満月と新月
世界のため
バウルのおかげで、凛々の明星の移動はスムーズだ。
ダングレストまで向かい、あっという間に夕闇の街へと降り立つ。
「さて、あれからユニオンはどうなったかねえ」
レイヴンは街を見回す。
以前よりも、いくばくか落ち着いて見える。
「あのさ、行きたいとこあるから、ユニオンに行っててくれなぁい?用事が終わったら橋の上に集合でいいかしらん?」
ベティはくるりと皆を振り返り言った。
「また始まったわよ、単独行動」
リタがしょうがないな、とため息をつく。
「ごめんごめん!じゃ、あとでココに集合ね!」
そう言ってベティは街の中へと駆け出した。
「行きたいところってどこなんだろね」
カロルが首を傾げる。
「さあな。オレらも行こうぜ」
ユーリはベティの後ろ姿を見つめて言った。
ベティは、声をかけてくる人たちをあしらいながら、自分の部屋へと走る。
何となく、ソレを持っておきたかったから。
部屋の鍵をあけて、奥の衣装部屋の扉を開けた。
ふうっと深呼吸をしてから、手前の大量の洋服をどけ、やっとの思いで引っ張り出した小さい木箱を抱きしめるようにかかえた。
フタを外せば、中には古びた真鍮の鍵。
箱から取り出して、ベティはそれを目の高さに掲げた。
アレクセイに貰った、白いピアノの鍵だ。
まだ、このピアノはあるのだろうか?
それとも、処分されてしまっているだろうか?
ベティは、もう何年も触っていない宝物に、思いを馳せる。
鍵には同じように古ぼけたリボンが通されている。
これも、もらった時のままだ。
それを首にかけて、鍵を服の中にしまった。
「行かなきゃ……」
ベティは自分で荒らした衣装部屋をそのままにして、部屋を出た。
入り口の橋に戻れば、ユニオンでの話はすぐに済んだようで、皆が揃って待っていた。
今度はノードポリカへと向かう。
バウルと共に飛ぶ船の甲板で、ベティは1人、鍵を眺めていた。
「ナイレン……あたし強くなったみたい……」
ベティはクスリと笑う。
甲板に寝転んで、晴れ渡る青空を眺め、鼻歌を口ずさむ。
「さっきどこ行ってたんだ?」
ひょいっと現れたユーリが、ベティを覗き込んだ。
青い空とのコントラストがなかなか絵になる。
「知りたいのぉ?」
ベティはニヤリと笑う。
「別に言ってもいいくせにもったいぶんな」
ユーリはぎゅっとベティの鼻をつまんだ。
「ぶっ!取りに行きたいものがあって、家に行ってたのぉ」
ベティは首にかけていた鍵を取り出した。
「鍵……?」
ユーリは首を傾げた。
「えへへ〜これはねえ、ピアノの鍵よん」
「へえ……ピアノ?なんでそんなもんを?」
「子供の頃アレクセイにもらったのん」
「ふーん……なんで持ってきたんだ?」
「なんとなくねん…」
ベティは目を伏せた。
「大切なものは、手元にあった方がいいじゃん?」
「………そう…かもな」
ユーリは隣に寝転んだ。
「あたしねぇ、みんなと旅ができてよかったと思ってる」
ベティは鍵を握りしめる。
「悲しい事もあったけど、大切なこともわかったから」
「それは、オレも同じかもな……」
「世の中のこと、なんでもわかってる気になってた。でも、ほんとはいっぱい知らないことがあったのにねん」
「そうだな……そういう事、これからもっと増えてくんじゃねえの?」
「………うん」
ノードポリカを訪れたユーリ達は、ナッツに事情を説明した。
彼はあっさりと首を縦に振り、さっさと去って行った。
ベリウス亡き後、随分と頑張っているし、考え方も柔軟なので、当たり前といえば当たり前だ。
ユニオンではハリーに、戦士の殿堂ではナッツに約束をとりつけ、ユーリ達は再びヒピオニア大陸へと戻る。
「ねえみて!すごいよ!ちゃんと街になってる!」
カロルが声をあげた。
山の頂を後ろ手に砦になっていて、丸太の家々やテントが立ち並ぶ。
結界はないものの、これなら街の防衛は楽になる。
街におりたつと、正面には小さめの結界魔導器が目に入ったが、壊れているようだ。
しかしこれが出てきたということは、恐らく昔はここに街があったのだろう。
「しっかしすげえな……もうこんなに…」
ユーリは街を見回した。
皆も驚きを隠せないでいる。
広場の端には、力尽きて眠っているギルド員たちの姿があり、彼らが必死に作業を進めたことも伺える。
騎士団も戦い疲れ果て、地面に座り込んでいた。
「どう?お気に召した?」
ユーリたちの姿をみつけたカウフマンが、声をかける。
フレンもこちらに気がつき、歩いてきた。
「メアリー!すごいわん!びっくりしちゃったぁ」
ベティは嬉しそうに駆け寄る。
カウフマンは当然よ、と笑ってみせた。
「ユーリ、どうだい?そっちは」
フレンが言う。
「話つけてきたぜ。あとは殿下の都合がついたら迎えに行く」
「殿下にも了承を得た。今船でこちらに向かわれている」
「あら、のんびり屋さんね。バウルにお願いして連れてくるわ。もちろんハリーとナッツも、ね」
ジュディスはにっこりと微笑む。
「いいのか?バウルが怒るんじゃないか?」
「あら、一刻を争うのだから、バウルも分かってくれるわ」
ジュディスはそう言って、街の外へと歩き出した。
「ついに世界の首脳陣が集まるのですね」
エステルが呟く。
「あとはわかってもらえるかどうかだね……」
カロルが言った。
「そうねん……大丈夫よん…」
なはそう言うと街の中へと歩き出した。
「ベティ姐、どこへ行くのじゃ?」
「散歩よん」
ベティはヒラリと手を振った。
街を見て回れば、騎士団もギルドも分け隔てなく話をしている。
考えられないような出来事だ。
共に作り上げたこの街が、確かに彼らを繋いでいた。
「よう!ベティ!」
騎士と話をしていた、ギルドの男が声をかけてきた。
「びっくりしたわよん。立派に街になってるわねん」
ベティもそちらへと向かう。
「あんた、ベティと知り合いだったのか?」
騎士は男を見た。
彼は昨夜、ここを立つまえにおしゃべりをしていた騎士の1人だ。
「ギルドでベティを知らないヤツはいねえよ」
ギルドの男は楽しそうに笑った。
「へえ、知らなかった。騎士団でもベティは有名だぞ」
「……噂話はやめてくれなぁい?」
ベティはいたずらっぽく笑う。
「有名人だから仕方ないだろ、しっかし騎士団の連中も、おもしれえヤツがいるんだよ」
「なに、ギルドも話してみれば気のいい奴らだ」
2人は顔を見合わせ、また笑った。
「ふふ、若い世代がそう思えば、お互いうまくやってけるわねん」