満月と新月 | ナノ
満月と新月



ヨーデル



フレンは一足先に街の中へと戻って行った。

ユーリは寝転がったまま、日の落ちかけた黄昏時の空を見上げていた。
夜の帳はすぐそこだ。

「フレンに勝ったんだぁ?」

ベティが、隣にしゃがみ込みこちらの視界を遮るようにユーリの顔を覗き込んだ。
金色の髪が夕暮れに染まっている。

「見てたのか?あれじゃ際どいとこだけどな」

「どうかなぁ?フレンもいっぱいいっぱいって感じじゃん?」

「そりゃお前のせいだよ」

ユーリはニヤリと笑う。

「ユーリってば嫌味ねえん。かわいい彼女になんてこと言うのよぉ」

ベティはあからさまに不機嫌な顔をしてみせる。



「ははっでも、オレの女だ……」



ユーリはベティを抱き寄せたので、彼女はユーリの体に乗りかかるように倒れこんだ。

「じゃ、ユーリはあたしの男ねん」

ベティはいたずらっぽく口角をあげた。

「……当然だろ」

ユーリはそっと彼女の頬に手を添えた。


ふいに、2人の目が熱っぽさを帯びる。
焦らすような間を置いて、どちらからともなく、唇を合わせた。





ユーリとベティが、街の広場へ戻ると皆がウィチルとソディアと共に2人を待っていた。

「おっそい!」

リタが2人を睨んだ。

「いけるわよ!精霊たちと魔核を直結させて励起させるの!そしたらその力をウンディーネたちを介して明星壱号に収束して、星喰みにぶつける!」

「僕がみつけたんですよ!」

ウィチルは誇らしげに言う。

「結界魔導器を中継して周囲の魔導器にも干渉できるわ!」

リタの言葉にカロルは首をかしげた。

もっとも、皆もよくわかっていないのだけど。
要するに世界中の魔核を、いっぺんに精霊に変えることができるようだ。


「問題は時間が無いことだわ。魔核のネットワークを作るのと、収束する用意は同時にやらないと」

「ネットワーク構築は僕がやります。アスピオからの避難者もいるし」
ウィチルが言う。

リタは眼中にない彼だが、子供ながらに魔導士になったのだから、本当のところかなり優秀な人物なのだ。

「学者だけじゃ護衛がいるわな」

レイヴンが眉を寄せる。

「そこは騎士団がやりましょう」

フレンがラピードと広場に歩いてきた。

「足りなければギルドが援護するわよ。技術者だっていないわけじゃないし」

カウフマンも広場での話し合いに合流する。

「なんとかなりそうだね!」

カロルが嬉しそうに笑った。



「肝心要の明星壱号は直っておるのかの?」

「まだよ。部品が揃ってないの。あとは計算に適合した部品をみつけるだけなんだけど…」

リタが困ったように眉を寄せた。


話を聞いていたのか、ヨーデルもこちらに歩いてきた。
護衛を連れていないとは、なんとも驚きだが、それだけこの街は余計な事を考えている輩が居ないと言うことだろう。

「いっそのこと、新たに作ってしまってはどうでしょう?今ならここには人も資材も豊富です」


「確かにそれが出来るなら早いかも……」

リタが言う。

「いい案ね。人を集めるから詳しい説明をしてちょうだい」

カウフマンは意気揚々と歩いて行った。
彼女が、かつてない協力体制を嬉しく思っているのか、商売繁盛、と思っているのかは定かではないが。




「あの、どうしても今のうちにお伺いしたい事があるのですが……」


ヨーデルが意を決したように言う。

「なんだ?」

ユーリはヨーデルに向き直った。


「本当は2人でお話ししたかったのですが、なかなか難しいようなので、ここで単刀直入に伺います」


ヨーデルは真っ直ぐな目線をある人物に向けた。





「……あなたは私のお姉様ではないですか?」





皆が驚いて視線の先を追う。
そこにはベティ。
彼女は驚きに目を見開いていた。

唐突なヨーデルの発言に沈黙が流れる。



「……ヨーデル……覚えて……」


ベティの目から雫が頬を伝った。


「やっぱりか……」

ユーリが呟く。

「え!?どういうこと!?」

カロルはヨーデルとベティを何度も見る。

「ヨーデルのお姉さんは亡くなったはずじゃ……」

エステルは手で口を覆う。



「やはり、そうなんですね?グレースお姉様……なんですね?」


ヨーデルはベティに歩み寄る。

「…っ!どうして…」

