満月と新月
迫り来る運命
「ヨーデル、立派になったわねん」
バウルと共にタルカロンへ向かう道中、ベティはもう見えないオルニオンの街を見つめていた。
「よかったですね、ベティ」
エステルが横に並ぶ。
「ふふ、小さい時に一度だけ、エステルに会ってるのよ、あたし」
「え!?そうなんです?」
「エステル、一度だけお城のパーティーで、力を使ったでしょ?」
「え……ええ……っと……あ!魚!」
「そうそう、余興で魚を剣で突き刺してたのよねん……」
「あのあと、お母様に魔導器をいただいたので、今でもはっきり覚えています」
「そうなんだぁ……桃色の髪なんてめずらしいし、あたしも同じことができたから、話しかけようとしたら、あなたのお母様が手を引いて会場から引き上げてしまったのよねん」
「はい…今思えば、ずいぶんお母様はあわてておいででした……」
「実はね、満月の子の力が強いものは、みんな髪が桃色なのよん」
「え?だったらベティは?」
「凛々の明星(りりのあかぼし)は決まって金髪だったらしいけど、もともと金髪の人は多いからねん。フレンもパティもそうだし、ハリーだって金髪だしねん」
「そうですね、確かに私、お母様以外で同じ髪色の人を見たことないです……」
「ベリウスの話では、どっかに満月の子だけの住む街があるらしいわよん」
「えっ!それってすごいです!どこなんです?」
「さあ?そこまでは聞かなかったわねん。でも、隔離されていて、姿を見せることはないそうよ」
「どうして、その人たちは隠れているんでしょう?」
「さあ……隠れたっていうより、閉じ込められたってニュアンスだったわねん」
「そっそんな……」
「おい、あんま風当たってっと疲れるぞ。中入れ」
ユーリが2人に声をかける。
「はいはいっ」
「行きましょうか」
タルカロンに侵入したユーリ達は、外からの大きさも去ることながら、内部の規模に驚いた。
周囲には巨大な術式が展開している。
精霊の力が皆を守っていて今の所影響はないが、時間の問題だろう。
「こんなのがアスピオの側にあったなんて、いろんな意味でショックだわ………にしても術式が思ったより早く組み上がってきてる。急がないとマズいわね」
リタは眉を寄せた。
「油断せずに行こうぜ」
ユーリは奥に向かって歩き出した。
「なにこれぇ……すごいわねん……」
内部へと進むと、圧倒的な大きさと、見たこともないような壮麗さに皆驚いて息を呑んだ。
「すげえな……これ全部埋まってたとは思えねえな」
「アスピオ周辺で、魔導器が多く発掘されたのも、ここがあったからかもしれないな」
フレンは辺りを見回した。
「本に書いてあったよりずっとすごいです……これが古代ゲライオス文明……」
「これ、ほんとに兵器なのかしら?外からの眺めは都市みたいだった。改造して兵器にしたのかな?」
リタはこめかみを抑えながら歩いて行く。
「これだけの規模だもの、さぞ大勢の人が暮らしていたでしょうね」
ジュディスが言う。
「デュークか……できればやりあいたくないねえ、やっこさん人魔戦争のときにはすでにとんでもない英雄だった。今となっちゃ、力は未知数だわね」
レイヴンは肩を落とす。
「なあに、ケンカになる前に星喰みをなんとかすればいいんだよ」
「そしたら、デュークも戦う理由はないもんね」
ユーリの気楽な言葉に同調するように、カロルが言った。
「そうだといいけどねえ……」
レイヴンは不安気に眉を寄せた。
「デューク頑固だものぉ、きっと全力でかかってくるわよん…」
「そうじゃの、あの手のタイプはどこまでも突き進むのじゃ」
「怖いこといわないでよ……にしても、ここ迷子になりそうだね」
カロルがため息をつく。
「迷子になるなって方が無理だな」
ユーリはニヤリと笑う。
「ここに人が住んでたなら、どうしてたのかしらぁ?無計画な作りねん」
「規則性もないし、後でどんどん変えられたって感じね……」
