満月と新月
幸せに
夜も更け、宿屋の一室に皆が集まる。
「うっ……うえっ……ひっくっ……」
「あーもー!いつまで泣いてんのよあんた!」
リタが、ヨーデルと別れてから延々と泣いているベティに怒鳴った。
「だって……ヨーデルあんなちっちゃかったのに……覚えてるんだものぉ……」
「わかったわよもう!いい加減泣き止みなさいよ!」
「うっ………嬉しくて……ううっ…」
彼女の目は真っ赤で、グスグスと鼻をすする。
「にしても、同じ城に居てもわかんないかね?」
レイヴンが顎鬚を撫でた。
「お城は広いですし、皇族も奥の間から出ることも少ないです。騎士団の詰めている場所にも行くことはないですからね」
「なんにせよ、良かったじゃねえか」
ユーリは窓際で泣いているベティの頭をぽんぽんと撫でた。
「ほっ……ほんとにねぇ……」
彼女は嬉しそうに眉を下げた。
「……いいわね、兄弟」
ジュディスが微笑んだ。
「明日は大切な日じゃ。ベティ姐、散歩でもして気持ちを落ち着けてはどうじゃ?」
「そうしよっかなぁ。ちょっと頭冷やしてくる」
ベティは窓の外をみて、パティに同意し宿をでた。
夜の空気が気持ちいい。
ベティは、街を通る川の桟橋に腰掛けた。
静かな辺りは、時折見回りに歩く騎士の鎧の音がよく響く。
嬉しくて、一瞬忘れていたが、ヨーデルが星の記憶の事を知ったら……
彼女は眉を寄せた。
ごろんと寝転がり、星空を見上げれば、凛々の明星が輝く。
明日はタルカロンに向かうと皆で決めた。
なるべく星喰みに近付いて精霊の力を使うために。
デュークとぶつかるのは必至だろう。
もちろん、できることならば話し合いで済ませたいのだけど。
ギルド凛々の明星にベティが入ったのは、本当の所、さみしいと感じたからかもしれない。
ユニオンでは色々なギルドに誘われた。
でも、掟や信条に興味の持てるものは無かった。
でも凛々の明星は、掟らしい掟ではないし、心構えみたいなものしかない。でも、きっと素敵なギルドになる、そう思ったのはユーリが居たから。その様をみてみたい、と思ったのはカロルが居たから。ほっとけないと思ったのはジュディスが入ると言ったから。
そしてなにより、エステルの依頼。
皇族は誰しもが皇帝候補に名が上がるわけではない。
皇族の中にも決定的な壁がある。エステルはかなり遠縁。
ましてや父方は皇族ではないとなると、普通は候補に上がることはありえないのだ。
もちろん評議会が手駒にするのは充分、と考えたのだろうが、それ以前に彼女の力があったから。
エステルが騎士団の手で幽閉されていたことは知っていた。
そんな彼女が、自分の力の答えをみつけようと思ったのだから、そこから始まるあらゆる危険を退けてやりたいと、思ったのだ。
1番重要な所で守ってやれなかったが。
色々こじつけて、ギルドに入ってみたけど、案外悪くはない。
帰る場所があるのは、居心地のいい事だった。
背後に人の気配がしたと思うと、声をかけられた。
「お姉様」
ヨーデルだ。
「あら、夜更かしねん」
ベティの表情が緩む。
ヨーデルはフレンを連れていて、彼もにっこりと笑った。
フレンはヨーデルに敬礼をすると、少し離れたところに立つ。
「明日、皆さんと向かわれるのですね」
ヨーデルも桟橋に腰掛けた。
「そうねん、ヨーデルは心配しないでねん。これから忙しくなるわよん」
「そうですね、混乱は避けられないでしょうから」
「大丈夫。ヨーデルなら」
ベティは微笑んだ。
「信頼してくださるのですね。ありがとうございます」
「ヨーデルだってあたしを信じてくれてるでしょ」
「はい。これからお姉様はどうなさるのですか?」
「………これから、かあ……」
ベティは星空を仰いだ。
「またユニオンに戻られるのですか?」
「……ううん。前はドンに仕えていたけど、これからは凛々の明星の一員だから、ユニオンの内情には関わらないわねん」
ぼんやりと、ユニオン本部からの引っ越しも考えないとなあ、と思った。
それからヨーデルと他愛のない話をしていたが、少し冷えてきたので別れて宿へと戻った。
皆も出ているようで、宿には誰も居ない。
ベティはそそくさとベッドに潜り込み、シーツをかぶった。
明け方目を覚ませば、ユーリがいつものように隣で眠っていた。
しっかりとベティの体を抱きしめて、寝息を立てているのだから、恐れいる。
皆も眠っているようだ。
窓からは白み始めた空が覗いていて、部屋の空気もまだひんやりとしている。起きるには少し早いようだ。
肌寒いので、せっかく温まっているベッドから出たくないが、眠気もないのでもう一度寝付けそうにはない。
どうしたもんか、とじっとユーリの寝顔を見つめてみる。
寝顔は意外にも無防備だ。
眉間にシワを寄せたまま眠っていた時期もあったが、隣で眠るようになってからはぐっすり眠れているようだ。
「あたし居なくなったら……どうするのかしら…?」
思わずベティはつぶやく。
そのときユーリが薄く目を開ける。
「……はよ……」
寝ぼけた声でユーリが言った。
「おはよ」
「朝か…?」
ユーリはベティに甘えるように抱きついた。
「まだ早いから寝なよん」
ベティはユーリが、彼女にいつもするように、頭を胸に抱き寄せる。
「……ああ」
ベティはユーリの頭を撫でながら、彼の髪を弄ぶ。
「散歩いかね?」
ユーリがパッと顔を上げた。まだ眠そうだ。
「……半分寝ながら何言ってんの」
「いいから行こうぜ。目ぇ覚めちまった」
ユーリはベッドから起き上がるとブーツを履いた。
こちらに向き直り、ベティの手を引いたので、彼女もブーツを履いて、2人で部屋を出た。
明け方にも関わらず、騎士たちはすでに起き出して活動を始めているようだ。
ユーリは昇り始めた朝日に目をこすっている。
「眠いなら戻る?」
「眠くねえよ」
ユーリはベティの手を握った。
2人が歩く様は実に絵になる。
「星喰みぶっ潰したら、ミョルゾ行こうぜ」
「………ほんとに、何かわかる?」
「わかんなかったら、今度は精霊に聞く。リタにも協力してもらう」
「精霊たちはきっと知ってるのよね」
「…………なあ、オレはベティが居なくなるなんて考えられねえ、つーか考えたくねえ。ぶっちゃけまともに生きてく自信がねえからな」
「ユーリなら大丈夫よ」
「お前、オレの事わかってねえな」
ユーリはベティを抱き寄せた。
「オレは星喰みなんてみんなに任せて、星の記憶の事を片付けたい。でも、お前がそれを望まねえから、やるべきことはちゃんとやる。けど、黙って消えるのは許さねえ……何があってもなんとかする」
「………ごめんね」
「謝ってんじゃねえよ。幸せにするっつたろ」
「ありがとう……」