ベティは次々溢れる涙をこらえる様に、手で口を覆った。


「死んだと、お母様に聞かされていました……でも、ダングレストで歌を聞いた時……確かに思ったんです……懐かしい、と」


ヨーデルはぎゅっとベティを抱きしめた。

「……うっ……ヨーデル……」

ベティも彼を抱きしめ返した。

「それからベティと言う人物について調べました。あなたの活躍を知りました。そして、幼い頃にアレクセイに引き取られたと言うことも」

ヨーデルはぎゅっと抱きしめる力を強くして言った。

「……こんなにも、近くにいたのに……」



「まさか、ベティちゃんが皇族だとは……」

レイヴンが困ったように笑った。

「同感ね」

ジュディスも微笑む。

「ベティが殿下の姉君……」

フレンも動揺しているようだ。

「これはとんでもないことなのじゃ!」

パティはそういいつつも、嬉しそうに微笑む。

ソディアとウィチルも驚きを隠せないでいた。




「ごめんね…ごめんね…」

ベティはむせび泣く。

「どうしてアレクセイに引き取られたのかも、知りました。謝らないでください。何も知らなかった私の方が、謝らなければなりません」

「ヨーデルが謝る必要なんてどこにもないっ」

「もう一度、お姉様とお呼びすることを許してはいただけないでしょうか?」

「だっだめよ!皇族が、しかも皇帝の姉がギルドに居るなんてしれたら!帝国には不利に働く!あたしを知ってる人はギルドにも騎士にも多いのに!」

「いいんです。これからは帝国もギルドとともに歩んで行かなければならないのですから」

「まぁ、ベティちゃんなら、そんだけの肩書き持ってても、態度変えるヤツなんていないでしょ」

レイヴンが言った。

「ちょっと!ベティが誰かに狙われたらどうすんのよ!」

リタが声を荒げる。

「そうね、わたしたちも、専属の騎士様も居ることだし、なによりベティが遅れを取るとは思えないわね」

ジュディスが言う。

「そうじゃなくて!ヨーデルに不利に働くようなことがあれば…」

ベティが反論するが、皆はそれこそ心配はないと笑った。


「お嫌でしたら、無理にとは……」


ヨーデルは申し訳なさそうにベティを見た。

「うっ!弟おねだりは反則よぉ!」

ベティはぎゅっとヨーデルを抱きしめる。

「では呼んでもいいのですか?」

「……うぃ、あたしもヨーデルって呼びたいしね…」

ベティは嬉しそうに笑った。

「ていうか、ダングレストでユーリに怒ってた時に言ってたし、今も言ってるし……」

カロルはぼそっと呟いた。

「素直じゃないの〜!ベティ姐は!」

「じゃあ、ベティとわたしは親戚だったんですね!」

エステルは嬉しそうに言う。

「皇族ってくくっちゃえばそうなるわねん。元、なんだけど。アレクセイはその辺の貴族だし」

「お友達で仲間で親戚なんて、初めてです!」



「あの、もうお父様もお母様も亡くなられました。咎める人もいませんし、当時皇帝候補になり得るお姉様を、無断でお母様がアレクセイの養子したようですから、お姉様さえよければ、ヒュラッセインの名にお戻りになられませんか?」


ヨーデルが言う。

「……それって、また皇族になるんだよね?じゃあギルドには……」

カロルが不安げに呟く。

「いえ、生活はこれまでと同じでもいいんです。ですが不本意に名を外されたのですから、お戻りになってもいいのではと…」

「ありがとうヨーデル。あたしはあなたのように、立派な人物の姉であることを誇りに思う。でも、ベティになって得たことも沢山あるのよ。それに、いっぱい仲間も出来た。だからこそ、これからもアレクセイが与えてくれた名を大切にしたいの」

「そうですか……でも、まぎれもなく私のお姉様であることは、変わりません。お城もいつでも遊びにきてください。お姉様の昔弾いていた黒いピアノはもうないですが、アレクセイがお姉様に送った白いピアノはまだあります。以前と同じ部屋に」

「じゃあ……これはヨーデルが持っていて?」

ベティは真鍮の鍵を取り出し、ヨーデルに握らせる。
彼は不思議そうに首をかしげた。

「これは?」

「白いピアノの鍵よ……弾きたくなったら、取りにいくから持っててね」

ベティはそう言って、花のように笑った。


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