リタが言った。
「動かないみたいだけど、これで移動してたんじゃないかしら?」
ジュディスは丸い昇降機の様なものを調べた。
「興味深いわね……」
リタもそれを調べ始める。
「これだけの文明を持っていたんだ、数年で構想が古くなり、どんどん計画が更新されたとも考えられるね」
フレンが言う。
「リタ、それでぴゃーっとデュークのとこには行けないのぉん?」
「ダメね、ロックされてる。別のところで制御してるみたい。それを解除しないと、ここからは動かせないわね」
「んじゃ、地道に行こうぜ」
「やっぱそうなるよねん」
外階段を上がり、広間に入ると、待ち構えていたザギがユーリを見てにやりと笑った。
「待ちかねたぞぉ……ユーリ・ローウェル……」
ザギの腕はベティが知らない間に、魔導器がついていた。
「なっなにあの腕……あたしが撃ったからあんなんなったのぉ?」
ベティはぶるりと体を震わせた。
「そっか、ザギが現れる時、ベティ居なかったもんね」
「あいつは……!」
フレンが眉を寄せた。
「しつこい野郎だな。てめぇに用はねえんだよ」
「世界を救うためかあ?くっくっくっ……」
ザギは体を震わせて笑う。
「わかってんなら邪魔しないでよ!」
カロルが怒鳴ると、ザギは不機嫌そうに目を細める。
「おいおいおいおい……だからこそ意味があるんだろうが!こいつをみな!」
ザギは腕に着けた魔導器を掲げた。
「この先の封印式をこれで構成してる。つまり、この腕をぶっ壊さねえとこの先には進めねえんだよ……」
「……なんてことを」
フレンは眉を寄せた。
「てめぇ……!」
「クハハハハ!ユゥゥリィィ!世界を救いたければ、オレとのぼりつめるしかないようだぜぇ!」
「ザギ……ここまでイカれたやろうだったとはな…いいぜ、ケリつけようぜ」
ユーリは明星弍号構える。
「いいじゃねえか!マジで戦ろうぜぇ!のぼりつめようじゃねえかぁぁぁ!」
ザギが魔導器から光を放つと同時に地面を蹴った。
皆には目もくれずに、ユーリ狙う。
「ひゃははははは!さあ!散れ!散れ!」
ザギはユーリに襲いかかった。
「もう、ここまでにしとこうぜ」
ユーリはサラリとザギをかわす。
「頭わいてんじゃないのぉ!?」
ベティは銃を放つ、ザギは難なくかわしていく。
「一体どこまで追いかけてきたら気が済むんです!?」
エステルが放った光の槍の雨が、ザギに降り注ぐ。
「そのありあまる情熱は、別のことにむけたほうがいいの」
パティも銃を撃ち込んだ。
「オレは貴様が死ぬまで追いかけてやる!」
ザギは楽しそうに両手を広げると、ユーリ目掛けて魔導器を放つ。
「先に死ぬのはおまえだろ!」
ユーリはザギの足を斬りつけたが、ザギが怯むことはない。
「ボクたちはおまえなんかに負けたりしない!」
カロルが果敢に剣を振り上げる。
「しつこくすればいいってもんじゃないわよ」
ジュディスは空中から斬りかかる。
「けけけけけけ……減らず口も……叩けるうちにたたいとけよぉぉぉ!」
ザギはカロルを吹き飛ばし、ジュディスも左腕の魔導器で弾いた。
「ホント、からみづらいわ……」
レイヴンは矢をはなった。ザギの肩をかすめる。
「負け犬ほど声が大きいわね」
リタの得意の火の魔術がザギを捉える。
「おらおらおらおら!どうした!どうした!どうした!」
ザギの攻撃をユーリが剣で受ける。
「マジでけりつけるぜ…」
「ザギ!おまえとの付き合いもここまでだ!」
フレンはザギの背後から斬りつける。
「ほんとにたいがいにしなさいよん!」
ベティは尽かさず双剣を振るう。
見事にザギの懐を斬り裂くが、彼はぴくりとも動揺しない。
追い詰められるごとに、楽しそうにニヤニヤと笑っている。
「のぼりつめようぜ!ユゥゥリィィィィ!」
ザギの魔導器から放たれた衝撃で、ベティとフレンが地面に叩きつけられた。
「調子のんのも、ここまでだ」
