得の言葉に、フレンが重ねた。



「それで世界が元に戻るというのか?」


デュークはこちらに振り返る。


「始祖の隷長によりエアルが調整され、あらゆる命が自然に営まれていた頃に戻るのかと聞いている」



デュークの言葉に皆が押し黙る。



ベティは、ゆっくりとデュークの側に歩き出した。

「ねえ」

コツコツと鳴るヒールの音が、静かな空間に響く。

「世界が元にもどる事を望むの?ならそこに人間の命も含まれるんじゃない?」

「………この塔は、元々都市だった。しかし古代人は、自ら兵器に変えたのだ。始祖の隷長を滅ぼすために!」

デュークは語気を荒げた。
その言葉に皆が驚く。

「魔導器の危険性を認めようとしない古代人にとって、始祖の隷長は邪魔な存在でしかない。星喰みが現れ、初めて人間は始祖の隷長の言葉に耳を傾けた。今の世界は多くの犠牲の上にある。それなのに、人はふたたび過ちを犯した!必ずまた繰り返し、どうしようもないところまで世界を蝕み、自分たちの存続のためだけに世界のあり方までも変えようとする。星喰みをも凌駕する破滅の使徒だ」

「それが、人間を滅ぼそうとするあなたの理由なのですか?」

フレンは静かに問うた。



「……友に誓った、この世界を守ると」


デュークは目を伏せる。

「エルシフルは、それを望むかしら?」

ベティはじっとデュークを見つめた。




「……何が言いたい」




「生きとし生けるもの、心あるものの安寧。そこに人が入ってないのかしら?」



ベティの言葉にデュークは何も言わない。



「どうしようもないから、人を滅ぼすの?それは、エルシフルを殺した、人間と変わらないじゃない」


「知ったような事を……詭弁だな……」




「嫌なものから目を背けて、世界を守る?嫌いなものを排除して、変化を受け入れない………ふざけんな!」



ベティの怒鳴り声にデュークはピクリと眉を寄せた。




「デュークのしてることは、子どもが箱庭作ってんのと同じよ!自分のしたいように世界をかえようとしてるのはデュークの方でしょ!」



ピリピリと痛いほどの空気に皆が身構えた。


「このまま人が世を治めていけば、より辛い未来になるのではないのか?」

デュークはベティを見つめる。



「デューク…本当にそれで幸せ?」



「………そんなもの……」

「必要ないわけないじゃない……あなたも人間でしょ?」

ベティはデュークに歩み寄ると彼の手を握った。


「あたしは、始祖の隷長に殺されかけた。あのときエルシフルはあたしを助けた。デュークも言ったよね、力を使わないで、自分の幸せを探せって………今なら意味わかるわよ」


「もはや時が流れすぎた……私は友を失い、星喰みもまた再び現れたのだから………」

「いつまでもグダグダしてんじゃないわよ!クロームだってあんたのこと心配してるのよ!それに!この世界にはあたしの大切な人が生きてんの!むざむざ殺させやしないわ!」

「ふっ……自らの身が危ういというのに……他を重んじるか……」

デュークは術式の中心にあった宙の戒典を引き抜いた。

「デューク………」

ベティが眉を寄せる。



「勘違いをするな、お前たちを信じたわけではない」



デュークは星喰みを見上げる。

「え……わかってくれた?」

カロルがキョロキョロと皆を見回した。


「拍子抜けだな。さ、やるか」

ユーリはリタ見た。



「………いくわよ、エステル同調して!みんなもサポートお願い」


リタが術式を展開すると、ユーリを中心にして、皆の足元にも術式が現れる。

「ユーリ!いくわよ!」

リタが叫ぶ。

ユーリは明星弐号を空に向けて掲げた。
精霊達がそれを取り囲むように現れ、皆の足元の術式も眩しいほどに光り始めた。
精霊たちは光を放つと、それは一直線に集まって弾け、そのまま散らばって行く。

流星のように駆け抜けて行く光を、皆が心配そうに見つめていると、リタの首もとの魔核から光が放たれ、ユーリの剣へと向かって行く。
すると、エステルの魔核、パティ、カロル、ラピード、フレン、そしてユーリの魔核も続いた。


世界中からも光が剣へと集まってくる。


「本当に魔導器を捨てたというのか……」


デュークが眩しいほどの光を見つめて言った。
ユーリの剣から放たれた光が星喰みを直撃する。

しかし、じわじわと進んでいく光の柱は、半分もいかないうちにピタリと止まってしまう。

「とまった!?」

パティが不安げに空を見上げて、皆も眉を寄せる。

「あと、あと少し足りない……」

リタも悔しげに唇を噛んだ。




「……エルシフルよ……世界はかわれるのか?」



デュークは手に持っていた宙の戒典を見つめた。
この剣には先ほどまで集めていた、人間の生命力が宿っている。


デュークは剣を握り直すと、ユーリの隣へと並ぶ。
彼の足元にも術式が展開されたかと思うと、デュークはユーリと同じように剣を掲げた。

途端に光が溢れ出し、ユーリの剣の光と同調する。
精霊たちもそれに応えるように集うと、ユーリの刀身は、巨大な羽のような形の光に変わる。


ユーリはデュークと顔を見合わせた。


2人は本来、相入れないが、今だけは戦友のような気がした。


ユーリは空を見上げると、一気に剣を振り下ろした。



いっけえぇぇぇ!


八人の声が響く。



光の剣先は星喰みを真っ二つにすると、そこから小さな光の粒が溢れ出し、どんどん星喰み全体が光に変わって散って行く。



「精霊……」

エステルは空を見上げ言った。

「あれ全部!?すごいや!」

カロルが嬉しそうに言う。

「星喰みに変わってた始祖の隷長が精霊になったんだわ……」

リタも呆然と空を見上げている。

「星喰みも……世界の一部だったってわけか……」

レイヴンは満足げに自身の無精髭を撫でた。

「綺麗……とても……」

ジュディスが呟く。

「じゃの」

パティも嬉しそうに笑った。

「千年たって、ようやく終わったのね……」

ベティは胸に手を当てた。


フレンはユーリの隣に並んだ。

「……やったな」

フレンの言葉にユーリはニヤリと笑う。




「……本当にこれで正しかったのか?」



デュークは誰にともなく問いかける。

「さあな。魔導器を失って、結界も無くなった。でもオレたちは選んじまったからな。生きてる限りはなんとかするさ」

ユーリはデュークに笑いかける。


「強いのだな」




「なに、1人じゃないからな」




ユーリの言葉に返事はせず、デュークは歩き出した。


「デューク!」


ユーリが彼を呼ぶと、立ち止まる。


「またな」


楽しそうに笑って見せたユーリに、デュークは振り向かずに去って行った。



ユーリはフレンと顔を見合わせ、どちらからともなくハイタッチをした。


「ユーリ!!」


ベティはユーリの元へ駆け出すと、勢いよく抱きついた。

「ベティ、ありがとな」

ユーリはぎゅっと彼女を抱きしめる。


皆もユーリとフレンの元へ走ってきた。






精霊たちが空をかけ、荒廃した地は緑豊かに変わっていく。
魔導器のない新しい世界が幕を開けた。


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