ユーリは衝撃波を放つ。
ザギはそれを避けるが、ユーリは衝撃波をおとりに、素早くザギの懐に飛び込み、斬りつける。
ザギは膝をつき、ボタボタ血を流している。
「痛みがねえ……全然ねえ…くくく…おお?体が動かねえな……次は体も魔導器に変えてこよう……そうすりゃ、もっと楽しめるだろ……なぁユーリ……ひっひっひっ!あーははははっ」
ザギは両手を挙げて笑い出す。
皆それを見て眉を寄せた。
ユーリはゆっくりとザギに近づく。
「ユーリ!」
フレンが叫んだが、ユーリはザギを斬りつける。
「ぐっ」
ザギはよろめいて、広間の床から足を踏み外した。
体がぐらりと傾く。
「地獄でやってろ」
ユーリの言葉通り、ザギは奈落の底へと落ちて行った。
皆、後味の悪い戦いとなり、難しい顔をしていた。
「あれでも、その筋じゃ結構、知られた名だったんだけどねえ」
レイヴンがぽりぽりと頭を掻いた。
「力を持て余した奴の、哀れな末路ねん……人を殺すことを生業にしてるんだもの、まともな最後はありえないってば……」
ベティは剣を収める。
「……余分な時間くっちまった。悪りぃ、行こうぜ」
ユーリにとっても、不本意な戦いだったようで、こちらを見ずに歩き出した。
複雑な造りの街を抜けて、長い階段の前に出た。
「あれは……あの先が最上階みたいですね……」
「みんな準備はいいか?」
突然のただならぬ気配に、ベティはぞくりと身を震わせた。
「グルルルルルルッ」
ラピードが威嚇をしたので、ユーリは立ち止まる。
「くだらないね」
聞き慣れない幼い少年の声に、皆は振り返った。
そこには白髪の少年が、青い目でこちらを蔑んだようにみつめている。
「え?男の子……?」
エステルは首をかしげた。
「……や………やめて………」
ベティはただならぬ様子で呟いた。
「ちっ………こんなところで、ご対面かよ……」
ユーリはベティを見て、剣を抜いた。
「なに!?誰!?」
カロルはおろおろとユーリと少年を見比べる。
「ま……まさか……」
リタはベティの顔が青ざめているのを見て、答えにたどり着いたようだ。
「あなたが、星の記憶ね?」
ジュディスも槍を構える。
「星の記憶……?」
フレンは聞き慣れない言葉に、眉を寄せた。
「それにベティちゃんは狙われてんのよ」
レイヴンが言う。
「惜しいね、僕は星の魂。大いなる意思の統率者」
その言葉にはっとして、ベティ以外が武器を構えた。
フレンもただならぬ気配に剣を抜く。
「あはははははっ」
男の子は心底おかしそうに高笑いをする。
「なにがおかしい」
ユーリはまっすぐに星の魂を睨む。
「僕にそんなものが通用すると思っている君たちがあんまりにも滑稽でね」
なおもクスクスとあざ笑うように笑う。
「それに、星喰み……やっつけるだなんて、人間は本当にくだらないよ」
「くだらなくなんてないのじゃ!」
「くだらないよ。星喰みによって生き物が死に絶えても、それは自然の摂理……時が過ぎれば、新たなる命が芽吹く」
「今生きてる者たちがあがくのは当然だろう!」
フレンはぎゅっと剣を握る。
「ははっ…まあ自業自得だよね…エアル乱したのは人間だもん」
星の魂は、滑るようにこちらに歩いてくる。
「星喰みを待っていても僕の目的は終わる…べつにどっちでもいいんだけど」
「目的……?」
リタが眉を寄せた。
星の記憶はぴたっと足を止めた。
「そう、やっと僕は戻れるんだ。今度はその女の番……だよね」
星の記憶は恍惚とした表情を浮かべる。
「戻れるって……一体どういう……」
エステルは困惑している。
「君たちに教えてやる義理はないさ。でも、まだだ……その女が目覚めたら、僕はやっと開放される」
星の記憶がすっと手を伸ばすと、ベティはびくりと体を震わせた。
「星喰みだなんだって勝手にやってればいいよ、それまで、ね」
ニヤリと口角を釣り上げると、星の魂は音もなく消え去った。